Retrace:52 ラムの貢献
今日も私は自室で、魔術の研究に勤しんでいた。
「うーん、やっぱり駄目ね。もうこれで何度目かしら?」
床に大きく描いた魔法陣。
その輝きが消えていく。
失敗だ。
この魔法陣では、私の期待するような結果は出なかった。
セレンがいない間にも、私はコツコツと空間魔術に関する研究を進めていた。
しかし何度試しても、私の満足するような手応えは掴めてはいない。
空間魔術の研究は、未だに思うような成果が出ていなかった。
「空間魔術ねぇ……。一概に“空間”と言っても、その定義があやふやで難しいのよね」
“空間”とは何か。
その定義付けの部分が考えれば考える程、頭の中でこんがらがっていくようだった。
「ねえ、ラムはどう思う?」
すぐ傍に寄り添っていたラムに、私はそう尋ねてみた。
しかし、ラムはゼル状の身体をプルプルと震わせるだけだ。
「そうよね。貴方に聞いても分からないわよね」
私はぼやきながら天井を仰いだ。
天才である私でも、簡単にはいかないことだってある。
しかし、それが長引けば流石にストレスだ。
「取り敢えず、休憩しようかしら」
気を張っているばかりでは、いいアイデアは浮かばない。
気分転換に私は、少し早めの昼食にすることにした。
◆
本日の昼食はサンドイッチである。
作ったのは、勿論ネルファだ。
「これ普通に美味いわ」
「ありがとうございます、ノルン様っ!」
私に褒められて、ネルファは滅茶苦茶嬉しそうな表情をする。
「ネルファも案外やれば出来るじゃない。野菜炒め以外の料理だって、少し考えればこうして作れる筈なのよ」
「いえ、私一人の力では、とてもサンドイッチを作ることなんて出来ませんでした。ノルン様のお蔭です」
思い出して欲しいのだが、ネルファは野菜炒めしか作れない呪いにかかっていた。
彼女曰く、生活力の半端な人間が独り暮らしを続けると、料理は全て野菜炒めしか作れなくなるそうだ。
いやいや、流石に嘘でしょ……。
火が扱えるなら、目玉焼きくらいは作れると思うんだけど?
そう思っていた私だったが、ネルファはその言葉通りに朝昼晩と野菜炒めを作り続けた。
私はそれをひたすら食べていたのだが、五日目くらいでギブアップした。
このまま野菜炒めを食べ続けるのは無理だ。
そう考えた私は、あることを閃いた。
「でも、よく思い付きましたね。サンドイッチの具材に野菜炒めを使えばいいだなんて」
「いや、このくらいは誰でも思い付くでしょ」
感心した様子のネルファに、私はすかさずそう言った。
すると、彼女は首を横に振る。
「いえ、誰でも思い付くわけではないですよ。実際私は思い付きませんでしたし」
「それは貴方が何も考えてないからよ……」
でも、それも仕方ないのよね。
だってネルファは、まさに絵に描いたような脳筋だもの。
そもそも彼女に戦闘以外のことを求める方が間違っている。
セレンの代わりにメイドなんて、完全に人選ミスでしかない。
「まあ何でもいいけど、サンドイッチさえあれば、後三日は野菜炒め生活にも堪えられそうね」
ネルファの作った野菜炒めを具材にして、パンとパンとの間に挟めば、見事なサンドイッチの出来上がりだ。
これも多分すぐに飽きが来ちゃうんだろうけど……。
モグモグと野菜炒めサンドイッチを味わっていると、ネルファが私に尋ねてきた。
「ところでノルン様、さっきから気になっていたんですが、あそこでラムは一体何をしているんですか?」
ネルファが指差した先には、モゾモゾしているラムの姿があった。
「ああ、あれね」
私はサンドイッチを食べながら、その質問に答える。
「あれは見ての通り、もう必要無くなった魔法陣を消して貰ってるのよ。魔法陣の後片付けは、いつもこうしてラムにして貰ってるわ」
「そうだったんですね」
ネルファの言葉に、私は続けた。
「ラムは魔力を吸収出来るっていう特殊能力を持っているわ。ネルファは魔法陣を描くための粉が、一体何で出来ているかの知ってる?」
「ええと、たしか魔石でしたよね?」
「正解よ。魔石は魔力の結晶みたいなものなの。だからそれを粉末状にして、魔法陣を描くの。より魔力を反応しやすくする為にね」
魔石とは、主に魔物の体内で精製される魔力の結晶だ。
ただし、これは貝から採れる真珠のような物で、どの魔物からでも常に魔石が採れるわけではない。
「いくら研究のためとはいえ、魔法陣を描く度に魔石を消費するのは大変なコストよ。だから、ラムの力を最大限に有効活用しているの」
私の言葉に、ネルファは驚いた顔をする。
「つまりラムは、ただ使い終えた魔法陣を消しているんではなく、そこに残った魔力を吸収しているんですか?」
「そうよ。魔石の粉末に含まれる魔力の残滓を回収してくれるの。ほら、消し終わったみたいよ」
魔法陣を全て消し終え、ラムは私の元に緩慢な動きでやってきた。
「お疲れ様、ラム」
労いの言葉と共に、私は手のひらを差し出した。
するとラムは触手を伸ばし、その手のひらにコロンと結晶を乗せる。
「ありがとう。偉いわ」
私は微笑み、ラムを撫でる。
お礼と言ってはなんだけど、私の魔力を食べさせてあげた。
「ノルン様、それは魔石ですか?」
横からネルファが尋ねてきた。
私は頷く。
「そうよ。こうしてラムは魔石の粉末を回収して、また魔石に戻してくれるの」
私の手のひらに乗る魔石は、ラム自身が作ったものである。
彼はこうして魔力を再利用させてくれるのだ。
「凄いですね、ラムは」
「ええ、私の自慢の使い魔だわ」
私がそう言うと、ラムは「どんなもんだい」と体を大きく揺らしてみせた。
その愛らしい姿に、思わず私は笑みを溢してしまったのだった。




