Awake:87 アイクとティアナ
初日は一兵も欠けることなく、無事に行軍することが出来た。
俺達を含む連合軍は日暮れを前に、道なりにあった村の跡地で一旦陣を張ることにした。
「今日はここで夜営みたいですよ。はい、これスープです」
「ありがとう、ティアナ」
村の一角にポツンと立っていた俺に、ティアナがスープの入った器を差し出してきた。
兵達に配給していた物を貰ってきたのだろう。
俺にスープを渡し、彼女はそのまま俺の隣に腰掛けた。
「今日一日、何も起こりませんでしたね」
「そうだな」
ティアナの言葉に、俺はそう頷いた。
そして夜空を見上げながら、温かいスープに口を付ける。
喉を通っていくその熱は、まるで夜風の肌寒さを忘れさせてくれるようだった。
「この国の王都まではまだまだなんだよな?」
「そうですね。まだ旧エルタシア王国領に入ったばかりですから」
俺の質問にティアナはそう答えてくれる。
連合軍はかなりの兵数だ。
それが同時に動くとなると、移動はかなり遅くなってしまう。
俺達勇者パーティーだけならもっと早く移動出来ていただろうが、まだそこまでのリスクを犯す状況ではなかった。
「ところで、ここは村の跡地だったみたいだな」
「そうですね……。家屋の状態から推測しても、村人がいなくなったのはちょうど魔女が現れた時期と同じでしょうか?」
廃村の家々は全て空っぽで、何も残ってはいなかった。
村人の姿が無いのは勿論だが、特に生活品が家の中に何も無いのは気になった。
まるで必要な物を全て持って、この場所から逃げ出したかのようだ。
建物が綺麗なことからも、ここが戦場になったということは無さそうだが……。
「この村の人、無事に逃げられてると良いんだけどな」
俺がそう呟くと、一際強く吹いた秋風が冷たさを運んでくる。
「今日はいつもより冷えますね」
「そうだな」
「……じゃあ、私と一緒に入りますか?」
恥ずかしそうに言ったティアナ。
彼女がその手に持っていたのは、一人分の毛布だった。
「お、おう……」
上手い受け答えが思い付かず、俺は少し動揺しながらそう言った。
すると、ティアナが「どうぞ」と迎えてくれて、俺は彼女と二人で毛布にくるまることになった。
「……温かいです」
「そう……だな」
互いの体温を感じられるくらい密着しているのに、俺達はまともに顔を合わせることすら出来ていなかった。
しばらく毛布にくるまった体勢でジッとしていると、遠くから愉快な音楽と共に兵達の笑い声が聞こえてきた。
「あっちは随分と賑やかだな」
「何でも夕食に軽く酒を振る舞ってるそうですよ?」
「酒? 結界内に入った初日なのにか?」
「寧ろ初日だからじゃないですか? 兵士の皆さんも不安だったんだと思います。魔女の結界を通り抜けるということは、つまり魔女を倒すしか帰る手段は無いということですから」
一度足を踏み入れれば出ることは出来ない一方通行の結界。
いくら世界の危機だからといっても、兵士達にもそれぞれ結界を潜ることへの葛藤があっただろう。
そんな彼らのストレスを和らげる為にも、まだ何も問題が起きていない今の内に、ベックフォード大将はこうして羽目を外させているのだ。
「しかし、凄いことだよな。この連合軍は色々な国の兵が集まっている。言葉も文化も肌の色も違う人達が、こうして笑い合ってるなんてな……」
「はい。数年間までは確かに考えられないことでしたね。昔はどの国もずっと戦争の事ばかりを考えていましたから」
俺達は第一陣だ。
これから後にも第二陣、第三陣と各国から軍が派遣されてくる。
この第一陣の連合軍は、肌の色も生まれも文化も違う。
それでも互いを尊重し、一つの目的を持って協力し合えている。
この前まで互いに戦争し、いがみ合っていた関係とは思えない。
素晴らしいと思った。
そして、勇気を貰った。
「……魔女に勝ちたいよな。ここで笑ってる人達を無事に家族の元へ帰す為にも」
「そうですね」
この戦いは負けられない戦いだ。
世界の命運と共に兵達の人生も賭けている。
そして勿論、俺達の人生も――
「なあ、ティアナ」
「何ですか?」
そう聞き返したティアナの声音。
透き通ったその声が、全ての喧騒を遠くに押しやる。
俺はゴクリと息を呑んだ。
視線の先には彼女の顔が近くにあって、もう他には何も見えなくなった。
俺はティアナの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「【終わりの魔女】を倒して無事国に帰れたら、その時は俺と……」
「俺と?」
俺と一緒になって欲しい。
そんな喉まで出かかった言葉を、俺は直前で飲み込んだ。
「――悪い。やっぱり今これを言うのは止めとくよ」
俺は軽く首を振り、今すぐ打ち明けたいこの想いを胸に留めた。
流石にこの台詞をここで言ってしまうのは、何だか縁起が悪い気がしたのだ。
そんな俺の様子に、ティアナは何も言わなかった。
真剣な表情で、彼女は俺をジッと見つめていた。
俺は言う。
「ティアナ、無事にこの世界を救えたら、真っ先に君に伝えたいことがある。大切なことなんだ。だから、もう少し待っててくれ」
殆ど告白みたいなものだったが、それが俺が今言える唯一の台詞だった。
すると彼女は、「ふふっ」と口元に優しげな笑みを浮かべた。
「私は待ってますよ、アイクのその言葉を――」
そう言って、ティアナは自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
それは一瞬触れ合うような、ささやかなキスだ。
「――!?」
完全に不意討ちを食らった。
俺の頭は一瞬で沸騰し、何か言おうにも舌が上手く回らない。
そんな俺の反応を見て、頬を染めながらもティアナは笑っている。
それはまるで悪戯を成功させた子供のようだった。
敵わないな、ティアナには……。
完敗だった。
完全にしてやられた俺は、気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻いた。




