Retrace:37 出発の日
翌日、私はセレンに尋ねた。
「地下迷宮への出発はもう明日だけど、旅支度はもうしてあるの?」
昨日は忘れていたが、セレンの出発はもう明日だ。
それなのに私は、彼女にいつも通りの仕事を任せていた。
しかし、セレンはこう言った。
「旅支度なら、とっくに済ませております。ご安心下さい」
「抜かりはないってことね。流石だわ」
私の心配はどうやら杞憂だったようだ。
セレンは相変わらず隙がないわね……。
「そう言えば、地下迷宮って魔物がうようよいるらしいじゃない? どうするのか考えてあるの?」
転移の魔法陣を調査する為には、地下迷宮に潜らなければならず、魔物との遭遇は避けられないだろう。
私の質問に、セレンは答える。
「リッカから聞きましたが、地下迷宮の魔物のレベルならば、私一人でも遅れをとることは無いでしょう」
「まあ、貴方が魔物程度にやられるわけは無いと思うけど……。でも、万が一があるし……」
「姫様、どうかしたのですか? なんだかいつもと様子が違いますが?」
普段と違う私の様子に、セレンは不思議そうに尋ねてくる。
ああもう! らしくないわ、私!
明日からセレンが傍にいないってことに、急に寂しくなるなんて……。
思い返せば、彼女が私の傍にいなかったことは殆ど無かった。
セレンが何処かに行ってしまうのは、今回が初めてのことなのだ。
とにかく彼女は無事に帰って来て欲しい。
迷宮の魔物程度にやられるわけがないのは、私が一番知っている。
でも……
「心配……なのよ」
「姫様?」
「心配って言ってるの! もしかしたらセレンがこのまま帰ってこなかったらどうしようって、変なことを考えちゃうの!」
私は吐き出すように、そう言葉にした。
この心配はきっと寂しさからくるものだろう。
何せ、私のメイドはセレンだけなのだ。
「セレン、ちゃんと戻って来るって約束しなさい。貴方がいないと、私は駄目だわ……」
「はい、約束します。私は必ず戻ってきますから。たった一ヶ月程度の辛抱です。戻ってきたら、また美味しい料理を作りましょう」
「セレン……!」
私は堪らず、セレンに抱き着いた。
甘える私の頭を、彼女は優しく撫でてくれた。
温かい。
この感覚はあの時と一緒だと思った。
昔何度か、こうして叔母様が頭を撫でてくれたことがあったなぁ……。
もうとっくに叔母様は、この世にはいないけれど。
懐かしさに浸りながら、暫くの間、私はセレンに抱き着いていた。
◆
「そうだセレン、あれを持っていきなさいよ」
私がそう言うと、セレンはキョトンとした顔をする。
「あれとは、一体何のことですか?」
「あれと言えば、あれしかないわ。あれよ! あれ!」
「いや、あれだけでは分からないのですが……」
セレンが分からないようなので、私はあれが何なのかを教えてあげる。
「あれっていうのは、前にこの部屋で掃除していた時に出てきた聖剣のことよ。確か、セレンが保管してくれてたわよね?」
私の部屋から抜き身で見つけた聖剣。
あの太陽剣・ガラティーンは、セレンが自ら管理を申し出てた筈だ。
「ああ、あの聖剣のことですね。ですが、簡単に外に持ち出しても良いのですか? 一応この国の国宝ですよね?」
そう言えばあの聖剣、この国の宝だったわね。
元は城の宝物庫に収められていたから、国宝という認識は正しいのだろうけど。
「別にいいんじゃない? どうせこの城にあっても、刃先からビームが出る剣なんて使い道無いし」
料理にも使えない聖剣なんて、魔物を倒すくらいしか使い道はない。
本当に不要。
「それに聖剣さえあれば、万が一の保険くらいにはなるでしょ? 最悪路銀に変えられそうだし」
「確かにそうですね。ここにおいて置いても宝の持ち腐れですし、最低限の活用はすべきですね」
「そういうことよ。だから一応聖剣は持っていくこと。旅なんて、何があるのか分からないでしょ?」
旅が一筋縄でいかないことは分かっている。
道中はリッカがついているといっても、現地に着けばセレンは一人で行動しなければいけない。
どうやらリッカには別の仕事があるそうなので、今回は外の世界に慣れている彼女を頼れないのだ。
「では、聖剣を持っていくことにします」
「そのまま売り払っても問題ないわよー」
「それは地下迷宮についてから考えることにします」
「あら、そう?」
そのへんはセレンに任せるとしよう。
そもそも武器とかに興味ないし。
私には魔術さえあれば十分なのだ。
◆
遂にリッカとセレンの出発の日が来てしまった。
一日過ぎるのって、本当に一瞬だわ。
もっとセレンやリッカとお喋りしていたかったのに……。
「二人とも、無理だけはしないでね。安全第一よ」
私は部屋の扉の前に立つ、リッカとセレンにそう言った。
リッカは相変わらずの軽装で、セレンの方もメイド服のままである。
地下迷宮に行くってのに、メイド服ってどうなのよ。
そう思ったが、どうやら彼女はメイド服以外の服を持っていないらしい。
プロ意識高いすぎる!
ちなみにその手に下げたトランクの中も、着替えのメイド服と必要最低限の生活用具。
軽い小旅行に向かう準備のようで心配だが、荷物は軽い方がいいらしい。
何せリッカがワイバーンに変身して、空を飛んでいくのだものね。
まあ、なるべく多くの路銀を渡していたおいたので、必要な物があったら向こうで買えるだろう。
ちなみにリッカにも、同じ額のお金を渡しておいた。
本人は要らないって言っていたが、私からの気持ちだ。
給料は別であげてるけど、たまにはいいでしょ?
それに、引きこもりの私がお金を持ってても使い道無いし……。
「それでは姫様、行って参ります。私がいないからと言って、不摂生な生活はしないで下さい」
「はーい」
私はそう返事を返す。
セレンは続けて、私の隣に立つネルファに言った。
「ネルファ、私が留守の間姫様を頼みます」
「うむ、任された」
ネルファはそう頷いた。
セレンが話し終わると、次はリッカが口を開く。
「姫さん、数日の間でしたけど、久しぶりに楽しかったっす!」
「私もよ、リッカ」
「ネルファ姉も相変わらずで安心したっす」
「うむ」
「またいつ時間がとれるか分からないっすけど、姫さんの研究の成功を遠くから応援しているっす!」
「ありがとう。リッカも頑張ってね」
「はいっす!」
トワリアル地下迷宮で何の仕事があるのか知らないけど、頑張って欲しい。
ただ無理だけはしないで欲しいな。
昔から、彼女は私の為に無理なことをしがちだし。
「それじゃあ、リッカ、セレン、元気でね!」
「はい」
「はいっす!」
別れの挨拶をして、私はこの部屋を後にする彼らに手を振る。
それにセレンは会釈で返し、リッカは快活に手を振り返してくれた。
寂しくなるけど、私も研究頑張るから!
だから無事で帰って来てね!




