今宵の月はいかがなものか
夜食となりかけている夕食、風呂を済ませ、冷蔵庫の中の酒を漁った。前に友人が泊まりに来たせいか、数本の缶ビールしかない。酒のつまみも思ったほどなかった。
あいつ、かなりうちの奴食いやがったな。
そう思いながら、冷蔵庫の中の缶ビールを開け、一口だけ含む。アルコールが体内に流れ込み、今日の仕事の疲れを流してくれる。思ったより自分は疲れているようだと気づく。
そういえば、今日の星は綺麗だったな。
彼はベランダへと出る窓を開け、手すりに寄っかかり、また缶ビールを含む。すると、隣の部屋からカサッと音がした。そっちの方向へと思わず振り向く。
きっと隣人の人だろう。
それはわかっていたのだが、興味本位でやっぱり見てしまう。この隣の人には会ったことがない。表札を見ても名字しか書いてないので、男なのか女なのかもわからない。生活習慣の関係上、会うことがないのだろう。
「こんばんは。」
控えめな女性の声がした。彼女は洗濯物をとり込んでいたらしい。こんな時間にとり込むのかと多少は驚いたが、なるべくポーカーフェイスを保とうとした。女性を前にしているのだ。出来る限り、カッコいい感じを装いたい。
「こんばんは。」
彼も言葉を返した。少しぶっきらぼうだったかもしれない。
すると、彼女の頬が緩んだ。確かに暗がりだが、満月がマンションのベランダを照らしている。南向きのこのマンションは満月を拝めるということが売り文句だ。
「寒くないんですか?その格好。」
クスクスと彼女が笑っている。自分の格好を見直してみた。
“I LOVE MUSIC!”と書かれたTシャツと高校時代に着ていたハーフパンツ、風呂上がりのためか首にはタオルがかけられている。季節は秋に変わっていこうとする9月、夜はやはり少しずつ冷え始めている。これはカッコつけようとすればするほどおもしろくなってしまう格好だ。彼はカッコつけることを諦めた。
「風呂上がりなんですよ。」
「なるほど。そうなんですか。」
変に彼がカッコつけなくなったせいか、彼女の緊張も緩んだように見える。持っていた洗濯物を部屋に持ち込み、またベランダまで出てきた。
「お酒、飲んでたんですね。」
「風呂上がりは美味しいんですよ。うちにあるんで、持ってきます?」
「お酒は弱いんでいいです。」と彼女がはにかむ。二人で手すりから乗り出すように会話をする。初めて会った人ではあるのだが、なぜか会話が盛り上がってしまう。不思議なものだった。
「おつまみあるんですけど食べます?いかくんとかしかないけど。」
「あ!それ好きなんです!食べてもいいんですか?」
彼は持っていた缶ビールをベランダに放置している椅子に置き、急いでいかくんを取りにいった。久々に会話をする職場以外の女性に興奮していたのだろう。だが、彼女には女性らしい女性らしさはなくどこかさばさばしていた。よい女友達、みたいな感覚だ。
ベランダに戻って、いかくんのパックを開き、彼女に差し出す。彼女の手が伸び、指がいかくんを捕える。お酒は飲まないが、おつまみは食べる。その光景が彼にとっては奇妙だった。
「お酒は飲まないのにおつまみは食べるんですね。」
「いかくんだけは特別なの。」
「なるほど。いかくんだけですか。」
妹からほのぼのした短編をくれと言われました
そのときのものです