青春を手に入れろ
翌日、新入生は、講堂に集まった。高校とは違う、ゼミとか単位とか大学の授業の説明を受けるためである。
「ここ空いてる?隣いい?」
ショートパンツ姿の女の子だ。
「はじめまして。浜松出身の大庭久美よ。よろしくね」
菜穂子は、名前よりも前に出身地を言うのに少し驚いた。
日本のノーベル賞受賞者の半数は、尾張大学の関係者である。東京大学や京都大学に次ぐ3番目であるが、海外での評価は、日本で最も高いと言える。新入生は、日本だけでなく海外からも多い。
菜穂子も久美に合わせる様に答える。
「浜松かぁ、隣ですね。豊橋出身の高瀬菜穂子です。よろしくね」
菜穂子の言葉に久美は、驚いた顔をしてから慌てて顔を伏せた。そして、大きく深呼吸をして
「そう・・・。わかった。菜穂子さんがどんな変態で変人でも気にしないわ」
菜穂子は、久美の言葉に頭に来たが、ここは、大人の対応に努めようとした。
「何で菜穂子さんは、歴研に・・・」
チャイムの音で久美の言葉が聞き取れなかった。
「えっと、高瀬菜穂子さんは、居ますか?学長から話があるらしいので、今日の話は、隣の人に頼んでもらえるかな」
隣の久美は、任せてとはかりに腕を捲るふりをした。
講堂の外には、すでに女性事務員が居た。
「あなたが、高瀬さん?ついてきて」
菜穂子は、恥ずかしそうに彼女の後について歩きはじめた。
「あのう・・・。わたし何かしました?退学とかですか?もしかして、本当は、不合格だったのに、間違えて合格にしちゃったとか・・・」
女性は、微笑むだけで迷路のような校内を進んでゆく。
「どうしよう。絶対講堂に戻れない」
学長に呼び出されたことよりも、帰り道の方が不安になってきた。
女性は、一つの部屋の前で立ち止まると
「じゃあ、がんぱって」
それだけを言うと来た方向と反対に、歩きはじめた。
菜穂子は、大きく深呼吸をしてノックをしようとした瞬間にドアが勝手に開いた。
中から初老の男性が、微笑んでいた。
「君が高瀬君か?学長の早川です。お茶でいいかな。若い人は、コーヒーかな。娘さんなら紅茶だね」
矢継ぎ早に話してくる学長は、インターホンで紅茶を二つ注文した。
「まぁ、座って。ところでどうして歴史研究部に入ろうとおもったのかな?今、そのことで学内は、大騒ぎになっとるんだわ。まあ、歴史ある歴史研究部だし、私が顧問だから嬉しいだけどね。でも、君みたいな若い綺麗な娘さんがよく決心したものだね」
菜穂子は、思った。このジジイ人の話を聞く気ないなあと。
10分ほど学長は、一方的に話したあと
「まあ、頑張って。来客があるから今度ゆっくりここに来なさい」
押し出す様にして話を終えた。
学長室の前で慌てて昨日受け取った紙を見た。
『来たれ!テニスへ!』
間違ってないラケットやボールのイラストも書かれている。
講堂に戻ろうとしたが・・・、道がわからない。
「角においてある赤い自転車を曲がったはずなのに・・・。ない」
どれだけ迷っても目印の自転車が見つからない。
すでに一時間は、迷っている。疲れてベンチに座った時に肩を叩かれた。久美か、沢山の荷物を抱えて立っていた。
「菜穂子のもあるんだから手伝いんよ」
「これがメモね。それから、山本教授は、必須だから。申し込まなきゃいけない授業は、菜穂子の分も申しこんどいた。わたしと一緒でいいよね。えっと、それから、学長どうだった?何か言われた」
菜穂子は、こいつも人の話聞かないタイプだと思った。
「実は、テニスに申し込んだのに・・・。なぜか、歴史研究部に入ることになっちゃってて。ほら」
菜穂子は、昨日渡された紙を久美に見せた。見た瞬間に久美は、崩れ落ちる様に笑いはじめた。
「どうしたの?何か可笑しいのよ」
菜穂子は、口を尖らせた。
「じゃあ読むわよ。来たれ、歴史研究部へテニスの歴史もわかるへのカッパ」
菜穂子は、鞄からメガネを取り出してじっくり見た。確かに来たれとテニスの間に小さな文字らしきものがある。
「これって詐欺じゃん」
「騙された菜穂子が悪い。これから気をつけることね」
久美は、続けた。
「そう、部とサークルがあるけど。部は、学校公認で誰か教授が顧問になる。活動費も学校持ちね。サークルは、愛好会だから費用は個人持ち。部に入った人は、掛け持ちはできない、だから、菜穂子は、歴史研究部をやめなきゃテニスサークルには入られないってこと」
「そんなやめられないの・・・?」
「大丈夫。部長と顧問の了解があればやめられるみたいよ」
「良かった。明日から退部活動ね」
「応援するわ」
大庭久美・・・意外といいやつかもしれない。