Retrace:73 解析結果
私の目の前には、セレンとネルファが神妙に座っている。
彼らが静かなのは、これからここで私の解説が始まるからだ。
「それじゃあ、解析し終えた魔法陣の説明をしてあげるわ。出来るだけ簡単に説明してあげるから、ついて来なさいよ。特にネルファ」
「は、はい……! 頑張ります!」
気合いを入れるようにネルファはそう答えた。
私の研究を手伝っている以上、彼女にも説明を聞かせた方が良いだろうという判断だけど、理解出来るかは謎だ。
そんな事を思いながらも、私は彼らに説明を始めた。
「まず、セレンが調査してくれたトワリアル地下迷宮の魔法陣だけど、そこそこ年期の入った術式だったわ」
地下迷宮の十層にあった転移の魔法陣。
これが設置されたのは、どうやらかなり昔のようである。
「少なくとも二百年、三百年くらいは経過してるんじゃないかしら? こんなに古い術式が未だに機能を維持出来ているなんて、驚き以外の何物でもないわね」
トワリアル地下迷宮が遺跡という話もあるし、この転移の魔法陣も同じ年代に作られたものなのだろう。
しかし、今日まで魔法陣が消えずに維持されていたのは、地下迷宮の十層という特殊な空間のお陰なのだろうか?
「それでこの転移の魔法陣の仕組みなんだけど、これは単純に指定した場所に人を移動させるというもののようね」
セレンの話によれば、十層からの転移先は一層の何もない小部屋だったようだ。
私は説明を続ける。
「魔力の供給源は、地下迷宮内を走る霊脈から得ているようね。術者自身が魔力を込めなくても、自動で起動する仕組みが施されているわ。おそらくこの魔法陣を作った人間は、魔術に関してかなり造詣の深い人物のようね。素直に称賛に値するわ」
術式としての完成度は相当高い。
無駄の無い構成になっており、術者の腕前が伺える。
「ノルン様がそこまで褒める程の術式だったんですか?」
ネルファの質問に、私は答えた。
「そうね。数百年前にここまでの術式を組めるのは凄いわ。今と違ってまだ魔術の研究は進んで無いでしょうしね」
魔術の技術は多くの発見を重ねて進歩している。
現代と数百年前では比べ物にならないくらいに進んでいるのだ。
しかし、この魔法陣は違う。
当時の技術ではあり得ないレベルの完成度。
まさに『超越魔術』と言うべき代物だ。
けどそんな術式も、現代に生きる私にとっては理解出来ないものではない。
バッチリ解析出来た時点で、それは私にも扱える技術である。
魔法陣による転移の仕組み。
それを私は彼らに説明した。
「トワリアル地下迷宮の魔法陣に関してだけど、転移の仕組みは召喚魔術と似ているようで異なった方式を用いていたようね。召喚魔術での転移の仕組みは、対象の魔物に印を付けて、それを糸で引っ張り上げてくるようなイメージだったわ。でも、今回の魔法陣は、例えるなら門のようなイメージね」
私が以前研究した召喚魔術は、釣りのようなイメージを持ってくれて構わない。
釣り針に掛かった獲物を、水中から糸で引っ張り上げてくる感じだ。
そんな召喚魔術と、今回地下迷宮にあった魔法陣とは転移の方法に違いがあった。
地下迷宮の転移の魔法陣は、釣りに例えるというよりは門の開閉に例えた方が近い仕組みだ。
「門……ですか?」
ネルファが首を傾げている。
そんな彼女にも分かりやすいように、私は説明を口にする。
「転移の仕組みをざっくり言うと、魔法陣を中心に門が開いて、転移対象を別の場所に移動。その後に門が閉じて、転移完了って感じね。召喚魔術と比べると、こちらの方が転移の工程がスムーズだわ」
召喚魔術には、ある意味で無駄な工程が含まれている。
しかし、この術式にはそれが少ない。
私が着目したのは、このシンプルな術式構造である。
召喚魔術の工程よりも、転移という部分に重点を置いた術式は、これからの研究において重要なものとなるだろう。
「この転移の魔法陣は、空間魔術のサンプルとして非常に優秀よ。何より術式がシンプルってのが良いわ。これから色々な形で応用出来そうね」
無駄が無いということは、ここに更なる機能を付属出来る可能性が高い。
召喚魔術のように幾つもの工程が複雑に重なって、一つの大きな術式となっているものとは違うのだ。
「でも、この転移の魔法陣を応用していく為には、もう一度空間魔術についての見識を深め直す必要があるわ」
今回得た知識を元に、改めて空間魔術に関して考える。
知識を得た後では、前よりも精度を高めて空間に対する考えを深められるだろう。
そんな事を考えていた私に、セレンが尋ねてきた。
「それで、どうするおつもりですか?」
「単純に本を読むだけよ。空間魔術に関する書物なら、この部屋に結構転がってるしね」
「そうですか」
何を期待していたのか、セレンはつまらなそうに返事をした。
「何でつまらなそうなのよ」
「いえ、非常識の塊のような姫様のことですから、また突拍子もない事をし始めるのではと思いまして……」
「期待させてしまって悪いけど、いつも私が非常識だと思ったら大間違いよっ!」
まあ実際普通に本を読むだけなんて、私にしては常識的な判断だ。
あまりに常識的な回答に、セレンも肩透かしだったのだろう。
「ともかく、転移のサンプルは手に入れたわ。当面の目標としては、とりあえず今回解析出来た術式を元に、自作で魔術を作ってみようと思うわ」
「そうですか。頑張って下さい、ノルン様!」
ネルファが他人事のように口にしてるけど、勿論貴方も手伝うのよ?
何の為に魔法陣の解説をしてあげたと思ってるのよ。
そんな事を思いながら、私は指針を定めた。
転移魔術のオリジナルを作る。
それが次の目標だ。




