村人招集
アイリスの訪問を受けて眉をひそめた人たちは、アイリスを家畜泥棒と疑っているのだろう。
アイリスはそんなことはしていない。
疑われるのは心外だ――けれど、アイリスは誤解を解こうとは思わなかった。
それより優先される事項がある。
「村長の招集です。半刻後に広場へ集まってください」
「何があったんだ?」
「何か……すみません、よくわからないんです。でも、荒れ地に出ていた犬が怯えきって動かなくなったんです」
「荒れ地の犬が?」
年かさの人ほど、この説明だけで目の色を変えてくれる。
荒れ地に連れていく牧羊犬は訓練されていて、ゴブリン程度の魔物じゃびくともせず、襲い掛かるぐらいの気概はある――そうアイリスたちに話してくれたのは彼らなのだから。
慌てて準備を始めたのを見やって、催促は十分だと判断すると、アイリスは次の家に向かった。
リーラが世話になっているリーラの叔母夫妻の家だった。
「あんた! よくもノコノコと――」
「村長の招集です。半刻後に広場へ集まってください」
「家畜泥棒の言葉を信じるやつがいるかい? あんた、家畜泥棒は死刑なんだ! わかってるね?」
リーラの叔母さんが話を聞いてくれているか怪しい。
アイリスが家畜泥棒と疑われているせいで、その言葉を信用できないという。
「本当に村長の招集があるんです。私は家畜泥棒なんてしていません。信じてください」
「信じるもんか! あんたは家畜泥棒で、村長はあんたの代わりにうちに弁償をするか、あんたを殺さなきゃならないんだ!」
アイリスはしまった、と唇を噛みしめた。
うつむいたアイリスを見て、リーラの叔母さんはニヤニヤと笑った。
「なんだい、あんたみたいな孤児が泣いて許してもらえるのは、相手がギースのお坊ちゃんの時ぐらいだよ」
村長の招集の話と、家畜泥棒の件を同列に語るべきではなかった。
泣きはしないが、後悔する。
家畜泥棒は例えその疑いが晴れずとも、アイリス一人が処刑されれば問題は片付く。
けれど、村長の招集は村の防衛に関わり、ともすれば村人全員の命に関係してくる問題だ。
この問題の解決に全力を注がなければならない。村に養われる村人の一人として。
アイリスは慎重に言葉を選んだ。
「……村長の招集があります。半刻後、広場へ集まってください」
「なんだい、言い返せないのかい? アイリス」
家畜泥棒の件を口に出すと、ややこしいことになりそうだった。
さすがに生まれてからずっと同じ村で暮らしているのだ。リーラの叔母さんの人となりを、アイリスも理解している。
「村長の招集があります。半刻後、広場へ集まってください」
「否定しないってことは、認めるんだね? 認めるんだね! おーいみんな! この子は盗人だよ! 人んちの羊を台無しにした大泥棒だよ!!」
リーラの叔母さんは村中に響き渡るような大声で叫んだ。
「認めたんだ! 否定しないんだ! アイリスは家畜泥棒だ!」
「村長の招集があります。半刻後、広場へ集まってください」
「ああ、行くよ。この事実を、みんなに聞かせなきゃならないしね」
嬉しそうな顔をしてリーラの叔母さんが言うのを聞いて、アイリスはほっとした。
村中の人間に危険を周知徹底しなくてはならない。
アイリスやリーラのような孤児ならとにかく、普通の村人が危険を知らずに行方知らずになったとなれば、捜索隊を出す必要が出てくるかもしれない。
……そうしないと、親戚連中が騒ぐからだ。愛と血で結ばれた彼らをなだめるのは村長にとって大きな負担だ。
村にとって損失になるとわかっているのかいないのか、彼らは例え損失を出してでも家族を助けろと叫び喚く。
捜索隊を出す価値がある人間ならとにかく……いや、そうした親戚がいる時点で彼らには恐らく価値があるのだろう。
(価値がなのはたぶん私とリーラぐらい……ううん、リーラには叔母さんがいるし、私くらい)
と、アイリスがふと考えた時、家の中にちらっとリーラの姿が見えた。
少し見えただけだった。アイリスに気づいているのか、すぐに部屋の奥に引っ込んでしまったから。
けれど、アイリスの目にはリーラの顔には一つの青あざも見当たらなかった。
殴られたとしても動ける程度、顔は無傷、身体も軽症なんだろう。
(……よかった)
もう一度ほっとしてから、アイリスはやるべきことのために動き出した。