Retrace:40 セレンの冒険
五章です。
この章では基本、セレン視点で進行します。
※セレン視点
私の名前はセレン。
姫様の忠実なるメイドだ。
しかし今は姫様の元を離れ、ワイバーンの背に乗っている。
空気を切り裂くようなスピードで、空を駆ける翼竜。
驚くべきスピードで、ぐんぐんと景色が後ろへと流れていく。
ただのワイバーンがこの速度で飛べるという知識はない。
「違うっすよ。私が今変身しているのは、レッドワイバーンっす」
そう思っていたところ、やはりただのワイバーンではないと告げられた。
赤い鱗を纏っていることから、レッドワイバーンと言うらしい。
ワイバーンの上位種にあたる存在だ。
そんな赤き翼竜の姿をしているのは、他でもないリッカである。
レッドワイバーンに変身しているのは、彼女の持つ『動物化』の能力だ。
普段の小動物的な雰囲気からこの姿になられると、流石にギャップが凄い。
だがやはりリッカの能力は応用力が高いと、私は素直に感心してしまう。
彼女自身は自分の『固有魔術』を過小評価しがちだが、明らかに優秀過ぎる能力である。
普通ならば一ヶ月以上はかかるトワリアル地下迷宮への道程を、ワイバーンの移動速度に頼れば大幅に時間を短縮出来てしまうのだ。
そう思うと、姫様の人選は正しいと実感する。
国から国までをここまでのスピードで移動出来るリッカは、やはり外国の諜報にうってつけだ。
彼女の持つこのアドバンテージは、私やネルファには無いものである。
「セレン姉! セレン姉!」
「……どうしました?」
考えに耽っていた私は、リッカの呼び掛けにハッとした。
どうしたのだろうか?
ワイバーンの姿のまま、可愛らしい声で彼女は言った。
「今前方に見える街で、今日の宿を取りましょう」
「早いですね。まだ夕方でもありませんよ?」
今は午後三時くらいだろうか。
まだ日没まで時間はかなりある。
「この街を逃すと、次の街までかなり距離があるっす。それと街に入るまでは、徒歩で行かないといけないんで」
「なるほど、分かりました。ですが、徒歩というのは?」
「この姿のまま街の近くへ降りるのは流石に不味いんで、手前の森で変身を解くことにするっす」
確かにレッドワイバーンが街の付近で彷徨いているのは、余計な混乱を招きかねない。
だから街から少し距離のある森の中で変身を解き、そこから徒歩で街まで向かわなければならないようだ。
その徒歩の時間を考えれば、街に付く頃には日没だろう。
「それじゃあここで降りるっす!」
リッカは森の中に降り立ち、変身を解いた。
あの勇ましいワイバーンの姿ではなく、今の彼女は完全に少女の姿だ。
分かってはいるのだが、余りのギャップに脳が追い付かない。
「それじゃあ、歩くっすよ。取り敢えずちょっと行けば道があると思うんで」
リッカの先導に従い、私は森の中を歩く。
少し歩くと、道に出た。
そこからはひたすらに道を辿っていくだけだ。
徒歩の最中、暇なのでリッカと喋る。
「私を乗せながら飛んで、疲れませんか?」
「全然っすね。レッドワイバーンは体力あるんで、多分夜まで飛んでいても余裕っすよ。ただこの時期は夜寒いんすよね……」
確かに風を切って進むのはとても寒い。
夜になれば更に体感の寒さは増すことだろう。
「私だけなら無理してもいいっすけど、セレン姉を乗せてる以上、安全運転でいきたいっすから」
彼女の言葉からも、私を気遣っているのが分かる。
「助かります、リッカ」
「お互い様っすよ、セレン姉」
そう言って、リッカは笑ってみせた。
地下迷宮までの間だが、いい旅になりそうだ。
そう思った矢先、リッカが突然足を止めた。
「セレン姉」
「……分かっています」
リッカが止まった理由は、私も少し遅れて理解した。
もうすぐで森を抜けられると思っていたところで、私達の前に一体の魔物が現れたのだ。
それは大きな熊だった。
黒い体毛に覆われ、その体は筋肉で引き締まっている。
熊は私達を獲物と見ているのか、真っ赤に両目を血走らせ、涎を垂らしながら舌舐めずりをしていた。
「大きな熊ですね、何というのですか?」
私が横のリッカに尋ねると、彼女は飄々と答えた。
「あれは見ての通り、ブラックベアっす。それにしてもおかしいっすね。普通は山奥にいるような魔物なんすけど」
「そうなのですか?」
私の声に、リッカは頷く。
「でもよーく見ると、あの熊の全身に沢山傷があるっす。多分、縄張り争いに負けて、こんなとこまで来てしまったってところじゃないっすか?」
「ありえそうな話ですね」
私は素直に感心していた。
リッカの洞察力は中々のものである。
「けど面倒っすね。あの熊、簡単に道を空けてくれなさそうっすよ」
「私がやりましょうか?」
丁度聖剣を持ってきている。その試し切りをしなければならない。
そう提案した矢先、痺れを切らした熊が動いた。
獰猛な雄叫びを上げながら、私達にその巨体が肉薄した。
どうするべきか?
そう考えていると、リッカが素早い動きで前に出た。
彼女は一瞬で短剣を取り出し、熊に向かって投擲した。
寸分違わず投げた短剣は、熊の体に突き刺さる。
苦悶を上げ、熊が怯む。
その隙にリッカは距離を詰め、突き刺さった短剣の柄を握った。
そして、更に奥へと押し込んだ。
熊が絶叫を上げ、後ろに転げる。
「よっと」
リッカは短く声を出し、短剣を熊から引き抜いた。
着いた血を地面に払い、彼女は告げる。
「とっとと道を空けるっす。さもないと次は命を頂くことになるっすよ」
彼女のその言葉が届いたのだろう。
痛みに悶絶していた熊は、必死に森の中に逃げていった。
「素晴らしい手際ですね」
私はリッカを褒める。
本当に手際が良かった。あれだけ熊が出血していたにも関わらず、リッカは衣服を汚していない。
「あれくらい余裕っすよ。それより先に行きましょう。またあのブラックベアみたいなのと出会うのは嫌っすから」
「そうですね」
私はリッカの言葉に頷いた。
やはり彼女は手慣れている。
ここまで頼りになる存在だとは、私の知るリッカからは想像していなかった。
この旅では全面的に彼女に従おう。
旅初心者の私が口を出せることは、多分何もないからだ。
少し前を歩くリッカの背中がかなり頼もしく見えた。




