Retrace:32 リッカからの手紙
四章です。
※ノルン視点
『姫さんへ』
そんな感じで届いたのは、リッカからの定期報告の手紙だった。
私の部下の中で、彼女だけは特別な立ち位置だ。
リッカはその『固有魔術』を生かし、国外での諜報を担当して貰っている。
我ながら大変な仕事を任せているとは思っているけど、彼女は頑張って仕事をこなしてくれていた。
そんなリッカは月に一度、各国の情勢などを手紙で報告してくれるのだ。
私は研究の休憩時間に、送られてきた手紙に目を通すことにした。
「えーと、なになに~?」
クッション代わりのラムに腰を掛け、セレンの用意した紅茶を嗜む。
そして、リッカの報告を読んでいった。
私が彼女に頼んでいる仕事には、各国の情勢を知ること以外にも存在する。
それは過去の歴史で何度か成功したという、勇者召喚についての情報だ。
それについてはどんな些細な噂だろうと、リッカが詳細に教えてくれることになってる。
ただし今のところは、これといった情報は得られていない。
やはり勇者召喚という魔術は、国家の中でも最重要機密に指定されている筈だ。
そんな情報はリッカだろうと易々と得られるものではないのだろう。
「んん?」
しかし手紙を読んでいた私は、思わずその内容に声を上げた。
危ない。危ない。
ビックリして紅茶をこぼしかけた。
私は落ち着いて、手紙に書いてあった内容を読み直す。
『姫さんが研究中の空間魔術に関して、ヒントになりそうな情報を手に入れました』
「マジか」
私は素直にビックリした。
リッカには一応、「空間魔術に関する情報があれば教えて!」と頼んでいたけど、ちゃんと覚えてくれていたのね。
他の仕事も大変なのに、本当にリッカは優秀な部下である。
そんな彼女の手紙には、こう続きが書かれていた。
『トワリアル地下迷宮。そこには人を地上の入り口へ転移させる魔法陣が存在するらしいっす。もしかしたら空間魔術の研究に役立つかもと思って、手紙で知らせた次第っす』
ほうほう。
トワリアル地下迷宮ね……。
知らん。全く知らん。
何せ私は世間知らず。
地理なんて、近隣国の名前程度しか分からないのだ。
「ねえ、セレン! ネルファ! 誰でもいいから来てちょうだい!」
私が呼ぶと、慌てて部屋の外からネルファがやって来た。
「ど、どうしました、ノルン様!? もしや緊急事態でも!?」
血走った目で部屋を確認するネルファを、私は取り敢えず落ち着かせる。
「別に敵とかはいないから、落ち着いて話を聞いて頂戴」
私がそう口にしたところで、セレンもやって来た。
「姫様、何か御用ですか?」
「ええ二人とも、ちょっと知りたいことがあるの」
私は二人に、リッカが送ってきた手紙の内容を伝えた。
トワリアル地下迷宮。
そこには人を転移させる魔法陣が存在すると。
「トワリアル地下迷宮ですか……」
「セレンは知ってるの?」
「いえ、どこかで名前を目にした程度です」
「そう。じゃあネルファは何か知ってる?」
「はい。一応有名ですので、噂程度の知識ならば」
どうやらネルファは知ってるようだ。
彼女は私と出会う前、一時期冒険者として生計を経てていたらしいので、迷宮のことを知っていてもおかしくはないだろう。
わざわざ調べる必要が無くなったのはいいことだ。
ぶっちゃけ私もセレンも他国に感心がないから、こういう時非常に困るのよね。
「ネルファ、貴方の知ってる範囲で地下迷宮のことを教えて」
「御意」
ネルファはトワリアル地下迷宮についての知識を語った。
まずこの迷宮がある場所は、私の国から北東に位置するトキリス公国だという。
ネルファの話を聞く限り、ここからは結構遠い国だそうだ。
そして地下迷宮が一体どういうものかと言えば、地下に広がる謎の古代遺跡らしい。
かなりの大きさであり、縦に長い階層のような内部構造なのだそうだ。
それに迷宮内部には多数の魔物が生息しているそうで、遺跡を下に潜っていく程魔物は強くなっていくらしい。
更に、迷宮には財宝や内壁から珍しい鉱物が採取出来るようで、それらを求めて多くの冒険者が集まっているそうだ。
「ネルファの話を聞いてて思ったんだけど、ようはダンジョンよね」
「はい、ノルン様の言う通りです。古い遺跡内部に魔物が住み着き、ダンジョンになることは珍しいことではないですし」
「でもトキリス公国かぁ……。ここから結構遠いんでしょ?」
「はい。この国からでは片道だけでも馬車で最低一月半は掛かります。帰りのことも考えるとかなり遠いです」
「行き帰りで三ヶ月も掛かるなんて、流石に遠過ぎるわ……」
ネルファの発言に、私はうんざりするように言った。
流石に三ヶ月は無理だ。
すると、横からセレンが口にする。
「もしかして、姫様自ら赴く考えだったのですか?」
「何言ってるのよセレン。私が外に出るなんてあり得ないわ」
私は引きこもりよ?
日光を直接浴びただけで浄化される、闇の血族なのよ?
「まあ、そんな事だろうとは思ってましたが……。ですが、それなら誰がトワリアル地下迷宮に?」
「うーん、私が行くのは論外として……。転移させる魔法陣を確認する役目なんて、素人には任せられない仕事だわ。でも、かなり遠いってのはネックよね……」
行きたいけれど、リスクがある。
でも空間魔術の研究において、転移させる魔法陣なんて代物は是非ともお目にかかりたい。
「リッカをこの迷宮に向かわせるなんて、流石にできないわよね?」
私がそう口にすると、セレンが言った。
「あの子はたった一人で周辺諸国を見張っているわけですから、今以上に仕事を与えるのは控えるべきかと。それにリッカは決して弱くはありませんが、地下迷宮に安心して向かわせられる程ではありません」
「そうよねぇ……」
リッカは弱くは無いが、諜報向きの能力だ。
魔物が巣食う迷宮に向かわせるのは、流石に可哀想である。
「リッカが駄目とするなら、貴方達二人はどうなのかしら?」
私はセレンとネルファに視線をやる。
「私は警護の仕事がありますから、長い時間ノルン様のお側を離れることは出来ません」
「ネルファは無理よね……。いざとなったら私の部屋を守って貰わないといけないし」
彼女は私の持つ最高戦力だ。
不用意に動かせば、私と私の研究室は丸裸だ。
「ならセレンはどう?」
「私ですか? そうですね……姫様は、私が三ヶ月以上いない状態を想像出来ますか?」
「全く想像出来ないわ……」
セレンは私の世話をするメイド。
私の堕落寸前の研究生活は、彼女のサポートによって成り立っている。
セレンは言った。
「ですので、私が向かうというのも現実的ではありません。まあ、ネルファを向かわせる程のリスクではありませんが……」
リッカにはこれ以上の仕事は与えられないし、ネルファは護衛の役目から動かせない。
動かせる立ち位置なのはセレンだけだが、彼女が長い期間いなくなるのは超困る。
「うーん。現状どうするのが最善なのか、正直分からないわね」
転移の魔法陣は諦め切れない。
けれど、現状は動きようがなかった。
仕方ないけど、今は我慢するしかないのだろうか。
「一応、リッカにも相談してみましょう。何かいい案があるかもしれないわ」
私は悩ましい思いを抱えながら、研究を再開したのだった。




