Retrace:29 ネルファの能力
「――『聖剣化』」
ネルファはそう呟いた。
そんな彼女の手に握られている剣は、紛れもない聖剣と呼ばれるものである。
磨き上げられた白銀の剣身に、眩い黄金の光が迸る。
その輝きを前にして、アダマントガーゴイルは戦慄した。
『聖剣だと!? まさか貴様、勇者だとでも言うのか!?』
世界に七本だけあると言われる聖剣。
その全てはかつての勇者達が所持していたらしい。
しかし、ネルファは毅然とした態度で言った。
「私が勇者? そんなわけがないだろう。私は一介の騎士に過ぎん。ただし、ノルン様の騎士だがなっ!」
ネルファかっけー!
凛々しい表情がとても絵になる。
普段もずっとこんな感じでいてほしい。
アダマントガーゴイルは錯乱したように叫んだ。
『う、嘘をつくな! ただの騎士ごときが聖剣など持てる筈もない! あれは選ばれし者にしか使えぬ伝説の武具であるぞ!』
「え? そうなの?」
ガーゴイルの言葉に私は驚いた。
聖剣って選ばれた者にしか使えないなんて、初耳なんですけど……。
というかずっと前に太陽剣・ガラティーンを振ってみたら、普通に刃先からビームとか出ちゃったんだけど、あれは一体何だったの?
「ガーゴイル、お前の話はよく分からん」
ネルファはそう告げて、聖剣を肩に担いだ。
そんな彼女を強敵だと感じたのか、ガーゴイルは己を鼓舞する。
『ええい! たとえ聖剣使いだろうと、我を打倒することは不可能だと知れぇ!!』
「来い、ガーゴイル。力の差を教えてやる」
ガーゴイルとネルファ。
二人の戦いが始まる。
私とセレンは結界の外から、その戦いを見守ることにした。
頑張れ、ネルファ!
『ゴァァァァァ――!!』
咆哮を上げ、先に動いたのはガーゴイルの方だった。
その巨体に備わった凶悪な鉤爪が、ネルファに向かって振り下ろされる。
しかし、彼女はその攻撃を回避することなく、手にした剣の腹で受け止めた。
「この程度か?」
ネルファの瞳が鋭い光を帯びる。
自分の何倍も大きなガーゴイルの攻撃を受けても、彼女はその場から一歩も動いていない。
それがネルファの実力を物語っていた。
『舐めるな、人間風情がァァ!!』
余裕な態度を崩さぬネルファに、ガーゴイルが恐怖を覚えたかのように叫ぶ。
そして、鞭のように悪魔のような双腕を振るった。
その巨体に似合わぬ速度で、次々と繰り出される連撃の嵐。
アダマントで出来た鉤爪は、容易く人体を切り裂くだろう。
ただし、それは彼女に当たればの話である。
ネルファはそれらをひらりとかわし、時には剣を盾にして対処した。
あまりに冷静で無駄のない立ち回りは、彼女の経験の高さを窺わせる。
私の隣でセレンが言った。
「流石に余裕ですね。自分から仕掛けないのは、ガーゴイルの動きを観察しているからでしょうか?」
「そうね。アダマントガーゴイルも確かに強い筈なんだけど、ネルファの方が何枚も上手だわ」
私は彼女の言葉に頷き、そう口にした。
そして、再び視線をネルファとガーゴイルの戦闘へと向ける。
『クソが! 貴様、我を愚弄しおってぇ!!』
あえて防御に徹するネルファに、ガーゴイルは痺れを切らした。
鉤爪での攻撃を諦め、石像の魔物は大きく後ろに後退する。
そして、大きく息を吸い込んだ。
あれは!
私は図鑑を開き、そこに記された文字に目をやる。
「ネルファ、あれは石化のブレスよ!」
私の警告と同時に、ガーゴイルは大口を開けた。
鋭い牙が並んだその口腔から吐き出されたのは、致死の力を持った黒煙である。
煙に巻かれ、庭の下生えが石化していく。
そして、ネルファにもその悪魔の吐息が襲いかかった。
「フッ、下らぬな」
石化のブレスを前にして、ネルファはそれを一笑に付す。
そして、手にした聖剣を真っ直ぐ縦に振り下ろした。
空気を押し退け、凄絶な斬撃が放たれる。
まるで空間を切断するかのように、ネルファは迫る黒煙を断割してみせた。
石化のブレスは一切彼女に当たることはない。
ちなみに私とセレンも結界の外にいた為、全くの無傷である。
ブレスをあっさりと対処したネルファだったが、彼女の手にした聖剣に異変が起こった。
パキリと音を立て、その刀身に深い亀裂が入ったのだ。
そして次の瞬間、彼女の聖剣は根本から粉々に砕け散ってしまった。
『ふははっ! 驚かせおって! どうやら我のブレスには、流石の聖剣も耐え切れなかったようだな!』
「……」
その言葉に、ネルファは無反応だった。
しかし、饒舌にガーゴイルは言葉を続ける。
『貴様の聖剣は呆気なく砕けたぞ! さあ、ここからどうするのだ?』
「どうするも何も、砕けたならもう一度作ればいい」
『へ?』
頓狂な声を上げたガーゴイルを他所に、ネルファの手には再び剣が作り出される。
錬成されたのは、無骨な鋼の剣だ。
しかし、それは彼女の手元ですぐさま聖剣の姿に変わっていった。
『ふ、二振り目の聖剣だと!? 貴様、一体幾つ聖剣を持っている!?』
「幾つでも」
焦るガーゴイルに対し、ネルファはそう答えた。
その言葉に偽りは無い。
彼女にとって聖剣とは、使い捨てられる程度の価値なのだ。
「触れた物全てを聖剣に変えることが出来る。それが私の『固有魔術』・『聖剣化』の能力だ」
銅の剣だろうと。
錆び付いた剣だろうと。
地面に落ちている木の枝だろうと――。
触れた物全てを聖剣に変えられる。
それがネルファの持つ『聖剣化』の力。
破格とも言える『固有魔術』だった。
『ええい! どれだけ聖剣を作り出そうと無駄だ! 先程のように片っ端から全て砕いてやる!』
ヤケクソに叫んだガーゴイル。
そんな石像の悪魔に、ネルファは冷静に告げた。
「誤解しているようだが、聖剣が砕けたのは何もお前の攻撃のせいではないぞ?」
『ど、どういうことだ……!?』
困惑した声を上げたガーゴイルに、ネルファは答えた。
「剣の道を極めた私の剣技にはな、どうしようもない欠点がある。それはどれだけ手加減していても、たった一振りで剣が耐えられず砕けてしまうというものだ」
自分の手元に視線を落とし、彼女は言葉を紡いだ。
その言葉は真実である。
石化のブレスを斬り払ったあの一振りで、既に聖剣は砕ける運命にあったのだ。
ネルファは圧倒的な実力差を示すように、ガーゴイルに向けて口にした。
「私の振るう剣筋に耐えられる剣は、この世に存在しないのだ。それは聖剣すらも例外では無い」




