祈りの決断
暗い納屋で目が覚めると、身体が自由に動かなかった。
アイリスの手足は荒縄で厳重に縛られていたのだ。
ギースの指示だろうか。気絶させるだけでは足りないと思ったらしい。
彼の念の入れようにアイリスは思わず舌を巻いていた。
アイリスから見て、ギースはとても迂闊で目の行き届かない、力の足りない人間に見えていた。
普通の村人がそうであったならば、アイリスは何も思わなかっただろうけれど――彼は父親である村長によって、次の村長と目されていたから、もっと力をつけるべきだと考えていた。
いつの間にか、アイリスが望んだように、ギースはこれだけの注意を払えるようになっていた。
これなら、彼が治める村の行く末は安泰と言っていいだろう。
村長も一安心に違いない。……けれども、アイリスは彼の成長を喜べなかった。
「リーラ……!」
アイリスは、ギースの思惑通りに大人しくしていようとは思えなかった。
「っ、く、ぅ、……っ!」
アイリスは、縄に戒められた身体を捩った。するとそれだけで、縄からはミシミシという音がする。
アイリスは、恐らく村の中でも一、二を争うほど力が強い……と自分では思っている。
恐らく、と付くのは、直接誰かと力比べをしたことがないからだ。
だが、村一番の力持ちとされている狩人のダヴィが顔が真っ赤になるほどの力を込めて持ち上げていた大岩は、アイリスも持ち上げることができた。
アイリスは誰かと力を尽くして争ったことはない。
それに危険な仕事を任されることはあっても、アイリスが年若い少女だという理由で、殊更力が必要な仕事を割り振られるということもない。
大岩を持ち上げたのは、村の男たちが力比べに飽きて他の場所へ行ってから試したことだったので、アイリスの力のことを誰も知らないはずだ。けれど――
「ぐ、ぅっ、抜け、なぃ……!」
アイリスに、多少の力はあるだろうと察することは誰にでもできたのかもしれない。
それでも特段の力を示したことはないはずだ。
それなのに縄は強く固く結びつけられていた。息をすることさえ苦しいほどに――その息苦しさのおかげで目が覚めたようなものだった。
ギースは、アイリスをもっと力のない、こんな縄の戒めには耐えられないようなか弱い女性として扱っているのに、どうしてこれほどに強く縛り付けたのだろう。必要ないと考えているはずなのに。
(こんなことができたのね……ギース)
アイリスは、感心してしまった。
アイリスをここに縛り付けたいという、その感情については未だに理解しがたい。
けれど、アイリスをここに釘付けにするという目的を達成するために、情けを捨てるこのやり方には共感を覚えた。
アイリスがギースに対して初めて覚える共感だった。
「ならっ――|火よ≪ファイア≫! ……っ!?」
アイリスの掌が燃え、縄に火が移る。
すると、熱さを感じた。掌の炎からは熱を感じないが、縄に燃え移った後の火はアイリスの支配から抜けていた。
「~~~~っ!!」
アイリスは、身を焼く火の熱さに耐え悲鳴を堪えた。奥歯を噛みしめ全身を震わせる。
熱い、痛い。きっと痛覚は普通の人間と変わらない。
けれどアイリスは、普通の人間とは違い――目的を阻害しない痛みになら、耐えられる。
自らを戒める縄が火に焼かれ緩んだと同時に、アイリスは背中に燃え移った火を沈下するため新たな呪文を唱えながら転げ回った。
「|水よ≪ウォータ≫――ッ」
ジュッ、という音と共に火が消し止められ、壮絶な痒みに似た痛みが肌を撫でる感覚が和らぐ。
痛みがなくなるわけではなく、そこに新たな心臓でもできてしまったかのように肌が脈打つのを感じた。そのたびに激しい痛みを覚え、身体が我知らず震えた。
だが、意識的に奥歯を噛みしめて、噛みしめて噛みしめてどうにか、痛みに支配されそうになる意識を余所へ向けることに成功した。
アイリスが己を焼きながらも縄から脱出した、理由がある。
「……リーラを、助けなきゃ」
痛いけれど、身体は動く。動くたびに痛いけれど、呼吸をするたびに引きつるのが、たまらなく嫌だけれど、それでも。
歩くのに支障はない。痛みにさえ耐えられるのであれば、動けるのだ。
そして動けるのであれば、アイリスにとって痛みは問題ではない――深呼吸の後、アイリスは目に涙を浮かべながら、改めて呪文を唱えた。
「|土よ≪アース≫」
アイリスは拳に土をまとわりつかせた。
己にできることとできないことを見極めるために、アイリスは自分の力について常々把握するよう心掛けている。
アラルドに魔法を教えられた後は、その力について実験していた。
拳に土を被せておけばグローブの代わりになることがわかっている。
一発殴れば土はボロボロに崩れてしまうけれど、一発だけなら拳を傷つけずに済む。
準備を整えたアイリスは、そのまま無言で、力一杯、扉を殴った。
ドゴンッ、と音を立てた扉は、アイリスの拳一つで大きくひしゃげた。
「おい!? 何が起きた!?」
外の見張りが慌てた声で騒いでいる。アイリスは再び呪文を唱えた。
「|土よ≪アース≫」
唱えれば、拳が土に覆われる。アラルドはたったこれだけのことしかできないのかとアイリスを馬鹿にしていたけれど、これだけでも、魔法は十分アイリスの力になってくれている。
普通、アイリスが持てる力の全てで固いものを殴れば、アイリスの拳は一瞬で壊れてしまうからだ。
けれど、この魔法のお陰でアイリスの拳は多少関節が赤くなっているくらいで、皮がずるりと剥けることも、骨が折れることもない。
「アイリス!? どうやって縄を――ッ」
「ごめんなさいっ!」
アイリスは謝りながら立ちはだかった見張りの腹に拳を叩き込んだ。胃から絞り出すような音を喉で立て、青年はあっという間にその場に沈んだ。
力加減はしたつもりだが、彼は死んだように動かない。
「……ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
アイリスは謝りながらその場を走り去った。目的地は決まっている。化け物のいる、あの沼地だ。
きっとリーラはそこへ連れて行かれているだろう――走りながら、アイリスは自身の身体の異変を感じた。
「震え、てる?」
己ての手を見下ろしてアイリスは思わず呟いた。不思議だったのだ。
震えが痛みから来るものであったなら、アイリスはこれほど不思議には思わなかっただろう。
痛みは、気づけば鈍く、遠いものに感じられていた。
火傷が治ったわけではないが、今、目的のために動いているアイリスには関係のないものだと、アイリスの頭のどこかが処理して感じづらくなっている。
アイリスにとって不思議だったのは、己の行動についてだ。
何の理由もなく、村人に手を出すのはこれが初めてだ。
正確に言うのであれば理由はあるが――こんなにも自分勝手な、感情的で、村に不利益をもたらすような理由では、本当に初めてのことだった。
己が正しくないことをしているのだとわかっているのに、そうせずにはいられない。
――それがとてつもなく恐ろしくて、震えているのだ。
「私、何をしているのかしら……っ」
自分でもわけがわからない。それなのに、沼地へ向かう足だけは止まるどころか、心の焦りを表すかのように速く、速く駆けていく。
村は暗かったが、沼地の周りは昼間のように煌々と明るかった。
松明を掲げた人々が大勢集まっていたからだ。
彼らの視線の先にはギースと、村長と、リーラのおばさんがいた。
おばさんは大きな声をあげて泣いていた。村長に縋り、ギースに縋り、村長のところへ戻り――村長が首を横に振るのを見て、再びギースに縋って泣いていた。
アイリスは忙しく視線を走らせリーラの姿を探しながら、集まる人々を押しのけて彼らに近づいた。
人の垣根から姿を現したアイリスを見て、ギースは顔を顰めたが、そこまで驚いてはいなかった。
ギースが口を開こうとした――けれどそれを遮るようにリーラのおばさんが叫んだ。
「本当はあんたが行くはずだったのに! どうしてだい!? なんでうちのリーラが……ああああああああああっ!」
リーラの叔母さんの言葉で、既にリーラが魔物の出る恐ろしい洞窟の中に入れられてしまったのだとわかった。
すぐにでも、リーラのところへ行かなくてはならない。
けれどアイリスの行く手を阻む人々が、そこには大勢立ち並んでいた。
ギースは足を止めたアイリスをちらりと見てから、現状を説明するようにリーラの叔母さんに絶望的な宣告をする。
「何度も説明してやっただろう、タスクさん。アイリスは村の役に立つが、リーラは何の役にも立たない、お荷物だからだ。タスクさん以外の村のみんながオレの意見に賛同してくれた」
「そんなことはない! あの子はあたしの姪だよ!」
「ただの穀潰しだろう? いなくなってあんただってせいせいしただろう、なあ!?」
「そんなわけないだろう!? 大馬鹿ひよっこギースめ! リーラはあたしの可愛い姪っこなんだ!」
リーラの叔母さんは、己の髪の毛をかきむしりながら泣き叫んだ。
「役に立つとか立たないとか、そんなのは関係ないんだ!!!」
アイリスは、生まれて初めて、リーラの叔母さんの言葉を理解できたような気がした。
ふらり、と足を踏み出したアイリスの姿を見て、ギースがリーラの叔母さんから顔を逸らしてアイリスを睨んだ。
「おい、動くな。そこで止まれ!」
「嫌よ……リーラを助けに行かなくちゃ」
「アイリス、おまえを助けるためにわざわざ別の生贄を捧げたっていうのに……行かせると思うか?」
「行かせてもらうわ」
「オレは! おまえを助けたいんだよ!!」
「そう……ありがとう。でも、私はリーラを助けたいわ」
「言っても聞かねえか……おまえは昔からいつもそうだったよな、アイリス!」
ギースが片手をあげると、周囲の男たちが一斉にアイリスを取り囲んだ。
洞窟への入り口はあっという間に封鎖される。
「おまえにとって、オレは取るに足らない存在なんだろう……だから話を聞く価値もないってわけだ。……昔からそう! おまえにとって、オレの言葉は、リーラの言葉にさえも劣る……だがな!? オレは絶対におまえの命を諦めないからなっ!」
泣きそうな顔をしてギースは叫んだ。アイリスは彼を、取るに足らない存在だなどと思っていない。
村長のたった一人の息子。この村の次期村長。アイリスが命を懸けてでも守り、支えるべき存在――けれど、これがギースの求める答えでないことくらいは、なんとなく気づいている。
「……今日ばかりは私だって、諦められないわ!」
叫びながら、アイリスは踏み出すと、右側に無手で立っていた男の懐に入り込み、躊躇いその腹に拳をめり込ませた。
男はくぐもった声をあげて倒れると、無言のまま悶絶する。
倒れた男を見て、他の男が呆れた顔をして怒鳴った。
「女に負けるなんて情けねえ! どういう鍛え方をしてんだ、軟弱野郎!」
「いやっ、アイリスが女だからと油断するな! これまでに見てきたアイリスと同等の強さだと思うな……アイリスは、オレたち相手に手加減していたんだからな!」
口に唾してギースが声を張り上げた。アイリスは驚いた。
「気づいていたの、ギース?」
「……気づかずにいられるかよ。クソッ、やっぱり、そうだったか」
はっきりと気づいていたわけではなかったらしい。確証を与えてしまったのをアイリスは少しだけ悔やんだけれど、すぐに気持ちを切り替えた。
「お願いだから引いてくれないかしら……治らない怪我をさせたくないの」
「なめるなよ、アイリス!」
斜め左後ろに立っていた男が、容赦なくアイリスの首筋へ向けて、手にしていた棍棒を振るった。
ギースが「やめろ殺す気か!?」と叫んでいるのを聞きながら、アイリスは腰をかがめた。時間がゆっくりと感じられる。予測していた通りに彼らが動いてくれるからだろうか?
人間はアイリスにとって、信じられないほど難解なこともあれば、恐ろしいほどわかりやすいこともある。
戦っている時の彼らの動きほど、アイリスにとってわかりやすいものはなかった。彼らが身に纏う筋肉が許す動きしか、彼らはできないししない。体重の移動、重心の位置、視線の配り方、身体には決して動かせない部分がある。
風切り音を耳にしつつ、身を屈めてアイリスの頭を大きくへこませようとした棍棒を避けた。
アイリスはそのまま重心を移し、腰を捻りって回し蹴りを後ろに立つ男の動けない胴体に喰らわせる。
「うぐぁっ!?」
「囲めよ! 慎重に近づいて取り押さえろ! どうしてできない、多勢に無勢なんだぞ!?」
ギースが喚き散らす。長い間一緒に暮らしてきただけあって、ギースはアイリスを理解していた。
アイリスにとっては散り散りに飛びかかってこられるように、一斉に詰め寄られる方がきつい。
いくら力が強いとはいえ、その身体を使って動きを封じられてしまえば、傷つけずにその包囲網を突破するのは至難だろう。
けれど、まだギースの命令が上手く行き届かないらしい。
男たちはギースの言葉を無視し、各々の判断でアイリスを捕まえようとしていた。アイリスにとってはありがたいことに。
しかしアイリスの肩を掴もうと腕を繰り出してきた狩人のダヴィの太い腕を掴み取り、アイリスは躊躇った。
彼を無力化するには関節を折るのが一番だけれど、折ってしまえば今後の彼の生活に支障が出る――それは決定的な隙となった。
「もらったァッ!」
「ぁぐっ!?」
肩甲骨の下、心臓の真裏を拳で殴られアイリスの呼吸が止まる。視界が歪んだ。暗い地面が急に近づいてくるような錯覚――このままでは倒れてしまう。
(もしも私がここで倒れたら、誰がリーラを助けてくれるの?)
重たい足を無理やり前に踏み出して、踏ん張った。
アイリスは、自問した。自分は何のためにここにいるのか?
答えは明確だった。リーラを助けに来たのだ。
誰かに邪魔をされて諦めるくらいなら、ギースに納屋に閉じ込められた格好のまま、じっとしていればよかったのだ。
「アイリス、諦めろ! この村の誰もがあんな怠け者よりアイリスに生きてほしいと願っているのじゃ! おまえはよくやった、できる限りのことをした。これは仕方のないこと、これでよかったのじゃ――」
これまで黙って成り行きを見守っていた村長が、アイリスを慰めるように言う。
リーラのために頑張ったのだと、義理を果たしたのだと、そんな風に思ってもらいたくてここに来たわけではない。
ここにいる目的は? 何?
村のみんなに認めてもらうこと? なめられないようにすること?
誰も傷つけないようにすること? 孤児として村の役に立つこと?
――違う。
優先順位を間違えてはいけない。
(私は、リーラのためにここにいる!)
歯を食いしばり、逃れかけていた狩人の腕を掴んで、アイリスは地を蹴った。
アイリスは宙を舞った。狩人のダヴィは呆然と、己の腕にしがみついたままのアイリスの軌道を見上げていた。
「ぐぅっあっあああああああああ!?」
狩人の腕を掴んだまま宙で身体を捻ったアイリスの身体が、慣性に従い落ちていき――その肩と腕の関節はあらぬ向きへと折れ曲がった。狩人が絶叫して暗い草叢に倒れ伏す。
アイリスの与える力に逆らわず倒れていれば、決定的な怪我を負うことはなかった。
だが、狩人は踏ん張ってしまった。
遂に取り返しのつかない怪我を負わせてしまった。アイリスは震えた。
「アイリスぅううううう貴様あああああああああっうわあああああああっ!!!!」
狩人の男、ダヴィが、この村で最も力が強いとされていた男が壊れた己の腕を抱えてもがき叫んだ。
それを見て、アイリスを包囲していた男たちが足を止めて、アイリスから距離を取り始めた。怖じ気づいたのだろう。アイリスにとってはその方がありがたかった。怪我をさせたくてさせたわけではない。
「アイリス! なんてことをするんだ!?」
ギースが顔を青くして叫ぶ。当然だろう、村にとって大事な、代わりのいない狩人の負傷だ。
村に責任を負う立場の人間として、顔色をなくしてあたりまえのことだった。
「狩人の仕事ができなくなったら! ダヴィは生きていけなくなる! 恩恵に与っているオレたちもだ! わかってるのかアイリス!?」
「……リーラを殺そうとしておいて、それを阻もうとする私と敵対しておいて、どうして傷つかずにいられると思っているの?」
アイリスはリーラを助けたいという意思を表明した。
そして実力行使にさえ出ると示してから、怪我をさせたくないから手向かってこないでほしいとお願いをした。
けれど、アイリスが引いた線を越えて、踏み込んできたのはギースたちだ。
……アイリスの、身体も、言葉も、震えていた。己の考えに、己の心が納得していないのかもしれない。だから震えているのかもしれない。
そんなアイリスが口にする説明で、ギースが納得するはずもなかった。
「いきなりどうしたんだ、アイリス!? おまえはいつだって村に忠実だったじゃないか? ……おまえを好きでいるのが嫌になるぐらいに!」
ギースが痛みに呻く狩人の腕を支えながら叫ぶ。
「オレを、村の長と認められないから、だからなのか? オレの決定には従えないと言うのか? 親父の言葉になら従えるのか!?」
「違うわ……」
「何が違う!? おまえとリーラを蔑ろにする村の方針に、率先して従ってきたのはおまえなのに。今更、どうしてリーラの命を惜しむ!?」
「――そうね。私、矛盾しているわ」
私は間違っている、とアイリスは小さく呟いた。
自分がやっていることが、自分の中にある規範から大きく外れているのはわかっていた。嫌というほどに、身体が震えて止まらなくなるほどにだ。
これまで通してきた筋にそぐわない。例外はあってはならないとも思う。
愚かなことをしようとしている――そんな自分を止められない。
恐かった――けれど不思議なことに、そんな自分自身の恐怖に満ちた状態が、アイリスには少しだけ嬉しかった。
「みんな、変なことをしていると思っていたわ……リーラの気持ちが、わからなかった。でも、今ならわかるわ。リーラも、こんな気持ちだったのかもしれないって」
「何を言ってるんだよ、バカが! ――もういい! オレが相手する!」
狩人を他の人に預けると、ギースは自らアイリスの前に対峙した。
ギースに対してどのような対処をするべきか、アイリスは迷った。彼は次期村長。この村になくてはならない人。
狩人も勿論、村にとって必要な人だ。けれど、ギースの必要度は更に上だ。アイリスの中では、の話だけれど。
……狩人のように怪我をさせてよいものか。踏ん切りがつかず、迷って足踏みをしていたアイリスの前で、ギースが横にぶれた。
ギースは吹っ飛んでいた。いつしか泣き止んでいたリーラの叔母さんが、ギースの横っ腹に飛びついたのだ。
「行ってくれ、アイリス! あたしがこいつらを止めてみせるから!」
「邪魔をするな、タスクさん……っ! クソ、重い……! 誰かタスクさんをどけてくれ!」
「お願いだよアイリス! リーラを助けてあげておくれ! あの子はあたしの可愛い可愛い姪っ子なんだ!!!」
リーラの叔母さんが、リーラのために身を挺している。
アイリスは、これまで決して好意を抱いてはいなかったリーラの叔母さんに対して、胸が潰れるような愛おしさを覚えて涙ぐみながら応えた。
「ええ、勿論……リーラを助けてくるわ! 絶対に!」
「ありがとう……アイリス、あんただけが頼りだ……!」
「おばさんも、ありがとう」
心がこれまでにない不規則な動きをしたせいで、アイリスは過ちを犯そうとしている。
けれど、想像もしたことがないような気持ちを味わうことができた。
(おばさんに対してこんな気持ちを抱くことがあるだなんて!)
恐らくこれが、普通の人間の世界なのかもしれない。
変わり者のアイリスが、これまで理解できていなかったものが、これなのだろう。
「行ってくるわね!」
リーラの叔母さんとリーラ以外、誰も望ない行動を、アイリスは自分のために行わずにはいられなかった。
これは過ちなのかもしれない。
それでも、祈り、願わずにはいられないのが人間の性なのだろう。
その性がこれほど愛おしいのだから――この行動を、決して後悔はするまいと、アイリスは独り胸に誓った。




