広場の集会
かがり火に照らされる広場の中、村長が話を切り出した。
「すでに聞き及んでいる者もいるかもしれんが……脅威が迫っているかもしれん。荒れ地の犬が怯えておる」
そういって、村長がかがり火の明かりの元に牧羊犬を引き出した。
村で飼われている他の犬たちも、すっかり怯えきっているみたいだった。
やはり、何かがおかしい――アイリスが思ったことを、ほぼ村の全員が理解したに違いない。
「危険を知らせた者によれば、沼地の方面に何かがあるとのことじゃった。怯えきった犬がそちらを示したらしい」
「村のすぐ近くだ! 危険は迫ってきているのか?」
「近くまで様子を見に行ったそうじゃが、その時は何も見つけられなんだと」
村長がちらりとアイリスの方を見やる。
それにつられたようにいくつかの視線がアイリスに向かった。アイリスが頷いてみせると、視線を向けてきたうちの一人が金切り声をあげた。
「その子は嘘つきじゃないか! 嘘つきアイリス! 羊泥棒! そんな子の言葉を誰が信じるんだい!?」
叫んだのはリーラの叔母さんだった。
アイリスは少しどきりとした。確かに、何も見つけられなかったというのは嘘だ。
沼地の淵には、美しい青年がいた。村の人間ではない、そういえば妙に小奇麗だった――目的のよくわからない旅人。
(――そういえば、アラルドの姿がない?)
運悪くこのときに村に居合わせた行商人は、輪の中心の方でうなだれている。
アイリスがきょろきょろとしていると、リーラの叔母さんがまた叫んだ。
「でたらめを言っているんだ! その子は今日の夕方、うちの羊を盗んでいたに違いないんだ! 沼地なんかに行ってるわけが――!」
「黙れい!!!」
村長が大声で一喝すると、リーラの叔母さんがぐっと押し黙った。
村長は闇夜に響き渡る朗々とした声で続けた。
「大いなる危険が迫っているかもしれん。村人一人ひとりの命が危ないかもしれん。そんな時に、なんじゃ、家畜の一匹で騒いでいる時ではないわ!」
「だ、だけど、うちの大事な財産で――」
「そのことに関しては後日話をつけてやる。今はおまえの家の財産の話ではなく、村の話をするときじゃ!」
村中の人間に視線を向けられると、リーラの叔母さんは唸り声をあげた後、アイリスを睨みつけた。
睨まれたアイリスは目を瞬かせたが、すぐに彼女から目を逸らした。
目下、一番重要な問題は犬たちが怯える原因についてだ。彼女に恨まれることは、アイリスにとってそれほど重要ではない。
「最近、何か異変を感じた者はいるか? 些細な事でも構わない」
「……そういえば、最近森に魔物姿を見かけない。その……それ自体はいいことだと思うんだが」
「なるほど。……おまえを責めたりはせん。確かに、魔物の姿を見かけないだけなら、誰でも運がいいと喜ぶだけじゃろう」
狩人のおじさんが項垂れながら言うのを、村長がなだめた。
「他には何かないか?」
「そういや、うちの倅が最近よく妖精の花を見つけては摘んでくる」
「妖精の花を?」
「ああ、うちじゃ妖精の花を摘んできたら菓子をやってるんで」
妖精の花というのは、人の手の入っていない森や山に生えている花だ。
赤や黄色や白や青、色んな色があるが、どれも不思議な雰囲気がある花だ。
煎じるとそれぞれが特別な薬になるらしくて、高値で売れる。
行商人がこんな辺境に来るのも、そういう人手の入っていないこんな辺境だからこそあるものを求めているところもあるかもしれない。
「……力の強い魔物の傍ほど妖精の花が多く咲くって聞いたことが」
「まさか、このあたりにいるのか!?」
ざわざわとし始める広場を、また村長が一喝して宥めた。
「それでは! 行商にきていた外の世界の情勢を知るこの者に話を聞くことにしよう。グランド殿、お頼みする」
「……そうですね。こんな時ですから話し渋っても仕方ない」
行商人は、腰に下げていた水筒を一口呷ると、立ち上がった。
「わたしが――この村に来るのは恐らくこれが最後になる!」
行商人グランドの言葉に、みんながざわめいた。
アイリスも息を飲んだ。村が今どうにか立ち行くのは彼の親切心によるところがとても大きい。
「どうか許してほしい。年々危険になるんだ! 森も、街道さえ、人が立ち入れる領域はどんどん少なくなっている!」
ざわめきは暗闇に吸い込まれるように消えていった。
彼の言葉には切実な響きが込められていた。
「わたしは、若い頃探索者をしていた。未知の領域から人間の暮らせる領域を見出し、人々を導く素晴らしい仕事だ。誇りを持っていた。だから、こういう危険な場所で暮らしているあんたたちのような方々をわたしは心から尊敬しているんだ」
言い方は悪いけれど、この村に暮らしている人々の過去はそれほど明るくない。尊敬されるような人間だろうか?
三代も遡れば犯罪者がいるような人が多かった。暗い顔でお互いの顔を見かわす村人を見て、グランドは声を張り上げた。
「ここに暮らす理由がなんであれ、だ! あんたたちは、人の暮らせる領域の最端を担っていて、あんたたちのような人がいなけりゃ、人間の暮らせる領域なんていうのはあっという間に魔物に飲み込まれて、少なくなるんだから」
それでも、とグランドは暗い顔つきで言う。
「今回が最後だ。今回だって、わたしは最後まで迷った……最果ての森に暮らす魔物どもが、急に強くなってきやがって」
「だが、数は少なく感じる」
「ああ、その通り。数は少ないように思う。少数精鋭ってやつだと思う」
「一体何故なんだ?」
「こんなところにいたら実感がわかないかもしれないが……この森を越えるとシーザリア王国があるだろう」
グランドの言葉に、村人たちは曖昧に頷いた。
アイリスは村長の部屋にある地図を脳内に思い描いた。地図の上の方にシーザリア王国という国があった気がする。
左上に森とシーザリア王国があるとすると、右上には山がある。
左側、下の方は地図がない。
そちらには人間が足を踏み入れたことがないから。
右の方には海があるらしいけど、途中に深い谷があって越えられないから、村の誰も海を見たことがない。
「あの国の北側には山があるんだが……その山を越えた先はもう、魔王と魔物の楽園だ」
「そんな! 山の向こうには聖なるシルダリア王国があるはずだろ!?」
地図の読み方を村長から習っているギースが叫んだ。
それを見て、グランドは力なく頷いた。
「山の向こうの西側はシルダリア王国さ。だけど、東側はほとんど魔物の国だ。シルダリア王国は頑張っているさ。だけど年々押されてきてる気がする。そりゃ! シルダリアの方々は言わないさ! だけどわかるんだ。だから、勇者を募るだなんて酔狂なことを言いだした」
はるか昔から伝わるおとぎ話。
精霊に認められた人間のみが使える金色の武器がある。
その武器を扱える人間が、かつて魔王を打ち滅ぼした。
故に勇者と呼ばれた。――それ以来、その金色の武器は勇者の武器と呼ばれる。
その武器はシルダリア王国に保管されていて、前は貴族や、著名な人間が招かれて、使い手探しがされていた。
(でも、見つからなかったのかしら)
――早く使える人間を見つけなくてはならない。
それで、平民でも誰でもいいから、自信がある人間すべてに勇者の武器に触れられる機会が与えられることになった。
召霊の儀式に誰でも参加できるようになった。
「時には傲慢なほどに気高いと呼ばれるあのシルダリアの方々が、勇者は平民でもいいと言い出した! もう誇り高くある余裕もないってことだ!」
「……勇者の武器だなんて、本当にあるのね」
思わずぽつりとつぶやいたアイリスの声が、妙に広場に響いてしまった。
すぐに口をぴったりと閉ざしたアイリスだけれど、グランドにも聞かれて微笑まれる。
「ああ、それがあるんだよ。わたしも平和な時分にはシルダリアに見に行ったことがあるがね。展示してあるんだ。不思議な輝きを帯びた黄金色の剣だったよ」
「へえ……」
「不思議と、あれは特別な武器だとわかったよ。勇者さえ見つかれば……と、あれを見ればすがりたくなる」
グランドの、ここにはない勇者の武器にすがるその表情を見て、森と山の向こうの情勢が本当に悪いことをアイリスもなんとなく理解した。
「魔王の力が強くなった。その影響の一旦が現れているということか」
村長は静かにそう結論を出した。グランドが頷くと、村長は難し気に唸った。
「この村は、ゴブリンよりも強い魔物に襲われる可能性がある。脅威への対策を考えねばならんな。案がある者は言うがいい……とはいえ、妙案なんぞすぐには出てこないじゃろう」
広場は静まり返っていた。
アイリスにも、案なんてものは一つも思い浮かばなかった。
「なんだい、討伐者を雇えばいいんだよ! あいつらは金のためならどんな危険でも犯すんだろう?」
リーラの叔母さんが叫んだけれど、村長が小さい声で「バカめ」と呟いた。
「そんな金があればとっくにそうしとるわ!」
「そんなこと言って、あんたがいつもあたしらから分捕ってる金があるじゃないか。貯めこんでるんだろう? あたしは知ってるよ!」
「あれは税金じゃ! そして村に入用なものをわしが代表して購入しているに過ぎない!」
「でたらめを言うんだから。この業突く張りジジイ! あたしらの命を何だと思ってるんだい! こんな能なしが村長をしているだなんて、あたしらは早晩死んじまうに違いない!!」
リーラの叔母さんはよく適当なことを叫ぶって、村の人は良く知っているはずだ。
それなのに、何故か村の人たちの嫌な視線が村長に集まっていく。
(どうして? 村長はよくやってる。意味がわからない――悪い状況だわ。村長にはまだ威厳と決定権がいる。こんな時だからこそ)
アイリスは素早く視線を走らせた。
リーラの叔母さんを唯一止められそうなリーラは……俯いて顔をあげようとしない。
村長が人々の憎しみを集めても、もし次代が主導者として力を発揮できるのなら問題はない――けれど、ギースはおろおろとしているだけ。
ダメだ、とアイリスは思わずつぶやいた。
(――注目を逸らさなくちゃ)
アイリスは立ち上がった。けれど、すでによくない雰囲気に触発されたように、立ち上がっている人がいる。
あまり目立たない。けれどリーラの叔母さんから、アイリスの姿はよく見えるだろう。
何を言ったらいいのかよくわからない。けれど、彼女の注意を引くのは簡単だ。
「おばさんって、いつもいつもいつも、口だけね」
「……なんだって?」
彼女が嫌いな言葉はなんとなくわかる。
彼女は自分のおしゃべりを邪魔するようなことを言われるのが大嫌いだ。
そして、彼女が大好きなことも知っている。
それは圧倒的優位から、傷がある人を貶めること。
案の定、口答えをしたのがアイリスだと知ると、彼女はにやりと頬を緩ませた。
「これはこれは、うちの羊を盗んだアイリスじゃないか」
「盗んでなんかいないわ。誰がそんな嘘をついたの?」
「うちのリーラがそう言ったんだ! なあ!? そうだね、リーラ!」
揺さぶられたリーラが、うつむいたまま頷いた。
それを見て、一瞬アイリスは言葉に詰まった。このまま話していると、リーラまでやり玉に挙がってしまう。
けれど――視線を走らせると、村長が緊張した面持ちでアイリスのことを見つめている。
――そうだ。やはり今一番重要なのは村の為に何ができるのか。
そのために、村長には権力が集中している必要がある。
村長はこの村に必要な人だ。村長に一番ふさわしく、役割をはたしているとアイリスは感じる。
(ごめんね、リーラ。……あなたは嫌がりそうだけど、納得するべきだわ)
アイリスは特大のネタを叫ぼうと息を大きく吸い込んでいたリーラの叔母さんを鋭く睨んだ。
「なら、嘘をついたのはリーラね。それか、リーラに嘘を吐かせているんだわ、おばさん、あなたが」
「なんだって!? アイリス、やっぱりあんたは孤児だね? 親がいないから平気でそんな失礼な口が利けるんだ!」
「失礼なのはどちら? おばさんは無実の人間を盗人呼ばわり。一体どんな証拠があって?」
「リーラがそう言っているんだ。それで充分だろう? リーラの目の前で、羊を無理やり一匹持って行って! あんたが荒れ地の方に引っ張っていくからリーラは怖くて追えなかったのさ!」
「リーラの叔母さん、あなたの今の言葉には証拠なんてなかったわ。いくらでも嘘をつけるリーラの証言と、あとはあなたの想像しかない」
アイリスは目線だけで広場を一通り眺めた。
すべての視線はすべてアイリスとリーラの叔母さんに集まっていた。
呆れたような視線、アイリスを疑うような視線、リーラの叔母さんに向けられるうんざりとした視線。
「おばさん、いくら妄想好きでも構わないけど、ところかまわず叫び散らすのはやめてもらえる? 特に今は村が大変で、おばさんの世迷言に付き合っている暇がないの。ごめんなさい。もっと平和な時ならいくらでも相手してあげるわ。ま、あなたの頭の中は今もいつでも平和そのものみたいだけど」
「なっ、この――アイリス! クソガキが!!」
リーラの叔母さんが顔を真っ赤にして人の波をかき分けてくる。
これでいくらかアイリスが殴られれば、村の話題はしばらくそれで持ち切りになるはずだ。
村長のことなんてみんな忘れているみたいで、アイリスへ近づいていくおばさんを見て楽し気にはやし立てる人もいた。
アイリスがほっとした矢先――せっかく矛先が外れたのに、次期村長が邪魔をした。
「もうやめろ! アイリスも、挑発するな!」
ギースが出てきて、アイリスを庇うように立ちふさがる。
――せっかくいいところだったのに、邪魔をされた。また耳目が村長に集まる。
もうアイリスには何もできない。これ以上は不自然になる。
村長の決定を求めてその顔をうかがうと、苦い顔をして村長が動き出した。
「このクソガキが、ふざけたことをぬかして、わしの顔に泥を塗りおって!」
ギースに止められたリーラの叔母さんの代わりに、村長がアイリスの頬を殴った。恐らく全力だった。
アイリスは踏ん張ったりはしなかった。その力に任せて吹き飛ばされ、軽く十数アンドは地面を転がった。
いつもは手加減してくれていたのかもしれない。衆目の前で振るわれる暴力はとてつもなく、木にたたきつけられたアイリスは止まったその場で嘔吐した。
村長は追撃した。近づいて、アイリスの頭を踏みつける。
地面に顔を押し付けられて、一瞬息ができなくて動揺し、アイリスはもがいた。
「この、生意気な小娘め! それだけ口が立つのなら、おまえが羊を盗んだというのもあながちありえるのではないか!?」
「っ、してない! そんなことしていなー―!」
顔をようやくあげられたと思ったら、顎を思い切り蹴飛ばされる。
一瞬目の前が真っ白になって――恐らく短い間気を失っていた――気づくと村長がまだ朗々と声を張り上げて説教をしていた。
「この大変な時にふざけたことを! 家畜泥棒には死刑だ!」
「おやじ、やめてくれ! アイリスが死んじまう!」
「死ぬべきかもしれん! 家畜泥棒には八つ裂きが妥当だ!!」
まだ村長が叫んでいる。必要だからだろう。
ギースが止めようとしているせいかもしれない。お願いだからこの場の雰囲気を考えてほしい。
(リーラの叔母さんに殴られた方が、絶対に簡単だった……)
くらくらする頭で、アイリスはなんとか考えをまとめようとする。
周りの状況がつかめない。けれど、たぶん、もっと騒ぎ立てた方がいい。
村長から自分へと視線を、意識を集めよう。
その為には――むしろ本当に家畜泥棒をしているように見えた方が、いいかもしれない。
「していない! リーラが嘘をついたのよ! 私はしてない! してない! してない! してない!!」
顎が痛いけれど、叫んだ。
不思議なことに、ある主張は声を張り上げれば張り上げえるほど嘘に聞こえることがある。
リーラの叔母さんを見ていて思ったことだ。
さじ加減が難しい。ギースが甘い顔をして止めようとするから、村長としては身内でも甘い顔をしないというところを見せないといけない。
でも、あまり暴力をふるうと、村長が残酷な人間に見えてしまう。
村長がそんな風に見えたら、アイリスへの同情は集まるだろうけれど、今は必要じゃない。
「どうして嘘をつくの!? リーラ、お願いだから正直に言って!」
アイリスが村長の家に暮らしていることもあり、今、耳目は“村長一家”に集まってしまっている。
それをどうにかしたくて、アイリスは耳目を“同じ孤児”であるリーラへ誘導する。
「私たち、同じ親のいない子供同士なのに、どうしてそんな嘘を吐くの!?」
「嘘なんて――」
「おばさんに言わされてるんでしょ? お願いだからそう言ってよ」
「アイリス、やめて、やめて……!」
「私たち、仲間でしょ」
「やめて――親戚の一人もいないあんたと一緒にしないで!」
……そういう言葉をリーラに言わせたかった。言わせることができた。
嬉しいはずなのに、アイリスの胸は痛んだ。
「リーラ……」
「あんたとは違う。あたしは違うから! あんたのことは可哀想だと思うけど……あたしは殴られるのは嫌!」
リーラの言葉は、殴られないために嘘をついたという自白のようだったけれど、リーラの叔母さんは得意げに胸を張っている。
もしかしたらわかっていないのかもしれない。けれど、村の大半の人たちには伝わった。
リーラたちに白い眼が向けられる。
……アイリスには同情の視線も向けられた。
そして、騒ぎを起こす孤児であるアイリスとリーラへの冷たい眼差しがたくさん。
思惑通り――でも、リーラには悪いことをしたかもしれない。
(でも、ごめんね――この村において私たちの優先順位は低いのよ)
呆れたように村長が「今夜はもうしまいじゃ」と言ったことで、集会は解散になった。




