Retrace:39 ネルファの手料理
四章の最後です。
「ノルン様、食事の支度が出来ました」
「はーい。分かったわ」
ネルファの言葉に返事をし、私は研究を一時中断した。
さあ、昼食の時間だ。
早速テーブルに着いた私は、料理を配膳するネルファの姿にジッと目をやる。
今の彼女が着ているのは、ロングスカートのメイド服だ。
ネルファは数日前から、この姿のままで私の世話をしている。
「やっぱり似合っているわね、貴方のそのメイド姿」
「あ、ありがとうございます……ノルン様」
ニヤニヤした顔で言った私に、ネルファは顔を赤くしながら言葉を返した。
あー可愛い。
気の強いネルファが恥ずかしそうな表情をしているのは、まさにギャップ萌えって感じで最高ね。
武装している時の彼女が見せるあの凛々しさ。
それがメイド服を着ただけでここまで印象が変わるのか。
そんな事を考えていると、ようやくテーブルに全ての料理が並べられたようだ。
それらを目にし、私は不思議そうに言った。
「幻覚かしら? 私にはこの皿の上に乗っているものが、まるで野菜炒めに見えるんだけど?」
「はい。これは野菜炒めで間違いありません」
ネルファは真剣な表情で頷いた。
どうやら私の目は正常のようだ。
「おかしいわね? 一昨日から朝昼晩、三食全部野菜炒めなんだけど?」
具材や味付けこそ多少の違いはあるものの、一昨日からネルファが作るものは全て野菜炒めで統一されている。
私がそんな指摘をすると、ネルファがしょんぼりとした顔で口にした。
「申し訳ありません、ノルン様。実は私、料理は野菜炒めくらいしか作れないのです……」
「えぇ……」
口から思わず変な声が出た。
ネルファの衝撃的なカミングアウトに、私は動揺を隠せなかったのだ。
「でも大丈夫です、ノルン様! 刻んで焼けば、全て料理です!」
一体何が大丈夫なのか……。
刻んで焼けば料理って、流石に大雑把過ぎる!
「貴方、前は一人暮らしをしてたんでしょ? その時はどうしてたのよ?」
ネルファは昔、冒険者をやっていた。
その時は彼女一人で暮らしていた筈だ。
すると、ネルファは深刻な表情で口にした。
「寧ろ一人暮らしだと、野菜炒め以外作れなくなる呪いにかかるのです」
「野菜炒めしか作れなくなるって、一体どんな呪いなのよ……」
私は頭を抱えるようにそう言った。
まあそんな事を言ってる私も、料理なんて一度も作ったことがないんだけどね。
「ちなみに聞くけど、明日のメニューは何?」
「えーと、明日も野菜炒めですけど……」
「……」
「大丈夫です! 使う野菜や肉の種類は変えますから!」
「どうせパプリカの色が赤から黄になったとか、ベーコンがソーセージになったとか、そんな感じなんでしょ?」
「……そうです」
本当にそうだったよ!
具材のバリエーションすら少ないわね。
「……まあいいわ。折角作ってくれたんだもの。この野菜炒めは美味しく頂いてあげるわよ」
少し唇を尖らせながらも、私は野菜炒めの皿にフォークを伸ばした。
文句は散々言ったけど、別に食べないなんて言ってない。
ネルファが丹精込めて作ってくれたものだし、残すなんてあり得ないのだ。
今回使われている具材は、ピーマンと玉ねぎに豚の挽肉。
それらは塩と胡椒で味付けされ、シンプルでありながらも元の食材の味を十分に引き出していた。
「どうですか? 美味しいですか?」
ネルファが滅茶苦茶期待した目で私を見てくる。
そんなにキラキラした視線を送られると、単純に食べ辛いわね。
「……まあ美味しいわよ」
「本当ですか! よっしゃあ!」
私の一言に、ネルファがガッツポーズをしている。
喜び方がガチね。
でも実際お世辞抜きで、彼女の作った野菜炒めは美味しい。
それは間違いない。
私は普段セレンの作った料理を口にしているから、十分に舌は肥えてると思っている。
だからこそ、ネルファの料理の腕は中々だと評価出来るだろう。
もしかしたらあのセレンにも、彼女は拮抗出来る実力かもしれないわね。
ただし、あくまで野菜炒めだけだったらの話だけど。
あれ?
ネルファが野菜炒めしか作れないってことは、もしかしてこれから一ヶ月間私は野菜炒めだけで生活しないといけないの!?
例え美味しい料理だろうと、人間には飽きが存在する。
一ヶ月間、毎食野菜炒め。
それは最早悪夢でしかない。
不意に食べる手を止めた私に、ネルファが不思議そうに尋ねてきた。
「どうしました、ノルン様? 顔が青いですよ?」
「……」
お願いします。
セレン、早く帰って来て下さい。
幕間を挟んで五章に行きます。
五章は地下迷宮攻略編になります。




