Retrace:19 ご褒美
「姫さんの髪って、まるで雪みたいに白くて綺麗っすねぇ~」
私の髪を後ろから洗いながら、リッカはそう口にした。
彼女の言うように、私の髪の特徴はその曇りの無い白さである。
それにとても長いのも特徴だ。
全然髪を切ってないから、ここまで伸びてしまった。
この髪を洗うのが面倒になり、風呂に入らなくなったと言っても過言ではない。
「私の髪も昔はこんな白色じゃ無かったんだけどね。多分だけど、若白毛ってヤツじゃないかしら?」
私の言葉に、リッカが言った。
「確かに昔は青色でしたもんね。個人的には、白い方が姫さんには似合ってると思うっすけど」
「ふふ、ありがと」
彼女の言葉に、私はそう微笑んだ。
そんな私達のやり取りを、羨ましそうに見詰める視線があった。
「羨ましい! 羨ましいぞ……!」
「……そうですね」
ネルファの言葉に、セレンが頷いている。
彼らは湯に浸かりながら、リッカと私の方を見ていた。
しかし、二人が私の背中を流したりすることは出来ない。
これはタオルクラゲ勝負に見事勝利したリッカへのご褒美なのだ。
でもご褒美と言っても、その実感はあまり沸かない。
私の背中ってそこまで流したいものなの?
こればかりは部下の気持ちにならないと分からない。
そんなことをぼんやりと考えてる内に、リッカは背中とついでに髪まで洗ってくれた。
◆
すっかり湯冷めしてしまった私は、再び湯の中で温まっていた。
傍にはリッカ、ネルファ、セレンがいる。
何だかんだで、皆一緒にお風呂に浸かっていた。
セレンなんかは最初、主である私とは一緒に入れないと拒否していたが、「私と一緒に入るのが嫌なの?」と言ったら渋々了承してくれた。
上目遣いで命令すれば何とかなるものね。
セレンって案外チョロいかも。
「そう言えば、リッカは明日にはいなくなっちゃうのよね?」
不意に頭に浮かんだ質問を、私はリッカに尋ねた。
すると、彼女は口にする。
「そうっすね。あまりに仕事に穴を空けたくないっすから」
彼女の仕事は諜報だ。
情報とは刻一刻と変化するものである。
それを扱う役割な以上、数日空けるだけでも大きな損失になってしまう。
大変な仕事だ。
まあ、そんな役目を押し付けているのも私なんだけど……。
「リッカがいなくなると寂しくなるわ。今度はいつ帰って来られそうなの?」
「んーそうっすねぇ……。帝国の勇者のことが気掛かりなんで、それが一段落したらっすかね? だから、しばらくは忙しいままっすよ」
忙しいと口にし、リッカは乾いた笑みを浮かべた。
そうだった。
帝国の勇者が現れたことで、リッカへの負担はより増えることになってしまったのだ。
「帰って来れなくても、手紙はちゃんと寄越しなさいよ。あと、何があっても無茶だけはしないでね」
「勿論っすよ、姫さん」
リッカはそう答えた。
彼女は昔から無茶なことをするタイプだから、余計に心配してしまう。
リッカは私の大切な仲間であり、家族でもある。
そして、気兼ねなく接することが出来る友人でもあるのだ。
「ところで姫さん、空間魔術の研究はあまり進んでないんすよね?」
「そうね……。我ながら難しい分野に手を出したって自覚はあるわ」
唸るように私は言った。
空間魔術の研究は滞っている。
元々空間魔術という分野は殆ど研究が進められていない。
そこに手を出したというのは、灯りの無い暗闇を手探りで進むことと同じである。
そんな私に、リッカが言った。
「姫さん、良かったら私が空間魔術の情報も集めてくるっすよ?」
た、確かに空間魔術に関しての資料やサンプルは不足してるけど……。
でも、リッカには今までの仕事に偽勇者に関することまで任せて、更に空間魔術の情報まで探ってこいだなんて、流石に求め過ぎよね?
彼女の甘い提案に、私の心は揺れていた。
少しだけ宙に視線をさまよわせ、私は観念したように口を開く。
「……正直、空間魔術の情報は欲しいわ。でも、無理の無い範囲で集めて頂戴。お願いね、リッカ?」
「任せてくださいっす、姫さん」
リッカは元気に答え、ドンと胸を叩いた。
そんな彼女に、私は心の中で陳謝する。
ごめんなさいリッカ……。
利益に目が眩み、部下に負担を強いる。
私は駄目な上司の典型ね。
気付けば、諜報担当であるリッカの負担が物凄い。
完全なブラックだ。
でも、これは適材適所だし、私の陣営は慢性的な人手不足。
各国から情報を集める仕事はリッカしか出来ないのだ。
無理矢理自分を納得させ、私は湯の中から立ち上がった。
そして、彼らに向かって口にする。
「それじゃあ、そろそろ上がりましょ。いい加減研究を再開しないと」
私がそう言うと、皆は同意するように頷いた。
この浴場では色々あったけど、いい気分転換になった気がする。
風呂に入ったことでリフレッシュした私は、いつもよりキリッとした顔で浴場を後にした。




