Retrace:63 第十層
遂に私は、念願の十層へ足を踏み入れた。
目的の魔法陣まではあと少しだ。
私はここまでの道程を振り返る。
この十層までスムーズに辿り着けたのは、やはり勇者パーティーに加わったことが大きい。
最初こそは大人数で行動することに抵抗があったが、結果的には彼らが多くの利益をもたらしてくれた。
どれだけ自分の実力に自信があろうと、結局人間が一人で出来ることなんて限られているのだ。
私は冒険者の経験値と役割分担の重要性を、ひしひしと感じた迷宮探索だった。
十層のエリアはどうやらかなり狭いようだ。
通路はほぼ一本道であり、道中で現れた魔物の種類も九層と一切変わらなかった。
「呆気なく着きましたね」
通路が途切れる手前で止まり、私はそう口にする。
十層はエリアが一番狭いだけあって、終着点までアッサリと辿り着けた。
「この先が十層のボスか」
「一体どんな魔物がいるんでしょうか?」
アイクとティアナの二人もそう呟く。
この十層目は、この地下迷宮における最後の階層。
百五十年前にかつての勇者が踏破して以降、誰一人として足を踏み入れたことのない未知の領域だ。
勇者パーティーの面々から、緊張している様子が伝わってくる。
迷宮の終点とも言える場所である以上、この最後に相応しい魔物が待っているに違いない。
「皆、万全の準備をして挑もう」
アイクは皆に向けてそう言った。
私達は各自で武器を手入れし、装備に不備が無いかも念入りに確認する。
そして十分な休息をとって、私と勇者パーティーはボスの待つその場所に足を踏み入れた。
◆
私達がやってきたのは、十層目の主がいるであろうスペースだ。
この場所の天井はこれまで以上に高く、全ての内壁は強い青色に発光していた。
これまでの迷宮内と違って、地上と同じくらいに明るく、とても開放的な空間が広がっている。
そんな場所を訪れた私達だったが、真っ先にその視線は前方の魔物に釘付けされていた。
すぐ隣でアイクが絶句している。
いや、彼だけではない。
その魔物を目にしたこの場の全員が、まるで金縛りにあったかのように固まってしまっていたのだ。
ああ、何という偶然でしょうか……。
ぞわりと、私は自分の肌が粟立つのを感じた。
思わず口角が吊り上がりそうになる。
この少し作為的な巡り合わせに、私は笑ってしまいそうな程に驚いていた。
「十層目の主は、どうやらこのドラゴンのようですね。それも全身がミスリルの鱗で覆われた――」
傍でアミィが冷静にそう告げる。
その言葉に、私は頷いた。
「ええ、ミスリルドラゴン――この銀竜は、Sランク指定されているあの伝説の魔物で間違い無いようです」
Sランク魔物・ミスリルドラゴン。
それがこの十層を支配する魔物だった。
図鑑にも絵すら乗っていなかった為、あの姫様が召喚出来なかった伝説のドラゴン。
アダマントガーゴイルやオリハルコンコカトリスと同じ、伝説級とされる魔物の一体だ。
それにこのドラゴンは、最強のスライムへの進化素材の一つでもある。
姫様の望み通りにラムを進化させる為には、何としてもこのミスリルドラゴンの逆鱗が必要なのだ。
最後の最後で、姫様に思いがけないお土産が出来ましたね。
私はそう内心呟いて、目の前の魔物に視線を向けた。
鏡のように磨き上げられたメタリックな鱗。
迷宮内を照らす青い光が反射して、ミスリルドラゴンはよりその姿をより荘厳に見せた。
美しい。
ただその一言に尽きる。
この十層に住む竜と言うだけあって、その迫力は満点だ。
スリムな体を四足で支え、その背中には小さな翼のような突起がある。
全身にミスリルの鎧を着込み、防御面での隙は無さそうだ。
そして、同じくミスリル製の長い尾と鋭い鉤爪が、このドラゴンにおける攻撃の武器なのだろう。
『この十層まで辿り着く者がいるとは、百五十年ぶりか?』
地響きにも似た低い声音が、ドラゴンの喉元から発せられた。
その言葉に、全員が緊張感を持って武器を構える。
微睡みから目覚めた銀竜は、その翡翠の眼に私達を捉えた。
そして、ゆっくりと寝そべっていた体を起こしていく。
ミスリルドラゴンは私達の中でも、アイクの姿を捉えていた。
その彼の手にした英雄剣を見て、銀竜は目を細めた。
『その剣……知っているぞ。百五十年前、俺を倒したあの勇者が手にしていた聖剣だな』
そう口にして、ドラゴンの瞳に憎しみのような感情が灯った。
そして、ピリピリとした殺気が全身から沸き立っていく。
『その剣を持つということは、貴様は勇者ということか。良いだろう。この迷宮の守護者として、俺が直々に相手をしてやる』
その宣言と共に、ミスリルドラゴンは私達の前で戦闘態勢に入った。
「ヤベェ相手なのは間違いないが、やるしかねぇみたいだな!」
「そう……ですね」
ラッシュとティアナがそう言うと、アイクは全員に発破を掛けるように口を開いた。
「伝説の魔物相手だろうと、怯む必要はない! 俺達の力を見せてやろう!」
アミィだけを後方に残し、勇者パーティーが前に出る。
私も彼らと共にミスリルドラゴンに対峙した。
この迷宮を完全に攻略する為に、このミスリルドラゴンとの戦闘は避けては通れない道だ。
それに姫様が欲しがっていたあの逆鱗を手に入れる為にも、私は決して負けるわけにはいかない。
『来い、勇者ども! 力の差を思い知らせてやる!』
「望むところだ!」
ドラゴンの挑発に、アイクは大きな声で答える。
今ここに伝説の魔物対勇者パーティーという、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。




