Retrace:30 従魔の契約
『バカな! 聖剣を作り出す能力に、剣自体が耐えられぬ程の剣技だと!?』
アダマントガーゴイルは半狂乱で叫ぶ。
ネルファの嘘のような実力を前にすれば、誰だって同じような反応を見せることだろう。
ネルファの『聖剣化』は、触れた物を聖剣に変えるという力を持っている。
しかしその聖剣ですら、彼女が一振りするだけで砕けてしまうのだ。
彼女の剣技に耐えられる剣は、おそらくこの世に存在しないだろう。
『あり得ぬ! あり得ぬぞ! そんな力を持つ貴様は一体何だと言うのだ!』
「私の名はネルファ。ノルン様を御守りする、それだけの騎士だ」
誇らしげに名乗り、ネルファはチラリと背後の私に視線を向けてきた。
そして、キザったらしくウインクしてくる。
ちょっと露骨に格好付け始めたけど、折角だし黄色い声援の一つでも送ってあげようかしら?
『何故だ! 何故そこまでの力を持ちながら、貴様は他の人間に従っているのだ!!』
声を荒立て、ガーゴイルはそう口にする。
その言葉に、ネルファは言った。
「魔物のお前には理解出来ないのだろうな。忠義という言葉の意味を――」
少しだけ懐かしむように、ネルファは手にした剣に視線を落とす。
そして彼女は誇らかに、私への忠誠を言葉にした。
「かつての私は、どうしようもないくらいに壊れていた。けれど、ノルン様はそんな私の人生を全て貰ってくれたのだ。それだけで私が忠義を尽くすのには十分過ぎる」
彼女の声音には、感謝の気持ちが籠っていた。
そして、ネルファは手にした聖剣の切っ先をガーゴイルに向けた。
「さあ戦いを続けるぞ、ガーゴイル。次は私が攻撃する番だ」
『……っ!』
ネルファの好戦的な瞳に、ガーゴイルはその場で仰け反る。
「ん? どうした?」
そんなガーゴイルの反応に、ネルファは不思議そうな顔をした。
もう耐えきれない。
そんな様子で、ガーゴイルは突然平伏した。
『こ、降伏します! もう無理です! たとえ我が複数体いようと貴方様には勝てませんっ!』
なんと土下座だった。
あの伝説の魔物が、誠心誠意を持って頭を地面に擦り付けている。
「ど、どうしたのだ!?」
ネルファが困惑している。
ガーゴイルの変わり身の早さに、私達は完全に置いてきぼりにされていた。
それにしても土下座って……。
巨体かつ悪魔のような姿でそれをやられると、シュール過ぎて苦笑いが漏れる。
『これまでの不遜な物言いは全て謝罪します! もう絶対に逆らいません。ですから、どうか命だけはお助け下さい!』
それはアダマントガーゴイルによる、全力の命乞いだった。
プライドの欠片もない必死な姿は、流石に可哀想だと思えてしまう。
「どうしますか、ノルン様……?」
戦う気すら失せた様子で、ネルファは私に尋ねてきた。
「仕方ないわね……」
私は庭に張った障壁を解除し、ネルファの隣まで歩いていった。
そして、ガーゴイルの前に立つ。
「私が欲しいのは、貴方の鉤爪だけよ。大人しく渡してくれないかしら?」
『は、はいっ! 勿論、我の鉤爪は全てお渡しします! ですから、命だけは……!』
滅茶苦茶ビビってるわね、このガーゴイル。
それと勘違いしている。
私達は抵抗しないのなら、命まで取るつもりはないんだけど。
「いや、別に命は要らないわ。貴方から鉤爪を貰ったら、ちゃんと元の場所に帰してあげるわよ?」
『ほ、本当ですか!?』
私がそう言うと、ガーゴイルは嬉しそうな声を上げた。
案外感情豊かな石像ね。
『……ですが、我をわざわざ元の場所に戻して貰う必要はありません』
急にそんな事をいい始めたガーゴイルに、私は尋ねる。
「それはどういう意味なの?」
『我は騎士様の強さに感服いたしました。前に暮らしていた場所にも特に未練はありません。ですから、どうか我をこのまま騎士様の従魔にして下さい。必ずやお役に立ってみせます』
そんな事を口にしたガーゴイルに、ネルファが強い口調で言った。
「それを決めるのは私ではない。そもそもお前を召喚したのは、このノルン様だ」
その言葉を受けて、私はネルファの隣でえっへんと胸を張った。
両手を腰に当て、ガーゴイルの前で偉そうなポーズをしてみる。
『騎士様の主ともあろう御方に向かって、大変無礼を致しました!』
ガーゴイルは慌てて私に謝罪した。
最早これがあの図鑑に載ってた魔物と同一だとは思えないわね。
「それで、貴方は本当に従魔になりたいの?」
『は、はい! 偉大なる御方に仕えられるのならば、我にとってこの上のない喜びで御座います』
偉大なる御方って、私はそんなに大層な人間じゃないんだけど……。
でも、従魔かぁ。
「どうするおつもりですか、姫様?」
横からそう聞いてきたセレンに、私は本音で答えた。
「私にはもう、ラムという最高の従魔がいるのよね。別にこれ以上従魔は要らないわ」
正直、従魔はこれ以上は必要ない。
私にはラムさえいればいいのである。
「そもそも何で貴方は従魔になりたいの?」
私がそう尋ねると、ガーゴイルは平伏しながら口にする。
『我は何百年もの間、自分を強者だと信じてきました。ですが騎士様の強さを前にして、その考えは間違っていたと思い知らされたのです』
成る程。
Sランク指定の魔物であるから、このガーゴイルを倒せる相手なんて中々いない。
だから自分が誰かにやられるなんてことを、今まで想像してこなかったわけだ。
『我は今の自分を幸運だと思います。命を見逃してくれると仰る、慈悲深い御方に召喚されて……。ですがもし次に我が何者かに召喚された際、今度も命を見逃して貰えるなどとは到底思えないのです』
「つまり貴方は自分が安全でいられるように、私の庇護が欲しいわけね」
私は納得する。
どうして自分から従魔になりたいと言ってきたのか、この話を聞くまでは私にはそれが分からなかったのだ。
このガーゴイルは自分の安全が欲しいのだ。
とにかく自らの命の保証が第一なのである。
「貴方がもし従魔になったとして、私に殺されるとは思わないの?」
そんな質問をしてみると、ガーゴイルは素直に答えた。
『一度は歯向かった私の命を見逃して下さる御方が、簡単に従魔の命を奪うとは思えませんから』
結構考えているのね、このガーゴイル。
ちょっとだけ私の中での評価が上がった。
けれど、
「残念だけど、私にはもう心に決めた従魔がいるの。だから貴方とは従魔の契約をするつもりはないわ」
顔を上げたガーゴイルの表情が、一転して捨てられた子猫のようになる。
それでも私は言葉を続けた。
「でも、従魔じゃなくてもいいと言うなら、貴方を置いてあげてもいいわ」
『ほ、本当ですか!?』
私は頷き、口にした。
「貴方の立場はペットよ。それでもいいかしら?」
口角を上げた私の言葉に、ガーゴイルは最後の望みに掛けるように告げた。
『はいっ! 我を貴方様のペットにして下さい!』
その言葉に、私は慈悲深い笑みを浮かべる。
ペットになるのなら、最初に上下関係をみっちり教えないと。
誰がご主人様で、貴方の支配者なのかをね。
「なら――誓いなさい」
私が告げた言葉の前で、ガーゴイルは終始子犬のように震えていた。
久し振りに力を使ったから、ちょっとビックリさせちゃったかしら?




