Retrace:64 ミスリルドラゴン
私と勇者パーティーは、伝説の魔物であるミスリルドラゴンと対峙することになった。
「はぁぁぁ――!」
「おらぁぁッ!」
最初に動いたのは、アイクとラッシュだ。
二人同時に飛び掛かり、ドラゴンに向かって猛然と聖剣を振るった。
『無駄だ。どんな剣だろうと、俺の鱗は斬り裂けぬ!』
ガキンと透き通った金属音が響くも、ドラゴンの体に傷は付かない。
そこにカウンター気味に、風を切って銀竜の尾が振るわれる。
「くっ!」
アイクとラッシュの二人は、慌ててその場から飛び退いた。
『どうやらもう片方も七聖剣の一つのようだな。聖剣の担い手が二人か。まあそれがどうしたという話なのだがな』
傲然と口にしたドラゴン。
そこにティアナが魔術を発動させる。
「アイク、ラッシュ! 下がってください!」
彼女から無詠唱で放たれたのは、無数の灼熱の矢だ。
それらは真っ直ぐに、ドラゴンの全身に降り注ぐ。
『無駄だ。この俺にはいかなる魔術も通じない!』
ドラゴンは炎の矢を全身で受け止め、私達にそう言った。
その言葉通り、ティアナの魔術では銀竜にダメージを入れられない。
「なら、これはどうでしょうか?」
私は冷静に口にして、氷の魔術を発動させた。
それなりの質量を持つ氷柱が、ドラゴンの全身を押し潰すように襲い掛かる。
『無駄だと言っているだろうが!』
銀竜は叫び、私の魔術は気泡のごとく掻き消された。
それはまるでドラゴンの体に接触した瞬間に、魔術自体が打ち消されているように見えた。
「セレンさんの魔術も通じないなんて……!」
ティアナは驚愕の表情を浮かべる。
そこに苦しそうにアイクが言った。
「どうやらあのミスリルドラゴンには、剣も魔術も通じないみたいだな……!」
斬撃も魔術も効果がない。
それは現状、勇者パーティーに打つ手が無いことを表していた。
『どうやら理解したようだな。貴様らと俺の圧倒的な力の差を――』
有り余る余裕を崩すことなく、ドラゴンはそう告げた。
そして、
『次はこちらの番だ。この十層の守護者として、貴様らは全員生きては帰さん』
ドラゴンは動いた。
その金属の全身からは想像も付かない俊敏さで、銀竜は私達との距離を詰める。
そして、ゴウと空気を切り裂くようなスピードで、その鋭い鉤爪が振るわれた。
「っ! 避けろ!」
咄嗟にアイクが叫び、私達は散開した。
ドラゴンの鉤爪は、迷宮の床を大きく抉り取る。
その攻撃を回避し、私達は全員無事だ。
だがメンバー同士の距離間が、予想以上に開いてしまった。
これでは仲間同士での適切な連携が取れない。
そして、そんな隙をミスリルドラゴンは見逃さなかった。
その鉤爪を振り下ろす動作に連続させ、銀竜はそのまま体をぐねりと捻った。
放たれたのは、鞭のような尻尾の一撃。
狙われた人物はティアナだ。
彼女はドラゴンのその攻撃に、まるで反応出来てはいなかった。
「ティアナ!」
咄嗟に動いたのは、アイクだった。
彼は反射的に、ティアナを庇うように抱き締める。
だがそのまま回避することは叶わず、二人をドラゴンの尻尾が直撃した。
勢い良く弾き飛ばされたアイクとティアナは、激しい音を立てて迷宮の壁に激突した。
「くっ……ティアナ、無事か!?」
よろめきながらも起き上がり、アイクは彼女を心配する。
どうやら命に別状は無さそうだが、彼の頭からは赤い血が流れていた。
「私は……大丈夫です……」
苦悶の表情を浮かべ、ティアナは立ち上がった。
しかし、その右腕は骨折しているのか、力無くダラリと垂れ下がっている。
二人の武器は遠くに転がり、ほぼ無防備な状態だ。
それにアイクとティアナは目に見えて負傷している。
そんな二人を庇うように、アミィが短剣を構えて前に立つ。
ラッシュは無傷だが、ミスリルドラゴン相手に打つ手はない。
勇者パーティーはまさに危機的状況だった。
そんな彼らの様子を、私は少し離れた位置から冷静に観察する。
十層のボスであるミスリルドラゴン。
Sランク指定された伝説の魔物。
しかし勇者達との戦いぶりを見るに、その実力は私の想像を越えていた。
少なくともこのミスリルドラゴンは、あのゴーちゃんよりも明らかに格上だ。
魔物の驚異度を推し測るランクに、S以上は存在しない。
伝説の魔物と言っても、その実力には上下があるということだろう。
「アイク、ここは撤退しかねぇ! 攻撃が効かない相手に、これ以上は無理だ!」
そんなラッシュの叫び声を、ドラゴンの言葉が遮断する。
『この俺が逃がすと思うか?』
ミスリルドラゴンから涌き出た殺気。
勇者に向けられる憎悪は、どうやら本物らしい。
『終わりだな。無惨に散れ、哀れな勇者共よ』
憐憫の視線を向け、ドラゴンはそう言った。
そして、銀竜は大きくその顎を開け広げる。
「やべえぞ……!」
ラッシュが叫ぶ。
「ブレスか……!」
アイクも逼迫した声を上げた。
だが負傷者している彼とティアナは、咄嗟には動けない。
ミスリルドラゴンの口腔に光が溢れる。
白銀の光が収斂し、白き炎が熱を生み出す。
そして、ドラゴンの口から必殺のブレスが放たれた。
視界を染める銀光が、白き灼熱と共に殺到する。
絶体絶命の勇者達。
そんな彼らのピンチを、私が救う義理はあるのだろうか?
「仕方ないですね……」
私はため息混じりに、そう呟いた。
本当はアイク達には見せたく無かったが、この状況ではしょうがないだろう。
私は聖剣の柄頭をピンと跳ね上げ、すかさずそのグリップを握り締める。
鞘走りの音が遅れて響き、私は太陽剣・ガラティーンを抜き去った。
さて、少しだけ本気で反撃をしましょうか。




