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正しい考え

アラルドに案内されて、明るい内に洞穴――荒ぶる神の廟へと連れていってもらったアイリスは、突如現れた不思議な青白く光る洞窟を眺めつつも、感心は別のところに向かっていた。

 アイリスは、洞窟の外でこちらを窺っている人たちのことが気になって仕方がなかった。


(あのリーラのおばさんでさえアラルドにうっとりしてる!!)


 びっくりして、アイリスは洞窟を出てからもついてくる女の人たちの中にいるリーラのおばさんを、何度も何度も見てしまった。

 彼女はアイリスに何度見られても気づかない様子で、アラルドの顔をうっとりと見つめ、アラルドに視線を向けられると顔を赤らめていた。


「あ……あなたってとてもとてもすごい人なのね、アラルド」

「何に感心しているのやら。君、ちょっと変わってるって言われない?」

「……たまに」


 つい先日、村長にも変だと言われたばっかりだ。

 村長に言われ、外から来たアラルドにも言われたということは、アイリスの何かが風変りではあるのだろう。


「たまに、ね。きっとこの村の人間すべてがそう思っているはずだ。君は変で、どこかおかしいって」


 アラルドは、最近アイリスだけに見せるようになった嘲笑を帯びた笑みを浮かべつつそう言った。

 そこから、アイリスは推測した。


「……そういう言い方をするってことは、つまり、それってよくないことなのね?」

「そうは思わない? 他の人間とは違う、他の人間からも違うと思われてる、みんなと一緒ではないということ――それは君たち人間にとって耐えがたいことのはずだけど」

「そうかしら?」

「……君は幼すぎて、まだ自分の気持ちに気づいていないだけなんじゃないかな?」


 そうかしら……と呟きながら、アイリスは歩き続けた。村から更に離れた場所へと歩いてくると、さすがについてくる人はいなくなった。


 今、洞窟の中に入ると、まだ早いのに……神がアイリスを生贄と勘違いして食ってしまうかもしれないという。

 近いうちに自分を食らう神について知ろうと、アイリスはアラルドを仰いだ。


「そんなことより、洞窟の中がどうなっているのか、もし知っていたら教えてくれない?」

「いいとも。君が村中の人間に気味悪がられていても僕には関係のないことだしね――」


 気味悪いと思っている人間は確かにいるかもしれない。

 けれど、アイリスは別にすべての人間にそう思われているわけではないことを知っていた。

 だから彼の言葉の内容が心にどう響くこともなかったけれど……ちょっとした疑問がわいて、アイリスは聞いてみたくてたまらなくなった。

 けれど、アラルドは洞窟の話を初めてしまった。


「この洞窟はだいたい六人の人間がちょうど横に並んで歩いて行けるぐらいの幅でずっと伸びているんだ。中は異空間で、この空間とは切り離されている。最奥には――荒ぶる神の核があって、君はそこで身を捧げることになるだろう。そうすることで核は成長する」

「ありがとう、ええと、聞いてもいい?」

「どうぞ、アイリス」

「あの……あなたは私のことを気味悪いと思う?」

「――さあ? 何かを感じるほど君のことを知らない」

「そう? でも、村の人たちは気味悪いと思っているかもしれないという言い方で――何かを私にわからせようとしたでしょう? それが何を意味するのか知りたいんだけど」

「……えーと、どういう意味かな?」


 片手間に応えようとしていたアラルドが、困惑したような顔つきで、アイリスに改めて向き直った。

 アイリスは、どう伝えればわかってもらえるのだろうと首をひねりつつ、身振りを合わせて説明した。


「その、そういうことはよくあるのよ。誰かが何かを伝えようとして、直接的ではない表現で私に――その、村の人から言葉をかけられることがあるの。そういう時、あの人たちが何を言いたいのか私、わからなくて……怒らせてしまうの。それってどういう意味なのかすごく知りたいのに、わからないってことでもう怒らせてしまっているから、聞けなくて」

「僕も怒っているかもしれないのに、聞くのかい?」

「あなたは怒っていないじゃない」

「そうかな? 上手く気持ちを隠しているかもしれないだろう?」

「え? そう? でも……そうは思えないけど」


 だからこそ、アイリスはアラルドに聞いてみようという気になったのだ。

 村の人たちのように伝わらなかったことを嘆くでも、怒るでもない。

 アラルドはほとんどアイリスの応えに興味がないようだし、どちらかというと――今は尋ねられたことを面白がる雰囲気すらあった。


「まあ、いいか。確かに怒っていないから、教えてあげてもいいけれど――僕は君を傷つけようとしたんだよ」

「えっ、どうして?」

「ただなんとなく」

「なんとなく!?」


 アイリスは唖然とした。気に入らないから傷つける、ということすらアイリスには理解できないことが多いのに。


「特に理由もないのに、どうして人を傷つけようとしたの? それってやってはいけないことじゃない?」

「そうだろうね。人間の道徳的には悪いこととされているね」

「わかっているのに、何故やるの?」

「わかっていたらどうしてやらないと思うんだい?」

「え? え?」

「――アイリス、君はものすごく変だし、面白いぐらいおかしいね。その様子だと、君はそうしたいと思ったことがないんだろう」


 アラルドがくつくつと笑う。表裏のない、本当におかしそうな笑顔だった。

 いつもこんな感じなら、奇妙で言いようのない不快感を感じはしないだろうとアイリスは思った。


「怒りや憎しみ、苛立ちや傲慢さ、誇りや弱さ、臆病さや勇敢さや――様々な理由で人間は人間を傷つけようとする。それが悪いことだとわかっていてもね。やってしまうんだよ。自分を止めることができないんだ。傷つけたくてたまらなくなる時がある」

「その、理由があるのならなんとなくわかるわ。だけど、あなたは」

「ただなんとなくだなんておかしいって? 僕だけじゃないよ。そんなのはよくあることさ」

「何故? そういうことをしちゃだめだって、みんなで掟を決めているのに」

「不思議だろう? 僕もそう思うよ」

「どうしてなの? 理由は本当に何もないの?」

「……僕の場合は、しいていうなら、退屈だからかな」

「た、たいくつ」


 アイリスは混乱しながらも、周りの様子を窺った。

 みんなの神官様が、こんなことを言っているのは聞かれない方がいいに違いない。


 アイリスが見たところ、周りに人はいなかった。

 アイリスはなんとか考えをまとめて、浮かんだ疑問をアラルドに訊ねた。


「あの……でも、みんながそうやって誰かを傷つけていたら、村や、町も、国も、成り立たないんじゃない?」

「そうだね……確かに君の言う通りだ。だから、恐らく、僕のような人間はあまり多くはないんだろうね」

「よくあることって言ったじゃない」

「よくあることだよ。強弱はあれ。君をあてこすった人間はがっかりしただろうね。君が思った通りに傷ついたり悲しんだりしなかったから」

「……もし、そんな理由で怒っていたとしたら、それは勝手だと思うわ」

「でも、君にも言われる原因があると思うよ? 確実に。例え君が、犯罪的な非をなしてはいなかったとしても、君は時折とても無神経になるんじゃないかい?」

 

 アラルドはまるで見てきたかのように言う。

 恐らく、当たっているのだろうと思ったアイリスが不満げに唇を尖らせると、またアラルドはくつくつと笑った。 


「面白いな……君みたいな人間はあまり見たことがない。成長してからそういう考え方を身に着けるなら、とにかく――こんなに小さな村じゃ浮くだろうね」

「そんなに悪いこと? やるべきことをして、やるべきじゃないことをしない、そうあるべきだって考えているから、傷つけられるだなんて夢にも思わないのよ。……そう考えることは、悪いことかしら?」

「いいや? 別に僕は悪いとは思わないけど」


 アラルドは言葉を切って、視線でアイリスの後方を示した。

 アイリスが振り返ると、村の方からこちらを見ているリーラの姿があった。


「――確実に、そういう君を憎んでいる人間はいるだろう」


 いっておいで、と耳元でささやかれて、背中を押される。

 ちらりと振り返ったアラルドは、この上なく楽しそうで――愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。



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