Retrace:65 ミスリルドラゴン②
ミスリルドラゴンが全身に纏う堅固な鱗。
魔術も斬撃も効果がない、それはまさに鉄壁と讃えるべき守りである。
攻撃がまるで通用しない時点で、こちらはかなり不利な戦いを強いられていた。
それに勇者パーティーは、ティアナとアイクの二人が負傷している。
アミィはそんなふたりを介抱し、ラッシュは無傷だがドラゴン相手に打つ手はない。
伝説的なSランクの魔物。
しかしあのアダマントガーゴイルよりも、このミスリルドラゴンは明らかに格上だった。
『終わりだな。無惨に散れ、哀れな勇者共よ』
憐憫の視線を向け、ドラゴンはそう言った。
そして、銀竜は大きくその顎を開け広げる。
「やべえぞ……!」
ラッシュが叫ぶ。
「ブレスか……!」
アイクも逼迫した声を上げた。
だが負傷者している彼は咄嗟には動けない。
ミスリルドラゴンの口腔に光が溢れる。
白銀の光が収斂し、白き炎が熱を生み出す。
そして、ドラゴンの口から必殺の攻撃が放たれた。
視界を染める銀光が、白き灼熱と共に殺到する。
「仕方ないですね……」
私はそう呟いた。
そして、太陽剣・ガラティーンを鞘から抜き、白銀のブレスに向かって振りかぶる。
魔力を込めたガラティーンの刃先から、太陽光に似た黄金の輝きが放たれた。
それはミスリルドラゴンのブレスと衝突し、凄まじい熱波が周囲に拡散する。
白き灼熱が黄金の光と相殺し、迷宮内を暴風が駆け巡った。
そして、私はアイク達を庇うように、ドラゴンと彼らの間に立つ。
「皆様、無事ですか?」
私がそう振り返ると、揃って呆然としている彼らの姿が目に入った。
どうやら皆、大丈夫そうだ。
「セレンさん、その剣は――」
私の持つ黄金の剣を目にし、ティアナが呆然と呟く。
すると、ラッシュも震えながら口にした。
「それなりの剣だとは思っていたけどよ……。まさか七聖剣の一つ、太陽剣・ガラティーンだとはな」
その言葉に、アイクは目を見開いた。
「太陽剣・ガラティーン? ということは、セレンさんも俺達と同じ聖剣の担い手?」
黄金の粒子を振り撒きながら、私の手元で太陽剣は燦々と輝いている。
ここまで目立つ聖剣である以上、最早誤魔化すことは出来ないだろう。
「――皆様、お下がりください」
私がそう告げると、すかさずティアナが口にした。
「でも、流石にセレンさん一人じゃ……!」
「問題ありません」
彼女の心配を、私はそう一蹴した。
伝説的なSランクの魔物?
剣も魔術も通じない存在?
それがどうしたというのだ。
姫様に仕える私が、こんな相手に負ける筈がない。
『まさかもう一人、聖剣の担い手がいたとはな……』
空気を震わせ、ミスリルドラゴンは私を睨む。
自慢のブレスを相殺された事が気に触ったのか、銀竜の声には怒りの感情が籠っている。
『俺のブレスを防いだのは褒めてやろう。そしてその褒美として、お前から先に殺してやる!』
翡翠のような眼球を光らせ、ドラゴンは私に殺意を向けた。
しかし、私はまるで恐怖を感じない。
「私を殺すとは、トカゲ風情が大きく出ましたね。彼我の実力が分からないとは、もしや脳味噌までミスリルで出来ているのではありませんか?」
私が軽く煽ると、ドラゴンはカッとなって大声を上げた。
『人間の分際で、この俺を愚弄するか! 身の程を知れ!』
「身の程を知るのは貴方の方です。たかがミスリルドラゴンの分際で、姫様のメイドたる私に歯向かおうとは愚かな生き物ですね」
『き、貴様ァ!!』
激昂したドラゴンが大口を開けて叫んだ。
そして、力任せに尻尾を振るってきた。
鞭のようにしならせた尻尾の攻撃を、私はその場でジャンプして躱した。
そして、そのまま腰を捻るように空中で回転し、私は手にした聖剣をグルリと振るう。
ガラティーンに魔力を込めると、刃先から金色の粒子が溢れ出す。
そして、私の振るった剣の軌道をなぞるように、黄金の斬撃が三日月の形になって放たれた。
『無駄だ!』
しかしドラゴンの鱗は、あっさりと光の斬撃を消し飛ばした。
やはりあのミスリルの防壁は、太陽剣による光線すらも無効にしてしまうようだ。
『たとえ聖剣の能力だろうと、俺を傷付けることは不可能だ。大人しく諦めろ!』
「流石に硬いですね……」
何故ミスリルドラゴンに攻撃が効かないのか。
その仕組みは大体分かった。
ミスリルという金属は、魔力を込めるとかなり硬くなる性質がある。
ドラゴンは自分の鱗に魔力を巡らせ、その強度を上昇させているのだろう。
さらに強い魔力を込めていることで、外部からの魔術に強い耐性を持たせている。
このドラゴンは、まさに死角の無い鎧を全身に着込んでいるのだ。
ミスリルドラゴンに対し、剣と魔術での攻撃は有効ではない。
けれども、私に何一つ手が無いわけではなかった。
「魔術を弾くのならば、そのように戦うまでのことです」
私は冷静にそう呟くと、そこにドラゴンの攻撃が飛んできた。
しかし、私には当たらない。
そこから何度も鉤爪や尻尾での攻撃が連続し、私は飄々とそれらを避け続ける。
そんな大振りの攻撃では、そもそも私に当たる筈がない。
『ええい! ちょこまかと!』
思うように攻撃が当たらず、ドラゴンは苛立ちを募らせる。
だが、そんな行動を続けていた銀竜が、突然その動きを止めた。
『なにぃ……!』
突然自分の体が動かなくなったことに、ドラゴン自身が驚きの声を上げる。
彼が驚くのも無理はない。
何故なら地面と接したドラゴンの両手足は、私の魔術によって見事に凍り付いていたからだ。
『何故魔術が!』
自分に魔術が通じないと鷹を括っていたドラゴンは、何故自分が凍り付いたのかを理解出来ていないようだった。
動きを止めたその銀竜に対し、私は再び同様の魔術を行使する。
魔術が効かない相手は、私にとって初めてではない。
少しだけ考えれば、誰でも分かる簡単な仕掛け。
私の魔術が発動し、ドラゴンの周囲から急激に温度が奪われていく。
そして銀竜を拘束するように、瞬時に全身を凍結させた。
私は魔術によって局所的に温度を下げ、自然現象を利用しドラゴンを凍らせたのだ。
「この程度ですか?」
全身を凍り付けにされ、ミスリルドラゴンは氷像と化した。
その銀竜に対し、私はあえて挑発する。
ミスリルの鱗に身を包むドラゴンにとって、この程度の攻撃では決定的なダメージにはならないだろう。
しかし、自分が侮っていた人間にここまでされれば、流石に伝説の魔物は黙っていない筈だ。
『くだらぬ真似を!』
あっさりと体表の氷を割り、ドラゴンは私に向かって飛び掛かってくる。
だが銀竜は、その場でツルリと足を滑らせた。
私は即座に足場となる地面を凍らせて、ドラゴンの持つその巨体を見事スリップさせたのだ。
『グォ……!』
その場に盛大に倒れ込み、ミスリルドラゴンは苦悶を上げる。
その姿に、私は薄笑みを浮かべた。
「伝説の魔物が足を滑らせるとは、何とも滑稽ですね」
『もう許さぬ! 塵一つ残さず消えろ、人間ッ!!』
私の度重なる挑発に、遂にドラゴンの怒りのボルテージは最高潮に達した。
そして、その口を大きく開ける。
どうやら再び、あの白炎のブレスを放つ算段なのだろう。
「やっとですね。この瞬間を待ってました」
全てはこの瞬間の為だった。
ドラゴンにあえてブレスを撃たせるために、私は何度も挑発を続けていたのだ。
私はこの機会を狙い、ドラゴンの顎を凍らせた。
口を開けたままの状態で顎を固定され、銀竜は一瞬の動揺を見せる。
『……ッ!!』
その隙を見逃さず、私は銀竜との距離を詰めた。
そして私は、手にした聖剣をドラゴンの開かれた口に差し込んだ。
「ミスリルドラゴンとは言え、まさか内臓までミスリルということは無いでしょう」
『ッ!!』
冷ややかに告げた私に、ミスリルドラゴンはあからさまな動揺を見せた。
私がこれから何をするつもりなのか、ドラゴンには想像出来たのだろう。
「終わりです」
私は握った太陽剣に、ありったけの魔力を流し込む。
聖剣が眩い光を収束し、手元から黄金が炸裂する。
そして凄絶な熱量を持つ光線が、ミスリルドラゴンの体内に注ぎ込まれた。
『――――ッッッ!!』
ミスリルドラゴンは声にならない絶叫を上げる。
今まさに、黄金の光が全身を内側から焼き尽くしているのだろう。
少しだけ同情はするものの、この世界は弱肉強食だ。
まさか自分が狩られる側になるとは、このドラゴンも考えてはいなかった筈である。
――ドスンと激しい音が迷宮に響く。
それはミスリルドラゴンの巨体が崩れ落ちた音だった。
口元から焦げ付いた匂いの黒煙を立ち昇らせ、銀竜が絶命しているのは間違いない。
「さて……」
私は聖剣を仕舞い、フゥと息を吐いた。
目の前には、完全に沈黙したミスリルドラゴンが倒れている。
姫様が欲しがっていたミスリルドラゴンの逆鱗を回収しておきましょう。
ついでに鱗も数枚貰っていきましょうか。
そう考えた私はテキパキと動き、目的の素材を剥ぎ取っていく。
これで姫様へ予想外のお土産が出来た。
喜ぶ姫様の顔を想像し、私は少しだけ頬が緩むのを感じた。
しかし、大切なのはここからだ。
壁際に視線を向ければ、勇者パーティーの面々が呆然としていた。
まさに放心状態と言った感じである。
自分達が手も足も出なかったミスリルドラゴン。
その相手に対し、メイドである私が単独で討伐を成し遂げたことが、彼らにはそんなに衝撃的だったのだろうか?
まあいい。
彼らの精神が回復する前に、さっさとここから立ち去ろう。
聖剣を持っていたことや、ミスリルドラゴンを倒せる程の実力を持っていること。
それらを追及されるのは面倒だ。
未だに放心し続ける彼らに、私は慇懃にお辞儀をした。
「皆様、短い間でしたがお世話になりました。私はここでパーティーを抜けさせて頂きます。このミスリルドラゴンの死体は、皆様の好きに処理して下さって構いません。それでは」
そう言って、私は彼らに踵を返した。
少し薄情かもしれないが、私としてはこれでいいと思った。
そもそも勇者パーティーとは、一時的に協力関係を結んでいただけなのだ。
十層を攻略出来た時点で、その関係は解消されている。
それに私は、これ以上彼らと馴れ合うつもりなど毛頭無い。
私は勇者パーティーに背を向けて、ドラゴンの守っていた奥の通路へ足を進めた。
おそらくこの先に、私の目的だった転移の魔法陣があるのだろう。
私がこの場から立ち去ろうとした矢先、背中側から震えた声が掛けられた。
それはアイクの声である。
「セレンさん、貴方は一体……」
私は一旦立ち止まり、振り返って口にした。
「私ですか? 私はただのメイドですよ」
姫様に仕える――ね。




