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魔王の息子



 「どっ」

 私を肉呼ばわりした恐ろしい方の悪魔に睨まれながら、私はどうにか口を開けた。

 「どなた、あれ」

 「八城。魔王の息子だよ」

 「…っ、似てないよ!?」

 「亡くなった奥さん似だからな」

 「いや、そういう問題じゃ」

 南鳥と一己、魔王と八城、並んで歩いていたって兄弟もしくは親子と思う人はいないだろう。悪魔にはあまりDNAというものはないのだろうか。などと呑気に考えていると。

 

 -どんっ!


 轟音に呑気な会話が止まる。すごい勢いで襲いかかってきた八城を、南鳥が剣で押し止めた。お互いすごい殺気だ。

 「何だ、南鳥…そこを退け!あれは俺の肉だ!」

 「黙れ、お前こそ落ち着け八城」

 何だろう、すごい殺気なのに距離が近く感じる。

 「2人は…まさかお友達?」

 「つうか腐れ縁に近いな。産まれたときからほぼ一緒だし。つうか俺もだけど」

 「ええ!?」

 ということは幼なじみか、ずいぶん仲悪そうだけど、など考えていると、一己が私を高く抱き直して、八城に向かって口を大きく開けた。

 「おい、八城落ち着け!これはお前の肉じゃない剣だ!」

 「…っ、剣だと?」

 「ほら、よく見ろ」

 そう一己が諭した途端、すごい勢いで八城が私の顔に向かって突っ込んでくる。近い、ていうか近すぎる。私はまた恐怖で一己の頭にしがみついていると、彼はさんざん私の顔を見るとようやく歪んだ笑みを浮かべた。

 「何だ、では食えないな。まあ、どちらにしても俺のものだな。おい、お前。俺と一緒に来い」

 「え、嫌だ」

 私が即答すると、八城は笑顔のまま顔が固まり、一己は吹き出し、気が抜けたのか南鳥はまた寝そうだった。八城はよほど剣が欲しいのか、あいかわらず笑みを浮かべている。

 「先日は、大人しく俺のものになっていただろう。どういう心境の変化だ」

 「あのときは…っ、ちょっと、色々あったから。もう、あんなことさせないよ。この下手くそ」

 「下手くそだと!?」

 「あーはっはっは!はっはっはっは!!」

 とうとう一己が我慢できずに爆笑しだし、殺気だった八城が彼を睨みつけると、南鳥が寝ぼけながらも、いつでもかばえるところまで飛んできた。お兄ちゃんだな、と感心する。と、今は、自分の言い合いだ。

 「っ…分かった。そこまで言うなら、今度こそ、お前を俺なしでいられないような体に」


 ぱしっ!


 綺麗なビンタが決まったな、私は荒く深呼吸した。ちょっとだけすっきりした。

 「私はそんなに貞操概念ないし、もうあんたもそんなに怖くない。でも、あんたのものだけには絶対ならない」

 ちょっと虚勢を張った。震える唇でどうにか言いたいことは全部言った。すると八城が震えだし、南鳥が私たちの頭を勢いよく抱いた。

 「伏せろ!!」


 -だあああああああん!!


 耳が裂けるような轟音の後、私は耳を疑った。魔王の城が後方もなく吹っ飛び、周りの木々も倒れ焼かれ異臭を放っている。再び私はつま先からてっぺんまで震えあがるが、八城の怒りは明らかすぎた。

 「着様ああああああああ!!」

 「きゃああああああ!!」

 「南鳥!」

 「分かってる、しっかり掴まってろ」

 南鳥の黒い羽が巨大になり、私たちを包んでくれると、そこで、私の意識は手放された。



 まどろむような眠りから目が覚めると、右に眠る南鳥、左に口開けて眠る一己がいて、私は驚いたけど、もう一度眠った。


 木造の可愛らしい家、魔王城があった場所だったところから歩いていけるほどの場所、2人の仮住まいらしい。台所に立ち、ずっと朝食の準備をしてくれているのは一己だった。意外と家庭的らしい。並んだ美味しそうな朝食に、私はすごい勢いで手が伸びそうだったが、ちょっと待てと制止した。

 「…ご、ごめんなさい」

 私が頭を深く下げると、スープを冷ましていた2人がこちらを見る。

 「八城を怒らせて…軽率でした」

 「お前、そんなこと気にしてんの?魔王城なんて、あいつが壊し過ぎてもう6代目だぞ」

 「え!?…っ、あ、いや、でも、2人を危ない目に」

 「俺も一己も、あいつを物心つく前から知ってるんだ。キレたあいつから逃げるなんて、日常茶飯事だぞ。無傷でいられただけありがたい」

 「でも…でも…私、空も飛べないし、力も使えないし」

 「そりゃそうだろ。お前、剣なんだから」

 「そんなことよりも」

 ふわりと、南鳥が私の両頬に手をあてる。前髪が長すぎて分からなかったけど、この人、こんなに優しくて綺麗な目をしてたんだ。あんなに殺気を放っていたのが嘘みたい。

 「あんたの方こそ、自分をもう少し大事にしてやれ。俺らはお前を守るように王に言われているから、謝ることも、感謝することもない。仕事なんだ」

 「でも…断っても…」

 「断る?なんでだよ。八城に怒鳴った上、ひっぱたいた女なんて俺、初めて見たぜ。あれであと3日は笑えるわ。一緒にいるよ。お前、おもしれえから」

 「…っ…」

 もう泣かないって決めたのに、ぼろぼろ、蛇口が壊れたみたいに泣く。向かいで驚いた2人が立ちあがるから、私は思い切り南鳥のシャツにしがみついた。

 仕事、面白い、ただ、それだけ、でも守ってもらってる、それだけでもう、ただ、ありがたかった。ようやく涙が止まると、ずっと南鳥にしがみついていることに気付く。もう大丈夫だと言うが彼は離さない。さすがに恥ずかしくなっていると、一己が笑っていることに気付いた。私が身をよじらせて南鳥の顔を見ると、やっぱり、寝ていた。私も笑った。



 さて、お腹一杯になりました。

 「ということで。こんな狭い家で暮らしては、若い男2人女1人で間違いがないわけないので、今後のことを話し合いたいと思います」

 「「わー」」

 一己が気分で眼鏡をかけ、私と南鳥がやる気なく拍手する。南鳥はまた寝そうだけど、最初から参加させるつもりもないらしい一己は、私にだけ顔を向けていた。

 「お前は魔族でもないし、おまけに人間でもありません。人間界にいては殺され、魔界にいては八城に剣にされるでしょう。行きたければ魔界ライフがベストですが、八城から逃げながら生活することは不可能です。あの男はものすごく執念深いので。魔力もなく、この世界のコネもない、そうなるともう身売りしかありませんが、早矢さんは胸がだいぶん足りません」

 「先生、なんてこというんですか」

 「黙りなさい、そして牛乳に相談しなさい。さて、話題を戻します。早矢さん、自分の足を見て下さい」

 「はい、先生」

 言われるまま自分の足を見ると、私は喉の奥で叫び過ぎて、ものすごく咳き込んだ。なかった。私の両足の靴を履く部分がなかった。足の感覚があるのに足がない。

 「やはり、気付きませんでしたか」

 「ぜんっぜん気付きませんでした!先生、いつからですか!?」

 「朝起きたときからです」

 「早く言いましょうよ!呑気に泣いて呑気にもりもり食べてましたよ!」

 私が半泣きでぎゃあぎゃあ抗議している中、あいかわらず南鳥は安らかに眠っている。こんな騒がしい中よく眠れるなと思いながらも、私はまだ騒がずにもいられない。

 「な、何ですかこれ、死ぬんですか!?ていうかもうむしろ死んでます!?」

 「この世界から消えようとしているのです。魔力が全くないものが魔界に来ると、こうなります」

 「ええ、先生、では私はどうすれば」

 「魔力の媒体、つまりご主人様の近くにいなければならないのです」

 「…ば、ばいたい…主人ってつまり…」

 「魔王です。まあ、要は八城です」

 「いやあああああああああ!!」

 やっぱりそうきたか、暴れる私の向かいで、一己が眼鏡を外した。教師キャラは飽きたらしい。

 「どっちにしても死ぬじゃん!もしくは死ぬより嫌な目に合うじゃん!」

 「意外と相性がよくなってくるかもよ」

 「ぶっ飛ばすよ!?あんな男…そうだ!魔王様!あの魔王様のお傍は駄目なの!?」

 「あの人はなんやかんやあって、今、ほとんど魔王の力はないんだ。実質、あいつが魔界の№1だよ」

 「そんな…」

 頭がぐらぐらしてきた、私が思わずへたりこむと、お兄ちゃんセンサーが起こしたのか、ゆらりと起きあがった南鳥が私を起こしてくれた。目をしっかりと見たまま。

 「とにかく今は、生きることを考えろ。俺たちも一緒にいてやる」

 「そ…それは心強いけど…昨日、あんだけ喧嘩売ったのに…今更、死にたくないから傍になんて…」

 「そのことなんだがな」


 だあああああああああああん!!


 こんなピンポンあったっけ、なんて現実逃避したくなるほどの轟音で、とっさに私をかばってくれただろう2人のおかげで、私たち3人は無傷だったが、家は吹っ飛んでいた。

 「あーあ、これで何軒目だよ。いいかげん魔王に請求していいかな」

 「止めろ、家ならまた俺が買ってやるから」

 私をかばいながらそんなことを言い合ってる2人の向かいで、殺気だった八城が降臨していた。朝っぱらからものすごく機嫌が悪そうだ。いやご機嫌でも怖いけども。

 「やっと見つけたぞ、俺の剣。さあ、俺と一緒に来い」

 「きっ」

 震えながら、私は脳内で必死で計算式を立てていた。

 「いいけど、条件がある」

 「条件だと?」

 「私に触らない、この2人も一緒にいる、これを飲んでくれるなら、ついていく」

 「却下。お前を肉扱いするのはまあ我慢してやってもいいが、その2人は要らん。もう顔も見飽きた」

 「じゃあ、私もついていかない」

 「何だと?!今すぐ、その2人を焼いてもいいんだぞ!!」

 「はっはーん」

 にやにや笑った一己が一歩前に出る。

 「ちいちゃん、危ない!」

 「大丈夫大丈夫。ずいぶん、剣にご執心だな、やっしろ君。お前、剣がなくても十分すぎるほど強いじゃねえか。実際、人間界に行ったんだって、剣を天使に壊されるくらいなら俺が壊すって飛び出していったじゃねえか」

 「何が言いたい!」

 「お手付きにするわ、とられたらブチ切れるわ、何回も取り返しにくるわ、お前、もしかして、剣に惚れちゃったんじゃねえの?」

 いやいやいやそんなまさか、苦笑する私の向かいで、八城は首まで真っ赤になった。


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