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花綴り  作者: つま先カラス
第一章 江戸
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第1.5話 後日談

 たつみ屋騒動から数日。

 ようやく謹慎が解けたという高杉・久坂・伊藤の三人は、揃ってたつみ屋を訪れ、神妙な顔で女将に頭を下げた。

「ところで、あの草月というおなごは変わった奴じゃの」

 話が一区切りしたところで、高杉は世間話のように切り出した。

「度胸のいいおなごはたくさん知っちょるが、えげれす語が話せる奴は初めてじゃ。横浜にいたことがあると聞いたが、異人の下働きでもしちょったのか?」

「さて、どうだったでしょうねえ。なにせここには色んな境遇のおなごが集まりますもので。……それに、高杉様? 女の過去を詮索するのは野暮というものでございますよ」

「っはは! それもそうじゃ、悪かったの、女将。まあ、そのうち当人から言ってくれるのを待つか」

 えー、と声を上げたのは伊藤だ。

「聞くのはナシにしても、せっかく来たんだから、会っていきましょうよ。いるんでしょ?」

 と、これは女将に聞くと、

「それが生憎と、今は日本橋の方へ使いにやっております。御用がおありでしたら、呼びにやらせましょうか」

「いや、それには及ばない」

 久坂は片手を上げて女将を制した。

「今日は詫びに来ただけだし、日本橋なら、帰りに行き会うこともあるだろうから」

 これを潮に暇を告げた。いつもより少しゆっくりした速度で通りを歩き、日本橋の中ほどに来たところで、久坂が不意に足を止めた。

「あそこにいるの、草月じゃないか?」

「えっ」

 どこですどこです、と伊藤が伸び上がって探す。だが、人並み外れて背の高い久坂と違い、伊藤の身長では目の前の人の頭しか見えない。

「こう人が多くちゃ、分かりませんよ」

「あそこだ、橋の袂にある柳の下」

「――あれか」

 橋の欄干に足をかけた高杉が、久坂の指差す方を見て言った。

 近づいて声をかけると、風呂敷を結び直していた草月は驚いて顔を上げ、三人の顔を認めるや嬉しそうに破顔した。

「高杉さん! 久坂さんと伊藤さんも! 謹慎が解けたんですね、良かった。今日はどうしたんですか」

「たつみ屋に寄って来た帰りじゃ。先日の詫びにな。おのしにも会っていこうとしたら、使いに出ちょると聞いての」

「ああ、そこの継屋さんに、修理を頼んでたお椀を受け取りに来てたんです」

 言いながら、ちょいと斜め向かいの店を指差す。

 だいぶ陽が短くなったとはいえ、まだ日差しは強い。眩しさに目を細めたそばを、歓声を上げて子供たちが走って行く。

 大店が軒を連ねる大通りには大勢の人が行き交い、そこここで、呼び込みや振り売りの威勢の良い掛け声が飛び交っている。

 その中で、なぜかその読売の声だけが、やけにはっきりと耳に飛び込んできた。

「さあさあ、今日は愉快、痛快、仮面組のお話だよ! 時はさかのぼること三日と半分。無実の罪に陥れられた女将を救うため、立ち上がった仮面組。たった三人、小伝馬町の牢屋敷へ乗り込んで行くたあ、恐れ入り谷の鬼子母神! 果たして女将を助けることができたのか? 詳しく知りたいなら、さあ、買った買った」

 口上が終わると同時、男の掲げた読売に向かって、我も我もと客が殺到している。

「なあ、あれは……」

 苦いものを噛み潰したような久坂の口調に、他の者達もそろって顔を見合わせた。

「……俺たちのこと、ですよね」

「わ、私、一枚買ってきます!」

 言うなり草月が手に入れて来た読売を、四人で一斉に覗き込む。

 『義に厚い仮面組、江戸に推参』という見出しと共に、先日の顛末が、多少の誇張と推測を交えて面白おかしく書き連ねられている。さらには役人と大立ち回りをする狐面の浪士の絵付きだ。

「『……かくして仮面組は、あっぱれ最期は潔く切腹を遂げしものなり』。……うわあ、すごいじゃないですか! 読売に載るなんて」

 読み上げた草月が、無邪気にはしゃいだ声を上げた。

「仮面組、のう。江戸っ子にしては、たいして洒落のきいた名前ではないな。話はよく書けちょるが。周布さん辺りが見たら、面白がって国元に送りそうじゃ」

「確かに」

 渋い顔をしていた久坂も、表情を和らげ、珍しく声を立てて笑った。

「周布先生ならいいですけど」

 伊藤は考えたくないというようにぶるりと体を震わせ、

「桂さんにでもばれたら、俺たちまた説教ですよ」

「あの人の説教は長いけえのう」

 はははと笑って草月と別れた三人だったが、藩邸に戻るや、すぐさまその桂の呼び出しを受けた。

 何事かと出向いた高杉らの前に、桂小五郎は黙って一枚の紙を差し出した。

 見間違えようもない。

 先ほど読んだばかりの、あの読売である。

「これは一体どういうことだ?」

 静かだが怒りを含んだ声が部屋に響く。

(ああ、また長いお説教が始まる)

 どう言いつくろうかと考えながら、三人は心の中で天を仰いだのだった。


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