Retrace:70 お別れ
セレンの作ってくれたビーフシチューを食べながら、私は言った。
「実は昔、勇者様が私にビーフシチューを作ってくれたことがあったの。だからこれを食べていると、すごく懐かしい気持ちになるわ」
すると、リッカが横で口を開いた。
「ああ、そんなこともあったっすね。勇者様が作ったあのビーフシチューも、凄く美味しかった記憶があるっす」
そんな彼女の口振りに、ネルファが首を傾げる。
「リッカもそのシチューを食べたのか?」
「食べたっすよ。でもその時の私は、縄でグルグル巻きにされながらの状態だったっすけどね……」
遠い目をして、リッカはそう口にした。
そんな彼女の言葉で、私は思い出す。
「そう言えばあの時、縄で縛られてお腹を空かせたリッカの目の前で、如何にも美味しそうにビーフシチューを食べるって拷問をしていたわね」
「今思い出しても、あれは酷い拷問だったっす……」
死んだような目をしたリッカに、セレンが呆れた様子で言った。
「一体どんな状況ですかそれ……」
まあ確かに、普通では考えられないシチュエーションだ。
空腹の他人の前で見せ付けるようにご飯を食べるなんて、正直嫌がらせ以外の何物でもないものね。
「まあそんなこともあって、私にとってビーフシチューは特別な料理なの」
「そうだったのですね。初耳でした」
私の言葉に、セレンはそう口にした。
まあこんな機会でも無ければ、そうそう話すことのない内容だからね。
そんなとりとめのない話をしていると、私はふと思い出した。
「あっそうそう、セレンから旅の話を聞くんだったわね」
「そう言えば、そうでしたね。すっかり忘れていました」
私の言葉に、セレンもそう口にする。
ニンジン派と牛肉派の下りのせいで、完全にその事を失念していた。
引き続き夕食を取りながら、私は改めてセレンの旅の話を聞くことにした。
実際に迷宮都市に滞在したのは、たったの二週間だけだったらしいけど、かなり濃い時間を過ごしたようだ。
あまり部屋から外に出ない私にとって、セレンの話はとても興味深いものばかりだった。
特にあの帝国の勇者と出会ったという話は、かなりビックリしたものだ。
「ふーん。あの偽勇者と一時的にパーティーを組んだのね。で、どうだったの?」
「言うまでもありませんが、姫様やネルファよりも確実に弱いです」
「まあ、私達と比べるのは酷よね……」
勇者パーティーはミスリルドラゴン程度に苦戦したらしいけど、私達にとってはSランクの魔物なんて雑魚でしかない。
「帝国の勇者の動向は引き続き私が監視するんで、何も心配はいらないっすよ」
「ええ、頼んだわ」
まさかリッカが直接、偽勇者を監視しているとは思わなかったけど。
でも、彼女に任せておけば大丈夫だろう。
◆
楽しかった夕食が終わり、私は扉の前に立つリッカに向かって口を開いた。
「今日帰って来たばかりなのに、もう行っちゃうのね? せめて今晩だけでも、ここに泊まってくことは出来ないの?」
「難しいっすね。本当ならセレン姉を送り届けて、直ぐにでもここから出る予定だったんで」
どうやらリッカは、今日中にこの城を去らないといけないらしい。
それほど忙しいのにも関わらず、彼女は夕食まで私達と共にいてくれたのだ。
「でも、もう外は真っ暗よ。危険じゃないの?」
私が心配してそう言うと、リッカは答えた。
「大丈夫っすよ。グリフォンは夜目も利くんで、暗い中でも安全に飛行出来るっす」
「そうなの……」
リッカの変身するグリフォンならば、夜間の飛行も可能らしい。
正直本音を言えば、彼女にはもう少し私の傍に欲しかった。
けど、それは私の我が儘だ。
リッカを引き留めるだけの理由は、今の私には一つも無かった。
「忙しいと言いながら、何だかんだ時々帰ってきてたっすけど、次帰って来られるのはだいぶ先になりそうっす」
セレンの送り迎えのこともあって、リッカは何度か私の元に帰って来ていた。
けれど、次帰って来られるのはだいぶ先になるらしい。
「それで、来月末にある姫さんの誕生パーティーにも出席出来なさそうっす」
申し訳なさそうに、リッカは肩を落とした。
リッカは多忙だが、私の誕生日だけは毎年必ず帰って来てくれていた。
しかし、今回はそれも叶わないらしい。
「そうなの……。残念だけど、仕事なら仕方ないわね」
消沈するリッカに私はそう言った。
確かに彼女が誕生パーティーに出れないことは残念だ。
しかし、そもそもリッカに沢山の仕事を任せているのは私自身なのだ。
リッカが負い目を感じる必要はどこにもない。
「でも、手紙とプレゼントは絶対に届けるんで、楽しみにしていて下さいっす!」
「分かったわ。プレゼント、楽しみにしているわね」
「はいっす!」
力強いリッカの言葉。
私を悲しませないようにする、彼女の心遣いが伝わってくる。
それだけでも、私は十分嬉しかった。
「それじゃあね、リッカ。元気でね」
「はいっす。姫さんもお元気で」
そう最後に言葉を交わし、リッカは私の前から去っていった。
次はいつ会えるか分からないと思うと、グッと寂しさが込み上げてくる。
でも、これも仕方の無いことなのだ。
リッカが元気でいてくれることを、この部屋から祈ることにしよう。




