Retrace:24 黒歴史
エリクサー。
それがこの大きな瓶に入っている霊薬の名前だ。
これはどんな病や傷も癒す、伝説の回復薬である。
ネルファ曰く、その価値は金貨数千枚にも及ぶらしい。
私はまじまじと大きな瓶を観察してみた。
中の液体は澄んだ赤紫色。
瓶の外見は確かに高そうに見える。
「このエリクサーに凄い価値があるって言っても、それは本物だったらの話でしょ? これがその本物だとは限らないわ」
私がそう言うと、セレンが反論した。
「ですが、太陽剣・ガラティーンが落ちてたくらいですから、この部屋にエリクサーが落ちていても不思議ではありません」
まあセレンの言うことにも一理ある。
なんでこの瓶が私の部屋にあるのかは分からないが、聖剣と一緒に宝物庫から持ってきてしまった可能性も無くはない。
「なら、封を開けて中身を確認してみましょうか? それでこのエリクサーが本物かどうかがハッキリする筈よ」
実際ただのワインだったらガッカリだろうし。
そう思っていると、セレンが言った。
「一度封を開けてしまうと、価値が下がるおそれがありますが大丈夫ですか?」
「うっ……」
私は思わず呻いた。
別にお金とかには興味ないけど、価値が下がるというのは戴けない。
私は少し逡巡するも、口にした。
「……やっぱり勿体無いし、開けるのはやめておきましょうか」
まだ新品の物の封を切るって、実はかなり抵抗があったのよね。
一度開けてしまったら、それは未開封では無くなっちゃうもの。
せっかくのプレミア感が消えちゃうわ。
「それじゃあ、このエリクサーらしき液体の入った瓶を一体どうするべきかを考えましょう」
これの処遇をどうするべきか。
伝説の霊薬と言っても、本物かどうか疑わしいし。
でも、もし本物ならかなりの価値があるらしいけど……。
「個人的にはあんまり必要性を感じないわね……。確かに一般人からすれば凄い薬なのかもしれないけど、引きこもりの私には不要な物に思えるわ」
病気にはならないし、怪我だってしない。
あえて言うなら、足の小指を何かにぶつけてしまった時に必要かしら?
「私も姫様と同じ意見です。たとえ怪我をしたとしても、わざわざ薬を使う必要は感じません。回復魔術で事足りますし」
「セレンの言う通りだわ。何が入っているのかも分からない薬より、回復魔術の方が便利で安心よ」
私ほどの腕ならば、回復魔術なんてお手の物だ。
どんな傷でも治してしまえる自信はある。
それに私が死にかける状況なんて、今では考えられないし。
「で、ですがノルン様、エリクサーですよ! 冒険者達が憧れる最強のポーションですよ!?」
冒険者の気持ちを代弁するネルファ。
どうやら彼女にとって、エリクサーは特別な存在のようである。
「そこまで言うなら、このエリクサーは貴方にあげるわ。好きにしなさい」
「ほ、本当にいいですか?」
「構わないわ。だって私には不必要なものだし」
私はネルファにエリクサーの瓶を手渡した。
すると、彼女は感激したように口にする。
「ありがとうございます、ノルン様! 生涯大切にします!」
「いや、別にそこまで大切にしなくてもいいわよ……」
相変わらずネルファは大袈裟よね。
まあ、そこが彼女らしさなんだろうけど。
エリクサーをネルファにあげたところで、私達の前にガラクタを背中に乗せたラムがやってくる。
こうしてせっせと掃除してくれる彼は、本当に従魔の鏡のような存在だ。
「ありがと、ラム。それで、何を持ってきてくれたのかしら?」
ラムの持ってきてくれた物を物色していると、聖剣やエリクサーにも劣らない様々なものが発見出来た。
『超神話生物図鑑』とか、『賢者の石』とか、ランプの形の魔道具とか……。
私の部屋ってなんでこんなに変な物ばかりあるんだろう?
私が不思議に思っていると、ガラクタの中からヒョイとネルファが一枚の便箋を拾い上げた。
「これは……ふむふむ『愛しの勇者様へ』。成る程、これはノルン様がしたためたいわゆるラブレターというヤツですね」
彼女が手にした便箋。
その中には、私が勇者様に宛てた手紙が入っている。
それもとても人には見せられない内容の……。
間髪入れず、私は叫んだ。
「ギャァァァァ! それ私の黒歴史ィィ!」
衝動に任せて書いたはいいけど、使い道が無くて後で処分しようと思っていた。
けど、部屋が汚いせいで何処にいったのか分からなくなってしまったのだ。
それが忘れた頃に出てくるなんて……。
掃除って恐ろしい。
「この際です、中身を確かめてみましょう」
そう提案したのはセレンだ。
彼女はネルファから手紙を受け取った。
私は必死に制止する。
「やめて! 絶対やめて!」
「やめてと言われると、無性にやめたく無くなりますよね?」
「何言ってんのセレン!? このドSメイドォ!」
私は涙目で、彼女からラブレターを奪い取った。
「はぁはぁ……もうこれは渡さないわ!」
もし私の黒歴史にこれ以上踏み込もうものなら、徹底抗戦する構えである。
この手紙だけは絶対に誰にも見せないんだから!
そんな私の様子に、セレンもこれ以上は何も言ってこなかった。
どうやら中身を確認するという下りは冗談だったようだ。
安心すると、急に疲れが両肩にのしかかってきた。
「もう掃除は止めよ……。またこんな物が出てきても困るもの……」
「まだ何かあるんですか……?」
溜め息を吐いた私に、セレンがそう聞いてきた。
思い当たる物が幾つか脳裏に浮かぶ。
これらが見付かるのはヤバい。
私の威厳にも関わる問題だ。
「取り敢えず、掃除は中止! 今度から私の部屋の掃除を勝手にやるのは禁止にするわ! いいわね!」
私は強く念を押し、こうして掃除は殆ど出来ずに終わることになった。
でも、私の残された黒歴史達は、今もまだ部屋の奥底に眠っているのである。




