Retrace:27 アダマントガーゴイル
私は今、眩しい太陽の下にいた。
ここは城にある大きな庭の真ん中である。
「太陽……ウザいわね」
照り付ける日差しに、苛立ちが募る。
引きこもりに太陽光は厳禁だって、何度言えば分かるのかしら?
「なに不健康なことを言ってるんですか、姫様。少しの辛抱ですから、日傘で我慢して下さい」
「はーい。分かったわよ」
隣に立ったセレンの言葉に、私はそう口にした。
そして、手にした日傘をクルクル回す。
そんな私の前に、遠くからネルファが駆けてきた。
「ノルン様、城いる者達にはこの庭に近寄らないように指示してきました!」
「ご苦労様、ネルファ。こっちも準備は終わってるから、とっとと始めるわよ」
「分かりました! ですが、本当にあのアダマントガーゴイルを召喚するつもりなんですか?」
「そうよ」
即答した私に、ネルファは不安げな顔をした。
「本当にこんな場所に召喚しても大丈夫なんですか?」
「危険だって言いたいの?」
「はい。何せアダマントガーゴイルはSランクに指定される伝説の魔物です。ここでは姫様のお部屋も近いですし、城にも被害が及ぶ可能性もあります」
珍しい。
ネルファがまともなことを言ってるわ。
確かに城の庭に伝説の魔物を呼び出すなんて正気じゃない。
けど、私はこれ以上遠くまで足を運ぶつもりはないのである。
「ネルファ、これは仕方ないことなの。だから被害を出さない為には、貴方が頑張るしかないのよ」
ポンと私はネルファの肩を叩く。
そして彼女に顔を近付け、耳元で囁いた。
「貴方は私の騎士でしょう? これはその実力を証明するいい機会だと思いなさい」
「ノルン様……」
私の顔を見詰めたネルファ。
彼女の表情は決意に満ちていた。
「それじゃあ、手筈通りに進めるわ。セレン、ネルファ、私から離れてなさい」
そう口にして、私は一冊の本を開いた。
それは多くの魔物が記された図鑑である。
その中から、私はアダマントガーゴイルのページを見付け出す。
Sランク指定の伝説の魔物ね……。
絵で書かれている姿は、いかにも凶暴そうって感じである。
ガーゴイルっていうのは、悪魔の姿を象った石像の魔物だ。
私が今から召喚しようとしているアダマントガーゴイルも似たようなものである。
ただ普通のガーゴイルと違うのは、全身が石ではなくアダマントという特殊な金属で出来ている点だろう。
全身をそんな金属で出来ている以上、生半可な攻撃では傷一つ付けられない耐久力を持っている筈だ。
そんな化け物をこんなところに呼んでしまっても大丈夫なのか?
ネルファの危惧はもっともだ。
けど、私は自信を持って言おう。
全然大丈夫――と。
「今から召喚を始めるわ。召喚出来たら私は下がるから、その後はネルファ、貴方の出番よ」
「任せて下さい。必ずやアダマントガーゴイルを打ち倒し、素材を回収してみせます」
ネルファが頷いたのを確認し、私は視線を前方に向けた。
本当は部屋から出たくなかったけど、流石に伝説の魔物となれば屋外で召喚しなければならない。
ラムくらい小さければ問題ないけど、私の部屋を滅茶苦茶にされるのだけは御免である。
一応、召喚後の手筈はこうなっている。
安全の為に私はセレンに守られながら後ろに下がる。
そして、アダマントガーゴイルはネルファが単独で相手にする。
ネルファ一人で大丈夫か? という心配は無用だ。
彼女の強さは私がよく知っている。
そして、ガーゴイルから素材を回収する。
必要なのは鉤爪の部分だけなので、目的を達成したらそこで終わりだ。
召喚魔術を切り、ガーゴイルには速攻でお帰りいただくことにしよう。
改めて確認すると、なんて酷い作戦だろう。
いきなり呼び出されて、鉤爪を奪われて、また元の場所に帰される。
アダマントガーゴイルさん可哀想。
まあいいや。
さっさと召喚して、早く太陽の下からおさらばしよう。
私は意識を集中させた。
「我がノルンの名において、運命の狭間より世界に詠う」
私の足元から光が伸びる。
庭に描いておいた魔法陣に繋がり、幻想的な世界を作り上げる。
そんな魔法陣の放つ蒼白の光の前で、私は呪文を詠唱していく。
「右手に花を。左手に星を。七つの航路を行くは、理を滅ぼす偽りの天使」
召喚魔術は十分研究した魔術である。
私は手を取るように、その術式の意味を理解していく。
「告げよ。告げよ。終わりを告げよ。忘却と欺瞞をせせら嗤い、汝の希望を棄却する」
特定の魔物を召喚する為に必要なのは、明確なイメージだ。
召喚魔術の中に組み込まれた検索魔術。
それが想像した魔物を見付け出してくるのである。
図鑑を見ながら召喚してるのも、私が見たことの無い魔物を検索する為だ。
イメージは明確な方が断然いい。
「次元に揺蕩う、運命の紅き糸車。解れ、揺めき、今こそ我が腕に収束せよ――」
精緻な文字を刻む魔法陣。
そこに記された式の一つ一つが歯車のように組み合わさって、大きな術式を構築した。
私は魔術の成功を確信した。
問題は何一つない。
後は私の意思一つで、伝説の魔物を呼び出せる。
そんな私の背後で、何やら話し声が聞こえた。
召喚魔術が発動間近だというのに、ネルファとセレンが二人でひそひそ話をしている。
「なあセレン、あの呪文は必要なのか?」
「静かに。姫様に聞こえますよ」
「す、すまん。……それで、あの呪文はなんなのだ?」
「呪文ですか? あれは姫様が気持ち良くなるためにやってるだけです。特に深い意味はありません」
「そ、そうなのか……?」
「はい。そもそも姫様ほどの腕を持つ魔術師には、本来呪文など不要ですから。可哀想なので、今はそっとしておいてあげましょう」
「そうだな……。うむ、そうしよう」
ちょっと二人とも、聞こえてるわよ?
まあ本当にこの呪文には何の意味も無いんだけど……。
「ああもう! さっさと来なさい、アダマントガーゴイル――!」
私はヤケクソで叫び、魔法陣が一層輝きを増していった。
そして、質量感のある低音が響き渡る。
青の燐光を吹き飛ばし、私の眼前に現れた巨体。
深緑の光沢を全身に持つ悪魔の巨像が、私に向かって咆哮を上げた。




