Retrace:62 第九層
日を改め、私達は再び九層の終着点までやってきた。
バイトプラント同様に、九層の終わりにはボスとも呼べる魔物が陣取っていた。
私達を待っていた魔物は、既視感のある見た目の魔物だった。
グレートガーゴイル。
Aランクの魔物らしい。
それが三体並び、私達の行く手に立ち塞がった。
アダマントガーゴイルのゴーちゃんを知っている私からすれば、この三体の魔物はやや迫力不足だ。
悪魔の姿を象った石像。
全身の材質は、暗灰色の石で出来ている。
ゴーちゃんに比べて一回りも体が小さく、見た目の凶悪度も物足りない。
普通の冒険者からすれば強敵なのは間違いない。
しかし勇者パーティーの実力からしてみれば、Aランクの魔物三体では少々物足りないだろう。
「今回はセレンさんの力を頼らせて下さい」
「分かりました」
アイクの頼みを承諾し、私はティアナと共に後衛に位置取る。
そして、グレートガーゴイルとの戦いが始まった。
◆
グレートガーゴイルを危なげなく倒し、私達は十層へ通じる階段の手前で休息を取っていた。
今日は地上へ戻る予定は無い。
その為、私と勇者パーティーはこの場で一夜を明かすことになる。
そもそも地下迷宮を往復するのは、かなりの時間と体力が必要だ。
それが九層目ともなれば、その疲労は顕著に表れる。
迷宮内の長い道のりを歩くことに加え、遭遇した魔物とは戦闘を余儀無くされるのだ。
ここまで来たならば、寧ろ迷宮内で泊まるという発想の方が普通だろう。
勇者パーティーの各々が休息を取る中、私は迷宮の壁に凭れていた。
すると、ティアナが二人分の飲み物を手にして現れた。
「隣いいですか?」
「構いませんよ」
私がそう答えると、ティアナは安心した顔をした。
そして、私と隣り合うように座ってくる。
「これ、飲み物です」
「ありがとうございます」
ティアナから差し出さたコップを、私は礼を口にして受け取る。
どうやらその中身はただのお茶のようだ。
「セレンさん、少しお話があります」
少し真面目な顔付きで、ティアナはそう切り出す。
わざわざ隣に座ってきたので、何か話があるのだとは思っていた。
「何でしょうか?」
私がそう尋ねると、ティアナはコップを手にしたままジッと目を向けてきた。
「セレンさんの使っている魔術について何ですが、あれは一体どこで習得したものなんですか?」
彼女の質問に、私は言葉を返した。
「何故そのような事をお尋ねに?」
「単純に興味があるからです。セレンさんの使ってる魔術が、一体どういう仕組みなのかが」
ティアナの目は好奇心に満ちていた。
すると、ふらっと現れたアミィが私に教えてくれる。
「ティアナ様はこう見えて、魔術の研究者なのです」
「なるほど。それで気になったのですね」
納得した私に、アミィは続けて口にした。
「実はティアナ様は、魔術の研究者の中ではかなり有名な御方なんですよ。オリジナルの魔術を幾つも開発していますし」
「ちょっと、アミィ……!」
恥ずかしいのか、ティアナが非難の声を上げる。
しかしオリジナルの魔術を幾つも開発したというのは、どう評価すればいいのだろうか?
どうしても同じ研究者ということで、ついついあの姫様と比べてしまいがちになるが……。
私は彼女に向かって口を開く。
「ティアナ様はその道では有名な御方だったのですね。申し訳ありません、ご存知無くて」
「べ、別に謝らなくても大丈夫ですよ! 有名といっても、所詮は研究者界隈の中での話ですし……!」
ティアナは慌ててそう口にした。
それなりに有名だと言っていたが、やはり私は彼女の名前に聞き覚えはない。
そもそも私は魔術知識に関しては、実は素人に毛が生えた程度である。
同じ研究者として姫様なら何か知ってるかもしれないが、メイドの私にとっては専門外のことだった。
「話を戻しますが、ティアナ様は私の使う魔術について知りたいんですよね?」
「はい。セレンさんの使っていた魔術、あれは一体どこで習得したものなんですか?」
改めてそう口にした彼女に、私は隠すことなく答えた。
「あれは私の主人が教えて下さったものです」
「セレンさんのご主人様ですか……?」
「はい。私の主人はティアナ様と同じように、魔術の研究をしている方なんです」
私がそう言うと、ティアナは謎が解けたような顔をする。
「やっぱりセレンさんのご主人様は、私と同じ研究者の方だったんですね! 色々と納得しました」
元々転移の魔法陣を調査する名目で、私はこの地下迷宮にいるのだ。
たったそれだけの情報でも、私の主人が研究者であることは誰でも予想出来るだろう。
「ところでお願いなんですが、セレンさんの使っている魔術を、この私に教えて貰うことは出来ませんか?」
私の使う魔術を教えて欲しい。
そうティアナは申し出てきた。
「申し訳ありませんが、主人の許可無しでは私がお教えすることは出来ません」
「やっぱりそうですよね……」
私が首を横に振って断ると、ティアナは落胆した様子を見せた。
私が使ってる魔術は、姫様が考案したものである。
みだりに他人に教えていいものではない筈だ。
私がそう考えていると、ティアナが口を開いた。
「でもセレンさんのご主人様は、本当に凄い魔術師なんですね。セレンさんが使ってる魔術ですけど、あんなに高度なものを私はこれまで一度も見たことがありませんでした。同じ研究者として、最早尊敬しかありません!」
「確かにメイドの私から見ても、主人の才能ははかり知れません。魔術に関しては、本当に天才だと思います」
「やっぱりそうなんですね! 一度でいいから御会いしてみたいです!」
ティアナはキラキラと目を輝かせている。
しかし、彼女の期待には答えられない。
「申し訳ありません。私の主人は偏屈な方ですので、御会いになるのは難しいかと……」
私がそう言うと、ティアナはガックリと肩を落とした。
「……残念です。でも、こんな魔術を作れるんです。きっと私も知っているような、凄く有名な御方ですよね?」
彼女の質問に私は答える。
「ええ、ティアナ様もおそらくご存知だと思いますよ」
魔術の研究ばかりしているが、曲がりなりにも一国の姫だ。
ティアナがうちの姫様を知らないわけがないだろう。
ただ引きこもりであるからして、世間でのいい評判は全く聞かないが……。




