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天才魔術師の私が、異世界から勇者様を召喚するまで  作者: 楚々園 ゆるぎ
二章 偽勇者あらわる!

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23/122

Retrace:20 追憶

二章の最後です。

「はぁはぁ……ッ!」


 走る。

 ひたすら前に走る。

 夕日の落ちる林の中を、青色の髪を振り乱し、裸足の足で進んでいった。


 ボロボロの衣服が風にばたつく。

 小枝や石を踏み、私の足は傷だらけになっていた。


「はぁはぁ……ッ!」


 肺が痺れ、喉が燃えるように熱い。

 苦しい呼吸と、鈍重になっていく全身。

 頭は締め付けられるようにズキズキ痛い。


 それでも私は、必死に足と手を振り子のようにして走った。

 決して後ろは振り返らない。


 木々の影と夕日のオレンジ。

 その不気味なコントラストがもの悲しい。


「う、ううっ……!」


 自然と溢れてきた涙を拭いながら、私はひたすら走った。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 何としても生き延びないと……!


 姫という立場なんて関係ない。

 逃げなければ()()()()

 あの相手に、言葉での命乞いなど通用しない。


 脳裏に浮かぶのは、私を逃がしてくれた人の姿。

 こんな私なんかに、「生きて欲しい」と願ってくれた彼女の姿だ。


「セレン……!」


 脳裏に浮かんだ彼女の名。

 私は嗚咽混じりに、彼女の名前を口にし続ける。

 私をあそこから逃がしてくれた以上、彼女が無事である筈がない。


 もう二度と会えないかもしれない。

 そう思うと、胸が張り裂けそうになる。


 でも、もう後戻りは出来ない。

 私がやるべきことはただ一つ。

 生きること――それだけだった。


 私は何としても生き延びる。

 この理不尽な世界の中で、彼女の教えてくれた『幸せ』の意味を探す為に――。





「セレン!!」


 私は叫んだ。

 そして、慌てて周りを見渡した。

 そこにはいつもと変わらぬ私の部屋があるだけだった。


「ゆ、夢……!」


 私は思わずそう声を上げた。

 どうやら私の見ていたのは夢だったようだ。


 ビ、ビックリした……!

 心臓がバクバクしている。


「はぁ~」


 ベッドの上で、私は一人安堵した。

 そして私は胸に手を当て、逸る鼓動を落ち着かせる。

 コンコンとドアがノックされ、セレンが部屋の中に入ってきた。


「姫様、どうなされました?」


「何でも無いわ。ちょっと悪い夢を見ただけよ……」


 私がそう口にすると、セレンが眉を潜めた。


「またあの頃の夢を見たのですか」


「……」


 私は無言で頷いた。

 あの悪夢は時々見る。

 最近は見る頻度が少なくなってきたけど、やっぱりまだあの頃の恐怖は身体から抜け切ってはいないようだ。


「姫様、着替えを持ってきます。少し待っていて下さい」


「手間をかけるわね」


 セレンに言われて気付いたけど、私は全身に汗をかいていて寝間着がグッショリと濡れていた。


「全く……まだ克服出来てないのかしらね、私は」


 そんなことをぼやき、私はベッドから降りた。

 こんな夢を見てしまった原因は、おそらくリッカが任務に戻ってしまったことだろう。


 先日、リッカは私達に別れを告げて、この城を離れた。

 私は笑顔で彼女を送り出した筈だったのだが、どうにもそれは違ったようだ。


 きっと私は寂しくて、怖かったのだろう。

 リッカとはまた会えると分かっていても、その気持ちが消えることはない。

 誰かとの“別れ”に怯えるからこそ、私はあんな昔の夢を見てしまったのだ。


「……」


 不意に窓際へ足を進め、私はぼんやりと窓から夜空を見上げる。

 真夜中の空は澄んでいて、遠くに浮かぶ月が見えた。

 それも月が二つ。


 昔、勇者様が驚いていたのを思い出す。

 確か勇者様のいる世界では、月は一つしかないらしい。

 私にとっては二つあるのが当たり前なんだけどね。


「姫様、着替えをお持ちしました。それと一緒にハーブティーもご用意しましたので、どうぞお飲みください」


「ありがとう。遠慮なく戴くわ」


 気が利くセレンに礼を言って、私は着ていた服をその場に脱ぎ捨てる。

 そして、手早く新しい寝間着に着替えた。


「……」


 セレンは何か言いたげな顔をしていたが、黙ったまま私の脱いだ服を回収した。

 普段の彼女なら、ここで「だらしないです」と小言を言う筈なんだけど。


 ハーブティー同様、気を利かせてくれたのだろう。

 本当に出来たメイドだ。


「どうしました、姫様……? 私の顔に何か付いてますか?」


 ボーとセレンの顔を見ていたら、そんなことを言われた。


「何でも無いわ。ただ、ちょっとだけ懐かしくなったのよ」


「そうですか……」


 僅かに寂しげに、セレンはそう口にした。

 そしてそのまま、回収したグショグショの寝間着を持って部屋を出ていった。


「ふぅ……落ち着くわね」


 私はハーブティーを一口飲み、長く息を吐いた。

 過去の夢を見たせいなのか、真夜中だからなのかは分からない。

 けれど少しだけ、私は感傷的な気持ちで空を見上げ続けた。

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