幕間:12 アイクの冒険
「詠唱も媒体も必要としない魔術なんてあり得ない。でも、それをセレンさんは確かに使ってたんだよな?」
俺の言葉に、ティアナは答えた。
「はい、間違いないと思います。私の『固有魔術』でも、全くその仕組みが分からなかったんですから」
ティアナの持つ『魔術解析』という『固有魔術』は、文字通り目にした魔術の構造を読み解くというものだ。
彼女の魔術に対する見識の深さは、この力があるからこそのものである。
しかし、ティアナは言った。
その力を使っても、セレンさんの魔術の仕組みが分からなかったと。
「ティアナの『固有魔術』でも、仕組みが分からないなんてことがあるのか?」
「実は私の『魔術解析』には、重大な欠点があるんです。それは私自身に知識がなければ、魔術を分析したところでそもそも理解すら出来ないという欠点なんです」
「おいおい。つまりあのメイドの使ってた魔術が、理解出来ないってことなのか?」
ラッシュが驚いたようにそう言うと、ティアナは言葉を返した。
「はい。ところどころ類似点こそありましたが、あれは私達の知る魔術体系とは全く別種の術式構造だったんです」
全く別種の術式構造。
それは俺達が知り、普段使っている魔術とは、根幹から違うものであるという意味だ。
だからこそ、その魔術の知識を持たないティアナでは、『魔術解析』の力を使っての分析は出来なかったということだろう。
「俺達の知ってるものとは別種の魔術体系? そんなものがこの世界に存在するのか?」
俺の質問に、ティアナは答える。
「俗に『超越魔術』なんて言い方をしますけど、私達の常識を越えた魔術は確かに存在します。例を挙げるとすれば、聖剣内部に刻まれた魔法陣などがありますね」
彼女の説明に、俺は自らの腰に下げた英雄剣・カリバーンに視線を落とした。
確かに不思議な仕組みだとは思っていたが、これもティアナの言う『超越魔術』の一種だったのか。
「セレンさんが使っていた魔術をその『超越魔術』と定義すると、あれを開発した人はとんでもない天才ということです。そんなことが可能な人は、私の知る研究者の中では一人もいません」
「ティアナでも無理なのか?」
「絶対に無理です。私自身もオリジナルの魔術は幾つか作ってきました。でも、あれはそんなレベルの話ではないんです。独自の魔術体系というものは、文字通り一から術式の仕組みを構成することを意味します」
そう彼女が口にすると、ラッシュが怪訝な様子で言った。
「確か俺達の使っているような魔術は、多くの研究者達が何百年も手加えて、ようやく今の形になったものなんだろ? それとは別の新たな体系を持つ魔術を開発するなんて、それこそ数百年分の歴史をすっ飛ばしていることと同じだぞ?」
「そうですね。私も研究者として、にわかには信じられません。でもセレンさんの使っていた魔術が、完全に私達の知るものとは違っていることは間違いないんです」
ティアナの言葉に、俺は言った。
「確かにあり得ないことだけど、こればかりはそう考えるしかなさそうだな……」
「はい。セレンさんがあそこまで強かったのも、あの魔術によるところが大きいと思います。氷の魔術以外にも、身体能力を強化する魔術も使っていましたし」
「『超越魔術』か……。要は俺らの使ってる魔術と比べて、あのメイドが使ってる魔術は遥かに上の性能ってことか」
ラッシュの比喩に、ティアナは頷く。
「その認識で良いと思います。無詠唱かつ媒体が不必要な時点で、魔術としては破格の性能ですから。それに多分ですけど、セレンさんの魔術にはそれ以外にもまだ優れた部分がありそうですし……」
分析出来ないことを心底悔しそうに、ティアナはそう口にした。
破格の性能を持つ魔術か……。
「取り敢えず、ここまでの話を纏めよう。セレンさんがあのエルタシア王国の生き残りであると仮定すると、ティアナの言っていた王国の姫が、現状彼女の主人である可能性が一番高いということだな」
「そうですね。魔術の才媛と呼ばれたその方との面識は無いので、どんな人物なのかは私も全く知りませんが……」
俺の言葉に、ティアナはそう言った。
ここまでの俺達の会話は、全て憶測の範疇を過ぎない。
けれども頭の中で、まるで点と点が一本の線のように繋がるような感覚があった。
そう思うと、すぐにセレンさんを追わなかった判断は明らかに間違いだ。
もう少し引き止めてでも、彼女からもっと話を聞いておくべきだった。
セレンさんの持つ魔女に関しての情報は、俺達が喉から手が出る程欲しいものなのだ。
自分の犯した判断ミスを悔やんでいると、これまで静かに話を聞いていたアミィが口を開いた。
「アイク様、今からでも私はセレンさんを追い掛けようと思います。構いませんか?」
俺に許可を求めた彼女は、まだ諦めるのは早いと言っているようだった。
「頼む、アミィ。ただセレンさんと会ったら、出来るだけ穏便にな」
「はい」
俺の言葉に、アミィは頷く。
そして彼女は一足先に、転移の魔法陣でこの階層から離れていった。
「セレンさんのことは、ひとまずアミィに任せよう。こういうことは、彼女が一番適任だ」
アミィは帝国軍の情報部に所属している。
彼女は諜報活動におけるスペシャリストなのだ。
セレンさんのことは一旦アミィに任せ、俺達はミスリルドラゴンの素材を回収することにした。
◆
地上に戻った俺達に、アミィは言った。
「すいません。全力を尽くしましたが、セレンさんの行方は分かりませんでした」
「そうか……」
彼女の報告に、俺は嘆息した。
すると、ラッシュが言った。
「このチビッ子が見つけられないんだ。こりゃあ本格的に怒らせたみたいだな」
「すいません……」
彼の言葉に、ティアナが落ち込む。
あのアミィが見つけられなかったということは、セレンさんは俺達とはもう顔を合わせる気がないと言ってることと同じだった。
どうにかして、もう一度セレンさんに会えないのか?
そう考えていた俺に、アミィが口を開いた。
「アイク様、今回エルタシア王国の生き残りと思われる人物と遭遇出来たのは幸運です。さっそく私は帝国に戻って、この事を上に報告してきます。情報部の力を持ってすれば、もしかしたらセレンさんやその主人の方の居場所を突き止められるかもしれません」
帝国の情報部はかなり優秀だと聞く。
彼らの力を全面的に借りられれば、セレンさんを見付けられるかもしれない。
「頼めるか、アミィ」
「はい。任せて下さい、アイク様」
俺の言葉に、アミィはそう返事をした。
こうして彼女は、俺達のパーティーから一時的に離れることになった。
合流したばかりの彼女には、再び帝国へ戻るという負担を強いることになるが、今回の件は早急に帝国へ伝えるべきだろう。
生存者が誰もいないとされていた、エルタシア王国の生き残り。
魔女の情報を知るセレンさんと、彼女の仕える主人という人物の存在。
俺には彼女らの存在が、まるで希望のように思えた。
セレンさんとその主人の協力を得ることが出来れば、世界を滅びの運命から救うことも夢ではない筈だ。
「それでは、私は一足先に帝国に戻っています。セレンさんの事は全て私に任せて、アイク様は残りの休暇を楽しんで下さい。何せアイク様に与えられる自由な時間は、これで最後になるんですから」
「……ああ、分かったよ」
アミィの言葉に、俺は頷く。
自由な時間はこれで最後であると、俺は事前に彼女からそう聞いていた。
帝国に戻れば、呑気に迷宮を探索している余裕は無くなる。
おそらく俺には、勇者としての仕事が沢山待っているのだろう。
それに魔女を倒す作戦も、そろそろ同盟諸国での協議が終わる筈だ。
そうなれば俺はその最前線に立ち、【終わりの魔女】に対する切り札としての役割を担わないといけない。
だからこそ、与えられたこの自由時間は心置きなく過ごそうと思う。
そしてそんな限られた時間を、俺はもうしばらくこの迷宮都市で過ごすことにした。
ただ俺の頭の中では、セレンさんの言った言葉がずっと鳴り響いていた。
――魔女とは戦うだけ無駄。
あれほどの力を持つセレンさんがそう言うのだ。
【終わりの魔女】とは、一体どんな怪物なんだ?
次の話から六章に入ります。




