Retrace:66 転移の魔法陣
十層の最奥。
そこには転移の魔法陣が光輝いていた。
それを踏まぬように注意を払い、私は懐から手帳を取り出す。
そして、魔法陣の術式を詳細に書き記していった。
「どうやらこの迷宮自体に霊脈が走っていて、下層に降りるごとに良質な霊地になっているようですね」
魔法陣はその魔力によって維持されているようだ。
「魔法陣の転移先は……一層ですか」
何のためにこんな魔法陣を用意してあるんでしょうか?
冒険者を地上に帰しやすくするためというのは、少し変な理由だ。
少し疑問に思いながらも、私は術式を写し終えた手帳を懐にしまった。
このデータは大切に保管しなければなりませんね。
後はこの転移の魔法陣を踏み、一層へ転移するだけだ。
そんな時、後ろから勇者パーティー全員がやってきた。
ティアナとアイクの怪我は治っていた。
おそらく魔術で回復させたのだろう。
転移の魔法陣まであと一歩というところで、ティアナが叫んだ。
「セレンさん、待って下さい!」
「……何でしょうか?」
私が振り返ると、ティアナがガバッと頭を下げた。
「さっきは危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございました!」
「いえ、構いませんよ」
私がそう答えると、ティアナは身を乗り出すように言った。
「それで、セレンさんにお願いがあるんです!」
「何でしょう?」
「これからも私達とパーティーを組んでくれませんか? それで一緒に世界を救って下さい!」
ティアナの申し出は、これまでの臨時パーティーでは無く、私に正式なパーティーの一員になって欲しいというものだった。
それに対し、私の答えは決まっている。
「せっかくの申し出ではありますが、お断りさせて頂きます」
「そ、そんな! 何でですか!?」
まさか断られるとは思って無かったのだろう。
ティアナは驚きと共に、そう質問してきた。
私は即答する。
「メリットがありませんので」
「メリットって……! 世界を救うことに損得なんてあるんですか!?」
私の言葉が信じられないといった様子で、ティアナは声を荒立てた。
そんな彼女を制しながら、アイクが私に向かって丁寧に頭を下げる。
「セレンさん、俺からもお願いします。この世界を救うのに、聖剣に選ばれたセレンさんの力を貸してください。世界の為に、貴方の実力が必要なんです!」
そう言われても困る。
たとえ聖剣に選ばれていようと、私の本職はメイド。
姫様のお世話をすることが職務であり、それが何よりも優先すべきことなのだ。
「申し訳ありませんが、主人が待っていますので、私があなた方に力を貸すことは出来ません」
私がそう断ると、ティアナはショックを受けた様子を見せた。
「そんな……。セレンさんはいいんですか! このまま世界が魔女に滅ぼされてしまったら、セレンさんの大切なご主人様も皆死んじゃうことになるんですよ!?」
「……」
ティアナの感情的な言葉に、私は何も言わなかった。
しかし、彼女は畳み掛けるように口にした。
「お願いします! セレンさんが一緒なら、予言の【終わりの魔女】を殺して、必ず世界を救える筈です!」
【終わりの魔女】を殺す?
それは本気で言っているんですか?
「……」
姫様の顔が脳裏に浮かんだ。
研究に打ち込み、勇者召喚に全てをかける彼女の姿。
五年前、多くの犠牲を払って姫様は生き延びた。
彼らの口にする言葉の全ては、五年前に姫様を命懸けで救った者達への冒涜だ。
だからこそティアナの台詞は、私にとって許しがたいものだった。
姫様の頑張りを、その存在を否定するような彼女の言葉は――。
「ティアナ様は一度でも、その目で魔女の姿を、魔女の持つ力を見たことがありますか?」
「……え?」
私の唐突な問い掛けに、ティアナは頓狂な顔をした。
それを見て、私は言葉を続ける。
「ありませんよね? なのに貴方は、【終わりの魔女】を殺すと言った――」
記憶の中に浮かぶ魔女の姿。
おそらく私が一番よく知っている。
彼女の目的も、その実力も。
だからこそ、私の心に怒りの感情が沸き上がる。
「ふざけた事を言わないで下さい。魔女について何も知らない貴方の発言は、私にとって何の重みも持ちません」
「それって……」
ティアナが何かを察したように口に手をやる。
「もしかしてセレンさんは、五年前のエルタシア王国について何か知ってるんですか……?」
アイクが口にした言葉に、私は何も言わず目を細める。
そして、私は彼らに背を向けた。
「一つ忠告しておきますが、魔女とは戦うだけ無駄です。今のあなた方の実力では、万に一つも勝ち目などない」
彼らの実力では、魔女には傷一つ。
いや、指一本すらも触れられないだろう。
「あなた方は何もしなくていいのです。無駄な正義感など振りかざさず、大人しくしているのが賢い選択ですよ」
せめて姫様が勇者召喚を成し遂げるまで、大人しくしている方が懸命だろう。
私はそう言い残し、彼らに背を向けた。
「待って下さい、セレンさん……!」
呼び止めるティアナの声を無視して、私は転移の魔法陣を踏んだ。
転移の術式が起動し、光が視界を包み込んでいく。
彼らと話すことはもう何もない。
だからこそ、私は足早に立ち去るべきだろう。
転移の光に包まれ、私はこの冒険の終わりを実感する。
思い返せば、この迷宮探索は中々に濃い時間だった。
さあ、帰ろう。
私のいるべき姫様の元に――。
◆
宿屋は既に引き払った。
二週間生活していたと言っても、私物はトランク一つに綺麗に収まる。
なんだかんだで、太陽剣・ガラティーンもまだ手元に残していた。
迷宮探索でずっと一緒だったので、今では少しだけ愛着が湧いている。
私が都市の出入口付近で待っていると、金髪の少女がやって来るのが見えた。
それは約束通りに、私を迎えに来たリッカだ。
「お待たせっすよ、セレン姉。この姿で会うのは何だか久し振りな感じっすね」
「そうですね。ですがやはり、貴方はその姿である方がしっくりきます」
勇者パーティーと共に行動していた時は、変身したリッカの姿に違和感を感じまくりだった。
「それでセレン姉、転移の魔法陣はちゃんと調べられたんすか?」
「勿論です。姫様に良い報告が出来ることでしょう」
「なら良かったっす。それに今回は、偶然にもセレン姉に勇者パーティーの実力を見せることが出来たんで、それなりに収穫のある二週間になったっすね」
「この期に及んで偶然ですか……。白々しいですね」
勇者パーティーが私と行動を共にするように誘導したのは、リッカ自身だと言うのに。
「それでどうっすか? 魔女の力を一番よく知るセレン姉から見て、帝国の勇者の実力は?」
「大したものでしたよ。しかしあの程度の実力では、魔女を倒すことなど到底不可能ですね。あれなら姫様やネルファの方が断然強い」
「やっぱりそうっすよね……。正直、私も拍子抜けしてるっすよ」
そう言って、リッカは落胆した様子を見せた。
そんな彼女に私は言う。
「そう言えば、ミスリルドラゴンの血はちゃんと摂取出来ましたか?」
「抜かりはないっす。隙を見て、ばっちり確保したっすよ」
「どうしても貴方の『動物化』には、元となる生き物の血が必要ですからね」
リッカの変身先のバリエーションは、今まで彼女が生物の血が関係している。
「まあ毛でも肉でも、何でもいいんすけどね」
そう言って、リッカは笑った。
そして彼女は私に告げる。
「それじゃあ帰るっすよ、姫様の元へ!」
「はい。帰りも頼みますよ、リッカ」
こうして長いようで短い、そんな私の冒険はようやく幕を閉じた。
これにて長かった五章を終了とします。
アイク視点の話を挟んで、次章からはまたノルン中心のお話に戻ります。




