幕間:10 勇者アイク
「すみません。お話中でしたか?」
ギルド二階にある応接室に入ってきたアミィは、開口一番にそう言った。
すると、ギルドマスターのホルトビーは言葉を返す。
「丁度話終えたところでしたので、謝られる必要はありませんよ」
「そうですか。安心しました」
そんなアミィに対し、俺は口を開いた。
「おかえり、アミィ。大変だったな」
「ありがとうございます、アイク様。アミィ・オルブライトン。帝国への報告を終え、ただいま帰還しました」
笑みを浮かべ、アミィは綺麗な敬礼をしてみせた。
失礼かもしれないが、そのポーズをする彼女の姿は微笑ましい。
「アミィ、帝国政府から俺に連絡事項は無かったか?」
「はい。アイク様への急ぎの用は無いとのことなので、しばらくはこの街に滞在していても構わないそうです」
「そうか。ありがとう」
当初は一ヶ月くらいしか余裕はないとされていたが、急ぎの用が無いのならばもうしばらくは迷宮に潜っていられそうだ。
そんな事を考えていた俺に、アミィは言った。
「おそらく今回を最後に、アイク様は自由な時間を取れなくなるでしょう。ですので、この短い期間を存分に満喫してください」
「……分かったよ」
俺は彼女の言葉に頷いた。
自由な時間はこれが最後。
世界を救うことを考えれば、本当なら一分一秒も無駄に出来ない筈だ。
つまりこの街から去る時は、俺はアイクという人間であることよりも、世界を救う勇者としての責務を優先しなければならない。
それはとっくに分かっていたことだ。
俺はソファーから腰を上げ、目の前のホルトビーに向かって告げる。
「それでは話も済んだことですし、そろそろお暇します。三日後にまた伺いますので、その時はよろしくお願いします」
「はい。三日後を楽しみにお待ちしております。それと何かあれば、私にお声かけください、勇者様」
「ありがとうございます、ホルトビーさん」
俺は軽く会釈をし、俺達はこの応接室を後にした。
ギルドの二階から一階に降りる。
すると、そこは多くの冒険者で賑わっていた。
冒険者の多いこの街では、この時間のギルドはいつもこんな感じである。
俺にとってはもう見慣れた光景だ。
「あれが勇者……」
「『雷迅』や帝国の姫もいるぞ……」
「となりの軍服を着た子供は初めて見るな……」
ざわざわと俺達を見て、皆が口々に会話している。
子供と言われたのを耳にしてか、アミィが少し不機嫌そうだ。
この街では、俺が勇者だという情報はとっくに広まってしまっていた。
そのため街中を歩いているだけで、俺は常に好奇の視線を受ける羽目になっている。
これも勇者としての宿命なので、注目を浴びるのはしょうがない。
ただ、やはり慣れないものは慣れないのだ。
「取り敢えず、宿屋まで戻るか」
「そうですね」
俺の言葉に、ティアナが横で頷いた。
今日はもうギルドに用は無いので、早めに宿屋に戻って疲れを癒そう。
俺達が出口へ向かおうとすると、人混みが割れるように皆が通り道を開けてくれた。
それは親切というよりは、怯えられているような感じだ。
俺は少し複雑な気持ちを抱きながらも、ギルドの出口へ足を進める。
そんな時、俺は背後から殺気のようなものを感じた。
「……?」
不意に視線を己の背後に向けると、そこには一人の女性が立っていた。
特徴的な青い髪にサファイア色の瞳。
女性のその整った顔立ちは、間違いなく美人と断言出来る。
しかし、何よりも俺の目を引いたのは、女性の身に付けている衣装だった。
「……メイド服?」
青髪の女性が着ている服は、このギルドでは場違い感のあるメイド服だった。
俺は驚きのあまり、思わず目を白黒させてしまう。
「……」
メイド姿の女性は無言で俺を見ていた。
その冷たい表情に感情の機微は見受けられないが、特に敵意のようなものは感じられない。
おそらく俺は、彼女の視線を殺気と勘違いしてしまったのだろう。
しかし改めて見ると、冒険者ギルドにメイド服の女性がいるというのは、あまりにも奇妙な光景だった。
そんな事を考えている内に、そのメイドの女性は人混みの中に消えてしまった。
他の冒険者達と同じように、ただの興味本位で俺に視線を送っていただけなのだろう。
「アイク、いつまで見とれてるんですか?」
下から覗き込むような角度で、ティアナが俺にジト目を向けてくる。
「み、見とれてたわけじゃないさ……!」
俺は慌ててそんな言い訳をした。
「ふーん。本当ですか?」
ティアナが更に疑うような視線を向けてくる。
慌てて言い訳をしたせいで、誤解は解けるどころかより深まってしまったようだ。
「ははっ、あれだけの美人なんて、そうそうお目にかかれねぇからな。アイクがあのメイドに見とれちまうのも仕方ねえよ。美人に目がいくのは、何せ男の性ってもんだ」
ラッシュが火に油を注ぐような発言をしてくる。
横のティアナが本当に怖い目をしてるから、そんな事は言わないで欲しい。
「けど、なんで冒険ギルドにメイドが……?」
話を逸らすように俺がそう口にすると、ラッシュが答えた。
「どうせ主人の使いで、ギルドに何か依頼を持ってきたって感じだろ」
その可能性は大いにある。
「ラッシュはこの街で長く活動してきたんだろ? あのメイドの女性は見たことないのか?」
「記憶にねえな。あれだけの美人だ。一度見たら忘れる筈がねえ」
ラッシュは俺達と違って、このフラミアという都市ではそれなりの期間活動している筈だ。
しかし、そんな彼でもあのメイドを知らないという。
「……」
「どうしたアミィ? さっきから黙って」
俺がそう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「……いえ、特に何でもありません」
「そうか。ならいいんだけど……」
アミィは軍の情報部に所属している。
あのメイドに関して、何か引っ掛かることでもあったのだろうか?
「何でもいいけどよ、とにかく帰らねえか? あのメイドがどこの誰かなんて、別に俺達が気にすることじゃねえだろ?」
「それもそうだな」
ラッシュの言葉に、俺は自然と入っていた肩の力を抜く。
そして、取り敢えずこのギルドから出ることにした。
でも、やっぱり気になる。
あのメイドの佇まい。
あれは相当な実力を持つ者の佇まいだった。




