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終章

  終章


数日の間、森は立ち入り禁止となっていた。理由は森林火災だった。

 軍の発表によると、有毒ガスの発生地帯でガスが引火し、火災に至ったのだという。

 森が封鎖されたことにより、西の街道が通行止めとなった。行商達ももれなくその足を止められ、一部の流通停止は地方紙の記事として報道された。

「結局、施設の存在は公にされなかったわね」

 クレールはユルゲン、ミリー夫妻を含めた歩ける魔族達を連れて辿り着いた集落で新聞を広げていた。

 町に出た者が買ってきた新聞は、集落の住人で回し読むのが定番だ。

 事件から二週間が経ち、救出した魔族達もすっかり集落での暮らしに慣れたようだった。

 丸太を切り出して作った小さな小屋が五軒ほど点在する集落だったが、今では増員に伴い増設作業中だ。

 集落の顔ぶれの中には初めてノインとティーロに会ったときに襲われていた少年と老人の姿もあった。クレールの素性に気付いていた老人からは、現在たびたびお裾分けの果物をいただいている。 

 急ごしらえで建てられた小屋で、手作りの木の椅子に腰掛けながら、クレールは新聞の内容を残念そうな顔で眺めていた。

「ユルゲン達がばら撒いたビラも、結局はデマだったってことで処理されたしな。まあ、犯行声明も出さなかったし、そんなもんだろ。隠蔽できるものは隠蔽する。それが世の常なんだから」

 犯行声明を出さなかったのは、まだこちらの戦力が少ないからだ。

 今回の作戦の目的はあくまでも魔族の救出だった。だから、あえて犯行声明は出さずに放置した。まだこちらの事情を知らない魔族達を巻き込まない為の配慮でもある。

「事実を知るのは魔族のみってね。それぞれの集落に散った彼等は真実の拡散に協力してくれるそうだから、本格的に動くのはまだ少し先になるわ」

 同じ小屋でクレールと肩を並べて新聞を覗いているのはノインとティーロだ。

 ノインがクレールの護衛を申し出たあと、その場に居合わせた反政府組織の二人がティーロにもノインに同行するよう言いつけたのだ。

 理由は簡単。二人は揃って軍に追われる身であり、彼等にはそれぞれの足りない技能を補う要素がある。二人が生き残るには二人が揃っていた方が確実だと判断されたのだ。

――というのは建前で、実際のところは二人一緒の方が彼等も安心するだろうという仲間の気遣いである。

 現在クレールは状況に応じて仲間の救助の采配を指揮し、ノインとティーロはその補佐を務めつつ畑仕事や森での食料採集に精を出している。

 双方ここしばらくは少人数での活動を強いられていた所為か、それなりに人数のいる集落で仲間に囲まれて生活するのはなんだか照れくさいところがあった。

「まあ、まずは魔族の意識改革からよ。人間を変えられないなら、まず負けることに慣れてしまった魔族側が変わるまで。でも、あなた達もちょっと変わった気がするわ。初めて会った日のあなた達なら、あの場の生き残りに何かしらの制裁を加えていたでしょうに。素直に帰してしまうとは驚いたわ」

 改革すべき魔族の意識以前に、この数週間で彼等の方が変わったように見えた。

 以前の彼等なら生き残った兵士や研究員ごと施設を破壊していただろうが、今の彼等はそれをしなかった。

 怪我人を含め、すべての人間を施設の破壊に巻き込まないように連れ出した。

 連れ出された人間はすべて縛り上げられ、町へ続く道に放置してきた。あれならば数日と待たずに救助されたことだろう。

「あの場で連中を処分してしまえば、世間の目には魔族がやったように映ったはずだ。魔族を取り込んだ反政府組織と、反政府組織を取り込んだ魔族。どちらも同じようなものだが、戦えない者は殺さない。魔族は残虐な種族なんかじゃないと主張する為には、生き証人が必要だ」

「最奥部での戦闘で、指揮官を含め死人を出したことは紛れもない事実だ。でも、戦う意思や術を持たない相手まで殺したんじゃ、僕等の家族や仲間を殺した連中と同じになってしまう。僕は軍と政府を恨んで生きてきたからわかるんだよ。恨まれながら生きる恐怖をね」

 死者を増やせば増やすほど、恨み辛みはその身に降り注ぐ。いずれは彼等のように反旗を翻す者もいるだろう。

 自分達が行動を起こした結果今がある。だからこそ、恨みによって立ち上がる者の恐ろしさが身に染みる。

「魔族と行動を共にすれば嫌でも恨まれるわよ。いいの?」

 意地悪げに微笑むと、ティーロは肩を竦めて苦笑した。

「よくはないよ。でも、ここまできて今更逃げたって手遅れでしょう」

「ふむ、それもそうだわ」

 指揮官は彼等の素性まで把握していた。その情報が、上にまで報告されていない保障はない。ましてや抹消したはずの実験施設からの逃亡者だ。今後追われる身になることは覚悟せねばなるまい。

「まあ、ノインもこっちについてしまったものね」

「いや、俺達をいつでもどこでもワンセットに扱わないでくれ」

「だって、いつも二人一緒じゃない」

 どんなに縁が深くても、いつかは違う道を歩む時が来るかもしれない。しかし、彼等に関してはその想像ができなかった。

 完全に勘だが、彼等はこれからもずっと同じ道を進むのではないだろうか。

「じゃあこれからは三人一まとめだな」

「そこの若造共。私を除外した勘定は止めていただきましょうか。私はクレールのお傍を離れませんよ」

「おかえりなさいイゾルデ。イゾルデが一緒となると、四人一まとめになるわね」

「クレールも、彼等に便乗して悪趣味な冗談は止めてくださいませ」

イゾルデは町で針子の仕事をしていたので、集落の娘達にその技術を教える役を引き受けていた。

 クレールも同じ職についていたのだから手伝いたかったが、魔王が針仕事を教えるなど威厳を損なうと一蹴されてしまっていた。

「ねえイゾルデ」

「何でしょうか?」

「落ち着いて早々悪いんだけど、私この集落を出ようと思うの」

 突拍子もない発言に、イゾルデの表情は「何でしょうか?」と返した瞬間のままで硬直していた。しかし、クレールの手にある新聞の存在に気付き、その理由を察した。

「魔族狩りは続いているのですね」

「一部隊叩いただけだもの。ここで安心してぐうたらしていては、魔王の存在理由がなくなってしまうわ」

 今回救出した魔族達を中心に、他の集落の襲撃に備えた自警団を設立し、各地に配置した。しかし人材不足は深刻で、どうあっても数の暴力には苦汁を飲まざるを得ない。

 手っ取り早く士気を上げ、かつ戦力を増強するのならばクレール達が先陣を切るのが一番だろう。それならば、魔王が復活したことも報せられるし一石二鳥だ。



 その後、魔族狩りにあった魔族の解放戦線は激化し、次第にクレールの指示を待たずして仲間の救出に向かう魔族が続出した。

 数を減らしたかに見えた魔族は、森の奥深くの集落から姿を現し、次第に連携を強めていく。

魔族に平和と自由を。

 魔王クレールヒェンを中心に、かつて実在した理想郷を復活させようと多くの魔族が奮起し、その理念に賛同した多数の人間がその傘下へと下った。

 十数年の後、クレールヒェンと三人の従者の働きにより、デンメルクはかつての首都を取り戻すこととなる。

 更に数十年が経過した後、デンメルクは人と魔族の共存が許された数少ない国として大陸中にその名を馳せた。



 魔王は数に勝るゼーゲン軍にも怯まず立ち向かいました。

 魔族に自由を。魔族に平和を。

 その理念は次第に広がりを見せ、虐げられ、苦しむ人間にも手を差し伸べました。

 奴隷として人に買われた者を解放し、圧制を強いる領主を討ち、土地が枯れ作物が育たなくなった土地の者には各地から食べ物を届けました。

 やがて、魔王を頼り各国から人が集まるようになります。

 国民を増やしたデンメルクは、次第に大きくなりました。

 緑豊かな大地。優しい人々。

 後の人々はかつての楽園を取り戻した魔王クレールヒェンを讃え、遠い未来にまでその名と功績を語り継いだという。

 


終わり。

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