Awake:88 アミィの忠告
すっかり夜は更け、賑やかさの消えた廃村。
皆が寝静まった静寂の中、俺は一人きりで村の中を散策していた。
相変わらず夜の秋風は冷たい。
しかしティアナとのこともあってか、今は多少肌寒いくらいが丁度良かった。
俺は立ち止まって、漫然と夜空を見上げた。
満点の星が散らばる空は、見ているだけで心が軽くなる気がする。
しばらくこうして星を見ていると、俺の後ろから誰かの足音が聞こえた。
「アイク様、こんな時間にどうかされたのですか?」
「なんだ、アミィか……。いや、ちょっと眠れなくてな。こうして散歩してるんだ」
念のため警戒していたが、俺にそう話し掛けてきたのはアミィだった。
気配を消すのが上手いからか、必要以上に警戒してしまった。
「ところで、アミィはここで何をしてるんだ?」
「私ですか? 私は夜間の見張りをしています。敵が我々に夜襲を仕掛けてくる可能性もありますから」
「そうか。大変な仕事を押し付けたみたいで悪いな」
「いえ、夜間の行動は慣れていますし、もうそろそろ他の方と交代する時間ですから」
そう言って、アミィは俺の傍まで歩いてきた。
その距離まで近寄られると、夜でぼやけていた彼女の体躯がより鮮明に映る。
薄い紫の髪に、子供のような小さな身体。
軍服を着ていなければ、彼女を軍人だと思う者はいないだろう。
「アイク様、眠れないのなら、交代時間になるまで私が話し相手になりましょうか?」
「いいのか?」
「はい」
アミィは頷いた。
彼女と二人きりで話すのは、実はこれが初めてかもしれない。
そう思うと何だか新鮮な気持ちだった。
「そう言えば、アミィは今日俺達の中で最初に結界の中に入っていったよな?」
「そうですね。確かに私が先に入って皆様の安全を確認する役目をしました。それがどうかしたのですか?」
そう言って首を傾げるアミィに、俺は素直に尋ねた。
「いや、アミィが余りに躊躇無く入っていったから、その……怖くないのかな? と思ってさ」
師匠が勇敢だと口にしたくらいに、アミィは逡巡することなく一番に結界の中へ入っていった。
俺ですら覚悟を決める必要があったのに、彼女は躊躇うことすらしなかったのだ。
そんな俺の質問に、アミィは答えた。
「怖くないのか? ですか。あの時の私は結界を踏み越えることに対し、何の感情もありませんでした。ですから、特に恐怖はありませんでしたね」
淡々と述べるアミィ。
どうやら一度入ったら出られないという結界に対し、彼女は何も思っていなかったようだ。
だからこそ迷うことなく先頭を切って、結界の中に入っていけたのだろう。
「そうか。アミィは強いな。俺なんて改めて腹を括らないと、とてもじゃないけど足を踏み出せなかったよ」
「それは魔女を倒すまで、ここから帰れないからですよね?」
「そうだな。俺は田舎に両親を残しているし、結界を潜ったら最後、二度と家族に会えなくなるかもと思ったら途端に怖くなってきてな……」
故郷や家族への未練。
俺が結界を潜るにあたっては、それらを断ち切る必要があったのだ。
「家族ですか……」
アミィは少しトーンを落として、その言葉を反芻した。
家族という単語が、何か彼女の琴線に触れるものでもあったのだろうか?
そう言えば俺は今更ながら、彼女について何も知らないことに気付いた。
やや俯き、アミィは口を開いた。
「私にはアイク様のように肉親はいません。物心ついた時から、色んな訓練をさせられてきましたから。ですから、結界を潜ることに恐怖が無かったのは当然ですね」
そんな彼女の言葉に、俺は慌てて口にする。
「わ、悪い! アミィのことを何も知らず、こんな無神経なことを――」
「いえ、構いませんよ。私に実の親はいませんが、何も大切な人が誰もいないわけではありませんから。それに私はその大切な人を守る為に、こうしてアイク様に着いてきたんです」
どこか優しげな口調で、アミィは片手を自分の胸に添えてそう言った。
あまり表情を変えない彼女が、穏やかな顔をしている。
大切な人――その人物を思い浮かべている時のアミィは、まるで別人のようだった。
俺は彼女を傷付けていないことに安堵しつつ、その発言に驚いていた。
アミィ自身の身の上話を聞くのは、実は俺にとってこれが初めての機会だったのだ。
「そうか。アミィにも守りたい人がいるんだな……」
「はい。その点では、アイク様と一緒ですね」
俺の呟きに、アミィがそう言葉を返す。
俺と一緒?
その言葉に引っ掛かりを覚えていると、アミィは口を開いた。
「それでは、私からも一つ聞かせて下さい。アイク様はティアナ様を愛してるんですよね?」
「あ、愛って……。まあうん、そうだな。俺はティアナを愛してる」
恥ずかしさもありながら、俺はそう肯定する。
すると、アミィは真剣な瞳を向けてきた。
「なら、何故戦うんですか? 死んでしまう可能性があるのなら、ティアナ様と一緒に逃げてしまおうとは思わなかったんですか?」
「それは……」
彼女の台詞に、俺はその場でたじろぐ。
まさか任務に忠実だったアミィが、突然そんな発言をするとは思わなかったからだ。
「勇者という称号がどういうものか、それは私もよく理解しています。ですが、他人からの期待や命令――それは自分の願いよりも大切なことですか?」
その言葉は直接心に突き刺さるようで、俺は何も答えられない。
そんな俺を追い立てるように、アミィは言葉を続けた。
「アイク様も心の底では分かってる筈ですよ。もっと他人のあれこれに縛られず、自分の願いに素直なままでいることが一番の幸せなんだって」
「自分の願い……一番の幸せ……?」
それはまるで頭を揺さぶるような言葉だった。
そして、アミィは核心を貫くように口にする。
「これは仲間としての忠告ですよ。貴方が本当にしたいことは、魔女から世界を救うことですか?」
「っ――」
「そう言えば一週間程前の作戦会議の後、アイク様は陛下と二人きりで何かを話されてましたよね? 内容は大体予想出来ます。ですが、あまりそのことに気を張らない方が良いですよ」
気遣うような口調で、アミィは俺に忠告する。
何故俺が眠れず、気晴らしに散歩していたのか。
どうやらその理由を、彼女には完全に把握されていたようだ。
面を食らい呆然としたままの俺に、彼女は綺麗な敬礼をした。
「それでは私はこの辺で失礼します、アイク様」
そう言い残して、アミィは俺の前から立ち去っていく。
夜の帳にその後ろ姿が消えていくのを、俺は立ち竦んで見送るしかなかった。
「俺の本当にしたいこと……本当の願い……か」
唱えるように口にして、俺はゆっくりと目を閉じた。
ティアナの唇の柔らかさを、熱を、俺はまだ鮮明に思い出せる。
彼女と結ばれたい。
きっとそれが俺の純粋な願いだ。
世界を救うのも、魔女と戦うのも、それらは全部後付けに過ぎない。
そもそもあのカリバーンに認められたのだって、俺のティアナへの想いがあったからこそだった。
「……ままならないな」
アミィの口にした俺の悩み――。
冷たさを増していく夜風に吹かれながら、俺は出立前にゼウルス陛下と交わした話を思い出していた。
◆
謁見の間にある王座に、ゼウルス陛下が腰掛けている。
陛下が見下ろすその先で、俺は恭しく跪いていた。
部屋は完全に人払いがされており、この場には俺と陛下の二人だけだ。
「陛下、私だけに話というのは何でしょうか?」
俺がそう尋ねると、陛下は言った。
「アイク、お前と二人きりで話したかったのは、お主とティアナの関係についてだ」
「……っ」
その言葉に、俺は全身が強張るのを感じた。
ゴクリと息を呑み、俺は静かに陛下の次の言葉を待った。
「ははっ、心配せずとも良い。何もお主らの関係を咎めようとは思っておらぬ」
陛下のその発言に、俺は内心ホッする。
そんな俺を他所に、陛下は言葉を続けた。
「確かに元々貴族でも無い田舎者のお主が、余の娘と結ばれることは本来認める筈の無いことだ。しかし、お主が勇者である以上話は別だ」
俺とティアナの間には埋められない身分の差がある。
しかしたとえ田舎者だろうと、今の俺は勇者の称号を持つ者だ。
「余としては、お主がティアナと結ばれることを認めてやらんでもない――が、それには一つだけ条件がある」
「条件……ですか?」
「そうだ。アイクよ、お主がその手で直接【終わりの魔女】を殺すこと。それが余の出すお主への条件だ」
「俺の手で直接魔女を……」
殺す。
他の誰でもない勇者である俺自身の手で。
その条件は簡単なようで、とても難しいことだった。
「そうだ。お主が勇者として魔女を殺し、我が国の姫であるティアナを娶ればいい。そうすれば魔女亡き後の世界において、帝国の発言力はこれまで以上のものとなろう」
ゼウルス陛下が玉座から立ち上がる。
ゆっくりと歩みを進め、陛下は俺の前までやってきた。
そして、耳元で低く囁いた。
「期待しておるぞ、勇者アイク」
トンと置かれた陛下の手は、まるで鉛のように重く俺の肩にのし掛かった。




