Retrace:68 夕食前
「セレンから旅の話を聞こうと思ったけど、もうこんな時間ね。ちょうど良いわ。皆で夕食にしましょ? 話はその時にでも聞くことにするわ」
時刻はとっくに夕方だ。
日は殆ど暮れている。
「ところで姫様、今晩の夕食は何にしますか?」
「え? 帰って来たばかりなのに、セレンが作ってくれるの?」
「勿論です。私は姫様のメイドですから」
「まあそうだけど……。別に今日くらい休んでも構わないわよ?」
帰って来たその日に、夕食まで作らせるのは申し訳ない。
セレンだって疲れている筈なのだ。
「そうだぞ、セレン。ノルン様が休んでも良いと言っているのだ。夕食はこの私に任せてくれても構わないぞ?」
腕を組み、ネルファはそう口にした。
そんな彼女の言葉を耳にした私は、全ての考えを改め直した。
「……いや、待って。セレン、本当に夕食を作ってくれるのね?」
「はい。一ヶ月ぶりなので、多少腕が鈍っているかもしれませんが」
セレンのことだから、腕が鈍るなんてことは無さそうだ。
それにネルファに料理を作らせると、この一ヶ月間食べ続けた野菜炒めがまた出てくる。
それだけは避けないと!
「ならセレン、帰って来たばかりで悪いけど、全員分の夕食を頼めるかしら?」
「かしこまりました。……それで姫様、覚えてますか?」
「ん? 何をかしら?」
セレンの問い掛けに、私は頭の上でハテナを浮かべる。
すると、彼女は言った。
「私が地下迷宮へ出発する際にした約束です。私が無事に戻ってきたら、姫様に美味しい料理を作ってあげると」
「ああ、そんなことも言ってたわね」
出発の際にセレンがそう言っていたことは、私もしっかりと覚えている。
「今日は姫様の好きな物を作らせて頂きます。何なりと仰って下さい」
「それじゃあ、ハンバーグとオムライスとビーフシチューが食べたいわ」
「欲張りですね。どれか一つにして下さい」
「うーん……それならビーフシチューにするわ」
「かしこまりました。では作ってきますので、しばらくお待ち下さい」
そう告げて、セレンはさっさとこの部屋から出ていった。
残されたのは、私とネルファ、リッカの三人だけだ。
取り敢えず、私達はセレンが戻ってくるのを待つことにしよう。
テーブルの席に付くと、リッカがネルファに尋ねた。
「ところで、ネルファ姉は何でメイド姿なんすか?」
「愚問だな。ノルン様をお世話する以上、メイド服の着用は当然の義務なのだぞ?」
ネルファのその返答に、リッカは驚いた様子で私を見た。
「えっ、そうだったんすか? 姫さんがそんなにメイド好きだったなんて初耳っすよ」
メイド服を着ているネルファ。
その姿をチラリと見て、リッカは頬を掻きながら尋ねてきた。
「もしかして、私もメイド服になった方がいい感じっすかね?」
現在、セレンもネルファもメイド姿だ。
部下の中で自分だけ別の格好をしていることが、リッカには少し気に掛かっている様子だった。
「いや、確かにメイド服は好きだけども……。好きなんだけども、そこまでしなくてもいいと言うか……」
リッカの提案に、私は目を泳がせて言い淀む。
確かにメイド服は好きだ。
多分だけど、嫌いな人は少ないと思う。
それに正直、リッカのメイド姿は見てみたい。
だって、リッカって出現率が低いレアキャラよ?
そんな彼女のメイド姿なんて、一生拝む機会なんて無いかもしれないじゃない!
「私が貴方のメイド姿が見たいって頼んだら、リッカは着替えてくれるの?」
「まあ姫さんの頼みなら、メイド姿になるのもやぶさかではないっすね」
「本当!?」
ヤバい。
ちょっとテンションが上がってしまった。
「ならお願いリッカ、私の為にメイド服を着て?」
そんな頼みを口にするのは恥ずかしかったが、私は己の欲望に負けた。
「じゃあ着替えてくるっす」
そう言って、リッカは部屋を後にした。
私がワクワクしていると、すぐに部屋の扉が開かれた。
「着替え終わったっす」
「早っ!」
着替えるの早すぎでしょ。
しかし、潜入等を仕事にしているリッカからしてみれば、衣装の早着替えくらいは出来て当前のようだ。
「……予想はしてたけど、背が低いリッカが着ると、セレンやネルファとはまた違った雰囲気になるのね」
黒を基調にした生地に、純白のエプロン。
慎みを感じられるロングスカートに、頭にはホワイトブリムが乗っている。
「似合ってるっすか?」
「ええ、とっても可愛いわ」
メイド服に着替えたリッカを前にし、私は思わず唸った。
小柄な彼女のメイド姿は、まさに可愛いの一言に尽きる。
普段から小動物のようなリッカだが、そんな彼女にメイド属性をプラスすると、より愛らしさが倍増して見えた。
それにシンプルの白黒の衣装に、彼女の金髪は特に映える。
うーん最高。
ネルファのメイド姿がギャップによる可愛さだとしたら、リッカのそれは可愛さに可愛さを足した感じだ。
やっぱりメイドっていいわね。
まさに眼福ってやつだわ。
「姫さんはヒラヒラのメイド服より、こっちの地味な方が好きなんすか?」
「そうね。ただ可愛いだけの格好より、奉仕の心が感じられる方が私的には好みだわ」
だからメイドは、ミニスカよりもロングスカートの方がいい。
これは完全に私の好みの話なんだけど。
「本当かどうか知らないっすけど、メイド服って仕えてる主人が欲情しないように、あえて地味な衣装にしていたって話っすよ」
「へーそうなの」
全然知らなかった。
でも、寧ろ地味な衣装だからこそ、元の素材がより生かされるってものよね。
リッカのメイド姿を十分堪能したところで、彼女は私に言った。
「それじゃあ、そろそろセレン姉を手伝ってくるっす。流石に一人に任せっきりは悪いっすからね」
「よし。私も行くぞ」
リッカの言葉に、ネルファも同調する。
「三人で夕食を作って来ますんで、姫さんは楽しみに待ってて下さっす」
そう言い残して、二人は部屋の外に出ていってしまった。
メイド達が作る夕食かぁ……。
私は彼らの姿を思い浮かべ、一人にやけたのだった。




