Retrace:53 噂話
前回までのあらすじ
セレンの冒険者登録が終わり、遂に本格的な迷宮探索へ。
※セレン視点
「あ、セレンさん。今日も迷宮探索ですか?」
この親しげに話し掛けてくる女性職員は、私の冒険者登録をしてくれた彼女である。
最近は毎日のようにギルドで顔を合わせており、私はこの女性職員とはそれなりに親しくなっていた。
そんな彼女の立つ受付で、私は口を開く。
「いえ、探索は先程終えたところです。いつも通り魔石を持ってきたので、買取りをして貰えませんか?」
「分かりました。では魔石を預からせて頂きますね。今回も全て買い取りでよろしいですか?」
「はい。それで構いません」
女性職員の言葉に、私はコクリと頷いた。
そして私は、迷宮内で集めてきた魔石の入った袋を手渡す。
女性職員は慣れた手付きで、その魔石を一つ一つ検分していく。
「それでは今回の買い取り金額は、大銀貨三枚に銀貨七枚になります」
一日分の稼ぎとしては、かなりの額である。
「何だかいつもよりも多いですね」
「はい。今日は純度が高い魔石があったので、その分金額を上乗せしてあります」
純度が高い魔石?
ずっと疑問に思っていたが、魔石の大きさ以外にも純度によってその価値が変わるのだろうか?
「何故魔石の純度によって買取りの値段が変わるのですか? 全て精製してしまえば、魔石の純度なんて関係ないのでは?」
「……精製ですか?」
女性職員は私の言葉に眉を寄せた。
彼女の見せた反応は、まるで魔石の精製自体を知らないかのようだ。
この街に来てからというもの、私は毎日自分の常識がいかに世間とズレているのかを思い知らされている。
そして悲しいことに、そのズレを誤魔化す行為にも慣れてきた。
「すみません。何やら勘違いしていたようです。気にしないで下さい」
私がそう謝ると、女性職員は笑いながら言った。
「あっ、そうだったんですか。精製なんて言葉、初めて聞いたんでビックリしちゃいました」
やはり魔石の精製という過程は、世間一般に広まっていないもののようだ。
姫様はこの事を知っているんでしょうか……?
私が考え込んでいると、目の前の女性職員が言った。
「ところでセレンさん、最近大きな魔石が多いですが、どの階層で活動してるんですか?」
「七層です」
「またまた~。セレンさんは冗談ばかりですね」
どうやら彼女の中では、私はそんな認識らしい。
時々してしまう世間知らずな発言も、最近はこうして冗談として流されるようになっていた。
まあ好都合ではある。
だが私のキャラを勘違いされているのだけは、些か不愉快だ。
「そう言えばセレンさん、迷宮から持ち帰っているのはいつも魔石だけみたいですけど、指定された魔物の部位ならギルドではいつでも買取りを行ってますよ?」
ギルドで配布しているチラシには、買取りを行っている魔物の部位などが細かく書いてある。
「勿論知ってはいますが、私は一人で行動しているので、魔石を持ち帰るだけでも大変なのです」
魔石も取り出しが簡単な魔物からしか回収していない。
そもそも私の目的は金稼ぎではなく、転移の魔法陣を調査することだ。
私が魔石を売っているは、宿泊費と食費を稼ぐためである。
事前にそれなりの金銭は持ってきてはいるが、それらを使わないに越したことはないだろう。
「セレンさん一人で持ち帰れないのなら、運び屋を雇ってみたらどうですか? あらかじめ分け前を決めておけば、揉めることも少なくなるでしょうし」
女性職員からの有難い提案だが、私の調査に他人を同行させるのは無理だ。
「一応考えておきます」
私は形だけでもそう言っておいた。
転移の魔法陣があるのは十層だ。
そこまで辿り着ける実力者でなければ、私と共に地下迷宮を探索することは不可能である。
「そうだ! セレンさんにもう一つお話したいことがあったんです!」
何かを思い出したらしき反応の女性職員。
彼女は声のトーンを落とし、暗い表情で私に言った。
「セレンさんは知っていますか? 最近冒険者達がしている変な噂を」
「変な噂ですか?」
「はい。冒険者達が言うには、最近迷宮内の通路で、綺麗に殺された魔物の死体がよく見つかるそうです。それも魔石や買取りの部位などに手を付けていない状態で」
「……」
「不思議ですよね? 冒険者であれば倒した魔物の魔石なら、必ず回収する筈ですし……」
女性職員の話から察するに、多分この噂の原因は私である。
さっきも話したが、迷宮内での私は一人で行動している。
道中で倒した魔物から、魔石や素材などをいちいち回収している余裕は無い。
「それと四層や五層で活動するベテラン冒険者達が何人も、迷宮内を高速で動くヒラヒラした魔物を目撃したとか。何でもその魔物な、人型で女性の姿に似ていたそうですよ」
「……」
それも私の可能性が高い。
上層の道のりは大体記憶したので、時間短縮の為にも下層までは全力疾走で移動しているからだ。
ちなみに魔術で身体能力を上げているので、私はそこまで走っていても疲れない。
そんな事など知るよしもない女性職員は、怯えた様子で口にした。
「ヒラヒラした女性のような魔物なんて、ギルドに勤めている私でも聞いたことが無いです。本当に怖いですよね……」
「そうですね。怖いですね」
私は適当にそう答えた。
多分ヒラヒラというのはスカートのことで、薄暗い迷宮内で目撃した為に冒険者も魔物だと勘違いしてしまったのだろう。
しかし何故、女性型の魔物という噂が流れているのか?
魔物よりも先に、人間の女性という可能性を誰も考えないのだろうか?
「セレンさんも迷宮を探索する際は気を付けて下さいね」
「はい。情報ありがとうございます」
私はそう言って、周囲を確認する。
段々とギルド内が混雑してきた。
時刻的にも、冒険者達が迷宮から帰って来る時間帯だ。
こうなれば受付を担当する女性職員も、悠長に私と立ち話をしてはいられない。
「そろそろ混んできたようですので、私はこの辺で。お仕事頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます。セレンさん、またお越し下さいね」
そう言葉を返した女性職員に会釈をし、私は冒険者ギルドを後にした。
今日はもう宿屋に戻り、明日の探索に備えるとしよう。




