幕間:11 アイクの冒険
※アイク視点
「あなた方は何もしなくていいのです。無駄な正義感など振りかざさず、大人しくしているのが賢い選択ですよ」
そう告げて、セレンさんは俺達に背を向けた。
「待って下さい、セレンさん……!」
呼び止めるティアナの声を無視して、セレンさんは転移の魔法陣を踏んだ。
そして彼女の姿は、魔法陣に吸い込まれるように消えていってしまった。
「……」
彼女が去り、俺達は重苦しい空気に包まれていた。
皆、理解しているのだ。
セレンさんに一緒に世界を救って欲しいと、俺はそうお願いをした。
けれども、その申し出は呆気なく断られてしまった。
あれだけの実力を持った人は、この世界にはそうはいない。
そんなセレンさんの協力を選られれば、心強い味方になってくれると思ったのだが……。
今すぐセレンさんを追うことも出来るが、彼女の倒したミスリルドラゴンの死体はまだ奥に放置したままである。
伝説の魔物の全身から採れるものは、どれも稀少な素材ばかりだ。
それらをこのまま置き去りにし、この十層から転移してしまうことに、俺は多少の抵抗があった。
「すいません。私がセレンさんを怒らせてしまったばかりに……」
そう口にして、ティアナは肩を落とした。
そんな彼女を慰めるように、俺は口を開く。
「ティアナだけのせいじゃないさ。セレンさんに無理を言ったのは、俺も同じだ」
そもそもセレンさんは、最初から俺達の申し出を受け入れるつもりは無さそうだった。
だとしても、もっと良い誘い方があったのではと、俺はそう思わずにはいられなかった。
「でも魔女のことを知っていたってことは、やっぱりセレンさんはあのエルタシア王国の生き残りなんでしょうか?」
ティアナが言うように、セレンさんは魔女について何らかの情報を持っているようだった。
「彼女の口振りからしても、その可能性は十分にあり得ると思う。それにセレンさんの主人という人についても気になるな」
俺がそう言うと、ティアナは考え込むような仕草を見せた。
「セレンさんの主人……それにエルタシア王国……」
「ティアナ、何か気になることでもあるのか?」
「セレンさんは私に言ったんです。自分の主人は、私でも多分知っている有名な人だって。それで私、一つだけ心当たりがあるんです」
この場にいる皆の視線が、ティアナに注目する。
そして、彼女は促されるように口にした。
「私は昔、噂で何度か耳にしたことがあったんです。あのエルタシア王国には、魔術の才媛と呼ばれる一人の姫がいると――」
「それって……」
五年前に滅びたエルタシア王国。
その国にいたとされる一人の姫。
「もしかしたらの話です。その人がセレンさんと五年前のエルタシア王国から逃げ延びていて、どこかで身を隠しているというとするなら……」
五年前、エルタシア王国に出現した【終わりの魔女】。
その魔の手から逃れられた人物は、これまでたった一人すら発見出来なかった。
しかしセレンさんの口振りから、とある可能性が見えてくる。
それはティアナの口にした、エルタシア王国の姫がどこかで生き延びているというものだった。
「……あり得る話だな。あのメイドは聖剣を持っていて、尚且つミスリルドラゴンを単独で倒せる実力だ。その姫とやらを連れて、王国から逃げ出すくらいは出来てもおかしくねえだろうしな」
ラッシュの言葉に、俺は同意するように頷いた。
「そうだな。セレンさんが俺達に見せた実力から考えても、その可能性は十分あり得る」
俺達全員でも厳しかったあの伝説の魔物を、セレンさんは単独で屠ってみせた。
そんな彼女の実力を考えれば、魔女の手から逃れられたという話はあり得ない話ではない。
「ただ問題は、魔術の才媛と呼ばれたエルタシア王国の姫。それが本当にセレンさんの主人なのかってことだろうな」
セレンさんが魔女の情報を持っていたとしても、主人がその姫であるという確証は無い。
そんな俺の言葉に、ティアナが口を開いた。
「でも、可能性はかなり高いと思います。セレンさんは、自分の使っている魔術は主人から教わったものだと、そう私に教えてくれましたから」
「あの無詠唱の魔術をか?」
「はい」
ティアナはコクリと首を縦に振る。
確かにセレンさんは杖も持たずに、無詠唱で魔術を使っていた。
思い返してみても、彼女が素晴らしい技量を持っていたのは間違いない。
すると、ティアナが俺に質問をしてきた。
「アイクには分かりましたか? セレンさんの使っていたあの魔術が、私達とは異なる体系と理論で構築されたものだと――」
「……どういう意味だ?」
ティアナの言っていることが理解出来ず、俺は思わずそう尋ねていた。
そんな俺に、彼女は真剣な表情で口にする。
「私は最初、セレンさんが無詠唱で、しかも杖無しで魔術を行使していることに驚きました。でも、セレンさんの魔術を間近で見ていて気付いたんです。これはセレンさんの腕前以前に、元々そういう風に作れた魔術なんだって」
「それはつまり……」
「はい。セレンさんの魔術の腕自体も凄かったんですが、そもそもあの魔術自体が、詠唱も媒体も必要ないようなコンセプトの元で作られたものだったんです」
セレンさんの使用していた魔術。
ティアナの説明通りなら、それは詠唱も杖も必要ないことになる。
「ちょっと待ってよ。それはおかしいぜ。だってよ、そんな魔術は流石に常識を外れ過ぎだろ?」
ここまで黙って聞いていたラッシュが、横でそう声を上げた。
「……はい。私もそう思います。でも、そうだとしか思えないんです」
彼の言葉に、ティアナはそう口にした。




