Retrace:28 伝説の魔物
「これがアダマントガーゴイル……想像以上にデカイわね」
目の前に現れた巨体に、私は感嘆の声を上げた。
とにかく大きい。
牙の生えたあの口とか、私を頭から丸飲み出来そうなくらいだ。
実際に見て思ったのは、図鑑の絵よりも断然強そうだという感想だ。
やはりリアルだと迫力が違う。
これがアダマントガーゴイル。
Sランク指定の伝説的魔物。
深い緑色の光沢を持つ金属、アダマントで出来た身体を持ち、その姿は凶悪な悪魔そのものだ。
頭からは闘牛のような二本の角が生え、嘴のような口には鋭い牙が幾つも生えている。
背中には蝙蝠のような翼を持ち、獅子のような手足には剣のような鉤爪があった。
私が無防備な姿で召喚したガーゴイルを見上げていると、そこに鋭い鉤爪が降ってきた。
しかし、その爪が私を引き裂くなんてことは無い。
「大丈夫ですか、ノルン様?」
そう口にしたのは、私を抱き抱えたネルファだった。
彼女はあの一瞬で私を抱え、ガーゴイルから距離を取ったのだ。
ちなみに今の私は、いわゆるお姫様抱っこの状態である。
そして、そんな私を抱えるネルファは、まさしく物語の中の王子様のようだった。
ネルファ、超格好いいわ!
凛々しい表情で「大丈夫か?」なんて囁かれたら、女の私でもクラっときちゃう。
しかし、そんな私のときめきを邪魔するように、目の前のガーゴイルはその口を開いた。
『まさか我を人間ごときが召喚するとは……。だがこの我の眠りを妨げたことが、一体どういうことなのか貴様らは分かっているのだろうな?』
しゃ、喋った……。
石像の悪魔が古めかしい口調で喋ってる。
『数百年ぶりに目覚めたが、結局人間どもはどの時代も変わらぬということか……。実に愚かで矮小な生き物だ。我の手にかかれば、貴様らの命など塵に等しいと何故理解出来ぬのか……』
随分と上から目線で、ガーゴイルはそんなことを言ってくる。
伝説の魔物というだけあって、どうやら結構なお歳のようだ。
『おい、そこの人間どもよ。我を召喚出来たことは褒めてやろう。だが我は魔術の契約などで縛られることはない。たとえ召喚出来ようと、我を従魔に出来るとは思わぬことだ』
いや別に、最初から従魔にするつもりはないんだけど。
そんな私の内心とは裏腹に、ガーゴイルは叫びを上げた。
『我を召喚したことを不幸に思うがいい! 思い上がった人間どもよ! 我の眠りを邪魔したことを、その命をもって償え!』
アダマントガーゴイルから放たれる殺気は、一般人なら即座に意識を失ってもおかしくはないレベルである。
「それではノルン様、後ろで下がっていて下さい」
私を腕から地面に降ろし、ネルファはそう告げた。
そして、彼女はガーゴイルに対峙するように歩いていく。
赤髪のポニーテールを揺らしながら、彼女の背中が遠ざかる。
「頑張って、ネルファ……」
両手を胸の前で組み、私は祈るように呟いた。
まるで私が憧れの人の勇姿を見届けるヒロインになったみたい。
「姫様、危険ですからもう少し離れて下さい」
「分かったわ」
庇うように前に立ったセレンに、私はそう言葉を返す。
そして、私達はガーゴイルと対峙したネルファにその視線を向けた。
『ほう、一人か……。随分と舐められたものだな。たとえ三人がかりだろうと、我の力の前では無力だというのに……』
落胆した様子のガーゴイルに、ネルファは言った。
「分かっていないようだな。お前程度の魔物にノルン様が直接手を下すわけがないだろう? 私一人で十分だと、ノルン様はそう判断されたのだ」
『口だけは回るな、人間! その度胸は認めてやるが、我に八つ裂きにされる運命は変わらぬ!』
怒ったガーゴイルとは対照的に、ネルファは冷静に口にした。
「戦う前に情けをやろう。ノルン様が欲しているのは、お前の鉤爪だけだ。その部位を置いていくなら、命だけは助けてやろう」
『情けだと!? どこまでも思い上がったな、人間風情がぁ!』
怒りのボルテージをマックスにし、ガーゴイルは雄叫びを上げる。
空気が震え、地面が揺れた。
パチンと私は指を鳴らした。
そしてネルファに告げる。
「庭の周囲に障壁を展開したわ。ネルファ、存分に暴れなさい」
「御意」
ネルファはそう短く答える。
私とセレンを除いて、この庭に魔術的な結界を張っておいた。
物理的な攻撃を遮断する障壁なので、城の建物などへの被害は免れるだろう。
そして何より、ネルファが存分に暴れられる。
「錬成」
戦闘体制に入ったネルファは、短く呪文を呟いた。
発動した魔術によって、彼女の手には一振りの剣が作り出される。
それによって生成されたのは、何の装飾もない無骨な剣だった。
錬金術。
それは他の物を別の物に変換する魔術である。
その応用によって、彼女は鋼を剣の形で生成したのだ。
「冥土の土産だ、ガーゴイル。特別に私の『固有魔術』を教えてやろう」
ネルファの言葉と共に、手にしていた無骨な剣が黄金の光を帯びた。
瞬く間にその剣は、見惚れるような美しい刀身へと変化する。
それは聖剣だった。
世界に七つしか存在しない伝説の剣。
しかし、彼女の手には紛れもないその一振りが握られていた。
「――『聖剣化』」




