ドキッ!悪役令嬢だらけのデスゲーム!
悪役令嬢が集まってデスゲームを戦うお話です。
POV: 2人の悪役令嬢が渋谷のスクランブル交差点で向かい合っている
イレーネ・フォン・ヴァイス(22)
称号: 聖女の座を狙う毒の令嬢
固有スキル: 毒物調合、看護(偽りの献身)
── 前世記録 ──
森下千夏(29) / 看護師(急性期病棟)
保有スキル: 急変対応、採血、夜勤、人の死に立ち会うこと
死因: 過労(院内で倒れ、搬送先で死亡)
血は、思っていたよりずっと熱かった。
イレーネ・フォン・ヴァイス改め森下千夏の手のなかで、相手の令嬢はまだ痙攣していた。喉の横を、針のような短刀で裂いた。頸動脈。看護師だった頃、何百回も触れた場所だ。どこを切れば人が早く死ぬか、彼女の身体は、嫌になるほど正確に覚えていた。
倒れた令嬢の頭の上に、半透明の板が、消えかけの蛍光灯みたいに明滅していた。
アデルローゼ・フォン・シュヴァルツリリエ(18)
称号: 悲劇の公爵令嬢・国中に愛されし者
固有スキル: 無条件の寵愛、儚さによる庇護欲喚起
── 前世記録 ──
田中美咲(28) / コンビニ夜勤アルバイト
保有スキル: 検品、レジ締め、酔客対応
死因: トラック(横断歩道、青信号)
「な……んで……なんでなの……まだ、いや……」
懇願は途中で途切れた。きれいな碧の瞳が、信じられないものを見るように見開かれて、それから、ほどけた。身体が砂のように光の粒になって崩れていく。痛みは、最後の最後まで、本人のものだった。
[System Message] 田中美咲 が 森下千夏 により殺害されました。残り41名。
森下千夏は、自分の手を見た。看護師の手だった。人を生かすためにあったはずの手で、今、二人目を殺した。心の中でだけ、彼女は思った。なんで私が。けれど、それを口に出すわけにはいかなかった。理由は、すぐにわかる。
念のため説明しておこう。なぜ渋谷のスクランブル交差点で、ドレスの令嬢が別のドレスの令嬢を刺し殺しているのか。なぜ周りの会社員も学生も、それにまったく気づかず通り過ぎていくのか。
三日前、世界の上空に、巨大な板が降りてきた。そこには、こう書かれていた。
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――ようこそ、転生者の皆様。
本イベント〈悪役令嬢バトルロワイヤル + 悪役令息〉へのご当選、おめでとうございます。
皆様は、異なる異世界で「悪役令嬢」「悪役令息」として人生をやり直していた、元・日本人です。このたび特別に、現実世界の日本(渋谷)へご招待しました。渋谷区から外には出れませんのでご注意ください。
当ステージでは、現実の日本人には知覚されず、物理的接触もできません。
皆様は、転生者同士でのみ、接触可能です。
【ルール】 互いを殺し合い、最後の一人になること。
【優勝景品】 現実世界・日本への「最高スペック」転生。
【その他の参加者】 現実世界・日本へ転生。ただし各自の前世スペックより低く、下げ幅は最終順位に準じます。
※ 痛覚は通常どおり機能します。
※ 運営への批判は、無限に死刑です。あらかじめご了承ください。
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全員の頭上に、ステータス画面が浮かんだ。きらびやかな悪役令嬢の称号と——その下に、消すことのできない、本物の名前。前世の、日本人としての職業・スペック・死に方。
隠せない。それが、このゲームのたった一つの公平だった。公爵令嬢の正体がコンビニの夜勤だろうが、大魔女の正体が無職だろうが、全部丸見えだった。
はじめの頃は、もっと人がいた。数百人はいた。
そして、なめていた人間から、順番に死んだ。
最初に消えたのは、自分の称号を本物の力だと信じた男だった。豪奢な礼装の彼の頭上には、こう出ていた。
バルタザール・ヘルフォルト(19)
称号: 全てを焼く焔の魔王子
固有スキル: 全属性魔法(神域)
── 前世記録 ──
高橋亮(46) / 無職(元ソシャゲ廃課金)
保有スキル: 寄生
死因: 孤独死(発見まで三か月)
彼は、空に向かって両手を広げ、笑って叫んだ。
「ふざけるな! こんなゲーム、誰が認めた! 運営、出てこい——」
[System Message] !! 運営への批判を検知。高橋亮への無限に死刑を執行します。
次の瞬間、彼は内側から焼かれた。皮膚が、目が、舌が、順番に。神域の全属性魔法は、運営には効果が無かった。一発も出なかった。痛みを味わう時間だけはたっぷり与えられて、それから、燃え尽きた。
誰も助けなかった。助けようがなかった。あれを見て、生き残った全員が同時に理解した。
ここでは、殺し合いは推奨されている。そして文句を言ったら死ぬ。
運営は、人が人を刺し殺すことには一切干渉しない。なのに、自分への悪口だけは無限に死刑にする。
――倒錯している。誰もがそう思ったが、誰も口には出せなかった。
だから皆、口に出すのは安全な言葉だけになった。「いや」とか。「来ないで」とか。「なんで」とか。「ごめんなさい」とか。心の中で何を呪っていても、それは舌の上に乗せてはいけなかった。
それができなかった連中は、初日で全滅した。
POV: 別の悪役令嬢へ
「未来予知(原作知識)」を固有スキルに持つ令嬢がいた。
シャルロッテ・アッカーマン(15)
称号: 破滅フラグ回避済・全知全能の賢者
固有スキル: 未来予知(原作知識)
── 前世記録 ──
鈴木彩花(31) / 派遣社員(経理)
保有スキル: 簿記2級
死因: 過労(残業中の心不全)
彼女は、賢かった。少なくとも、本人はそう思っていた。デスゲームものなんて何百作も読んだ。展開は読める。最初に動く奴が一番損をする。様子を見て、漁夫の利を狙えばいい——そう、頭のなかで完璧に組み立てていた。
その後頭部に、背後から短刀が刺さった。原作知識は、背後の足音には、何の役にも立たなかった。
ロタール・フォン・エーレンフェスト(19)
称号: 没落貴族の三男・破滅請負人
固有スキル: 現代科学無双
── 前世記録 ──
山本翔太(21) / 大学3年・無い内定
保有スキル: 闇バイト応募
死因: バイク事故(免許取得3日目)
刺した男は、二十一歳の無い内定の大学生だった。保有スキルはあろうことか「闇バイト応募」。剣の腕も平民以下。けれど彼は、誰よりも早く一つの事実に気づいていた。失うものがない人間が、一番躊躇なく刺せる。
彼は、今狩り取った悪役令嬢を含めて、四人を狩った。そして、五人目に、油断した。
背後から近づいた騎士に、無言で胴を薙がれた。「あ」とだけ言って、彼は消えた。最下位ではない、ということだけが、彼の戦果だった。
POV: また別の悪役令嬢へ
二日目の夜、生き残りは、二十人を切っていた。
市役所の住民課に十年勤めた女が、人混みに紛れて、ずっと隠れていた。
マグダレーナ・ローエングリーン(16)
称号: 聖女に嫉妬せし令嬢
固有スキル: 愛されるというカリスマ
── 前世記録 ──
高橋詩織(39) / 市役所・住民課勤務
保有スキル: 窓口対応、書類不備の指摘、定時退社の死守
死因: くも膜下出血(休日の朝)
彼女の戦略は、徹底した事なかれ主義だった。動かない。目立たない。誰かが誰かを殺すのを待つ。安定こそが正義。前世で安定にしがみついて、休日の朝に血管が切れて死んだ女らしい戦い方だった。
けれど、デスゲームには、定時がなかった。
最後の数人になった時、隠れる人混みの陰がなくなった。彼女は、生きた渋谷の人々のあいだでただ一人、震えながら立っていた。「やだ、やだ、やだ」と小さく繰り返しながら。そこへ、軍服の男が、淡々と歩いてきた。
ジークヴァルト・ロイエンタール(25)
称号: 冷血の策士
固有スキル: 全ての女性を惹きつける美貌(Lv.MAX)
── 前世記録 ──
佐藤健一(34) / SES企業・プロジェクトマネージャー
保有スキル: 多重炎上案件の鎮火、徹夜耐性、謝罪メール作成(達人)
死因: 過労(+孤独死)
その美貌に惹きつけられる令嬢はこの中には一人もいなかった。彼に残っていたのは、感情の死んだ目だけだ。炎上した現場を何十回も鎮めてきた、三十四歳のプロジェクトマネージャーの目。彼は、デスゲームを、巨大な炎上案件として処理していた。誰から潰せば被害が最小か。どこで動けばリスクが低いか。淡々と、残業のように、人を間引いていった。
彼は、市役所の女を、無駄のない一突きで処理した。
そして、佐藤健一は、剣の切先をゆっくりと森下千夏に向けた。
イレーネ・フォン・ヴァイス(22)
称号: 聖女の座を狙う毒の令嬢
固有スキル: 毒物調合、看護(偽りの献身)
── 前世記録 ──
森下千夏(29) / 看護師(急性期病棟)
保有スキル: 急変対応、採血、夜勤、人の死に立ち会うこと
死因: 過労(院内で倒れ、搬送先で死亡)
毒の令嬢と、急性期病棟の看護師。重なるところは、一点だけ。——身体のどこに、何を、どう入れれば、人が止まるか。それを、彼女は知っていた。
佐藤健一は、強かった。
残業を厭わない男の、淡々とした執拗さで、間合いを詰めてきた。剣
風が頬を裂いた。熱い線が走り、血が垂れる。
痛い。死の痛みだけではない。
このゲームでは、すべての痛みが、ちゃんと痛い。
「いやっ」
森下千夏の口から出たのは、それだけだった。命乞いも、交渉も、無駄だ。さっき、市役所の女が試して、効かないことを証明したばかりだった。
彼女は避けながら、調合した毒の小瓶を佐藤の顔めがけて投げつけた。
看護師が「毒物調合」スキルを持つ令嬢に転生した意味は、これだけのためにあった。
ガラスが砕け、中身が散る。佐藤が、初めて声を上げた。「——っ、ぐ」。目を押さえ、よろめく。
その喉が、無防備に晒される。
突き出した針が、過労死したプロジェクトマネージャーの頸に入った。
佐藤健一は、膝をついた。彼は賢い男だった。最後まで賢かった。運営を呪えば、焼かれて、痛みだけが長引く。それを知っていた。だから、ごく小さな声で、こう言っただけだった。
「……来世は定時で帰ってやる」
そして、光の粒になって、消えた。
残り、2名。
最後の一人は、渋谷の交差点の、ど真ん中に立っていた。
生きた人間たちが、何百と、その身体を通り抜けていく。誰も気づかない。誰も見えない。彼女だけが、微動だにせず、森下千夏を見ていた。その頭上の板を見て——森下千夏は、息が止まった。
オクタヴィア・フォン・ローゼンクロイツ(20)
称号: 全てを跪かせし覇王の令嬢
固有スキル: 絶対武勇、王者の威圧、完全掌握
── 前世記録 ──
桐ヶ谷玲奈(27) / 多国籍コングロマリット創業家
国籍: 日本・米国・モナコ(三重)
保有スキル: 総合格闘技(地下)、五カ国語、企業経営、射撃
死因: プライベートジェット墜落
ほかの全員とは、格が違った。
転生後の称号が立派なだけの連中とは、わけが違う。グローバルクラスの超富裕層。整いすぎた顔。三つの国籍。表には決して出ない格闘技の熟達。——前世から、この女は、ただの一度も「持たざる者」だったことがない。コンビニの夜勤でも、無い内定でも、過労死の看護師でもなかった。何もかもを、持っていた。
なのに、ここにいる。
勝てない、と、森下千夏の身体が言った。
一瞬で間合いが消えた。視認した時には、肘が肋骨に入っていた。骨の折れる音を、内側から聞いた。声も出なかった。地面に叩きつけられ、肺の空気が、全部抜けた。
本物の暴力だった。前世の二十七年で、この女は、暴力を知識ではなく身体で知っている。看護師の知識など、紙きれだった。
起き上がる間もなく、踵が落ちてくる。転がってかわす。アスファルトに肩を擦り、皮膚が剥けた。全部、痛い。
——殴り合いでは、絶対に勝てない。
心の声だけが、奇妙に冷静だった。
——でも。どんなに鍛えても、人間の心臓は、同じだ。血管も、神経も、同じだ。私はそれを、夜勤の数だけ触ってきた。この女が拳を鍛えた時間と、私が人の身体に触れてきた時間は、たぶん同じくらい長い。
覇王の令嬢が、トドメに踏み込んできた。完璧な、隙のない一撃。
森下千夏は、避けなかった。わざと、懐に入った。
拳が、肩を砕いた。激痛が脳天まで突き抜ける。
叫びそうになるのを、奥歯で噛み殺した。
叫べば、力が逃げる。
看護師は、痛みのなかで手を動かすことに、慣れていた。
夜勤の急変は、いつだって、痛みのなかで起きる。
砕かれた肩の、その至近距離で——無事なほうの左手が、女の首筋に、細い針を、刺した。採血の要領で。血管を、外さずに。
桐ヶ谷玲奈が、初めて、目を見開いた。
「——なに、を」
神経毒が、血流に乗る。どれだけ鍛えた身体でも、神経の伝達だけは鍛えられない。
桐ヶ谷玲奈が持つオクタヴィアという身体が、彼女の指先から順番に、言うことを聞かなくなっていく。
覇王の令嬢が、崩れ落ちた。膝が、地面につく。すべてを跪かせるはずだった女が、初めて誰かの前に跪いた。
「なんで……」
その口から出たのは、それだった。
三つの国籍も、世界規模の資産も、プロの拳も、最後に出てきたのは、たった三文字の剥き出しの恐怖だった。さっき消えたコンビニの夜勤と、最初に焼かれた無職と、まったく同じ言葉。
持つ者も、持たざる者も、死ぬ時の言葉は、結局同じだった。
「なんで、わたしが……わたしは、前は、ちゃんと、勝ったのに……」
前は勝った。
その一言で、森下千夏は、すべてを察してしまった。この女は、かつてどこかの地獄で優勝して、景品として、現実の日本に「最高スペック」で転生した、過去の勝者だったのだ。世界一の富も、完璧な顔も、それが優勝の中身だった。そして、それだけ持っていてもジェットごと墜ちて死に、また、ここに、引き戻された。
優勝は、ゴールではなかった。次の地獄の、最強の獲物になる権利だった。
桐ヶ谷玲奈の身体が、光の粒になって、崩れていく。
[System Message] 〈悪役令嬢バトルロワイヤル + 悪役令息〉、終了
[System Message] 優勝者: イレーネ・フォン・ヴァイス
[System Message] 888888888888
[System Message] かっこよかったぞww
[System Message] イレーネさん神!!!!!
[System Message] 楽しかった!来世がんばって!!
[System Message] 88888
[System Message] 8888
[System Message] 俺も久しぶりに昔思い出したわ笑笑
誰もいない交差点で、どこからともなく聞こえる拍手の音だけが、虚しく鳴った。
生きた観客は、一人もいなかった。生きた渋谷の人々は、誰も、この三日間の虐殺を、知覚しなかった。どこかからの、嘲笑うかのような拍手だけが、森下千夏の鼓膜を響かせた。
砕けた肩。折れた肋骨。返り血と、自分の血で、ぐちゃぐちゃの森下千夏だけが、最後に、立っていた。
[System Message] 優勝景品を付与します
★★★ 現実世界・日本へ「最高スペック」での転生が確定しました。 ★★★
[System Message] おめでとうございます! あなたは次の人生で、世界的な大富豪・絶世の美貌・複数国籍・あらゆる才能を手にします
最高スペックで、日本に。
森下千夏は過労で日本の病院で倒れて死んだ。三日間、人を殺し続けて、勝ち取った景品は——もう一度、その日本に、生まれ直す権利だった。今度は、ついさっき自分が刺し殺した、あの覇王の令嬢と、まったく同じスペックで。
彼女は思わず、空を見上げて口を開きかけた。何か、言ってやりたかった。それは、最高の景品なのか。それとも——
舌の奥が、じわりと、熱くなった。その熱さは、システムからの警告に思えた。
森下千夏は、口を、閉じた。
そして、にっこり笑って、こう言った。声に出して。安全な言葉だけを、選んで。
「……ありがとう、ございます」
[System Message] では転生処理を実行します!! 来世もお元気で!!
そして、光が彼女を包んだ。
光に包まれながら彼女は、記憶も継承されるのだろうかとふと疑問を抱いた。
そして光は消え、いつもの渋谷のスクランブル交差点だけが、そこに残った。




