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game part3

『最後の1人になったらゲームオーバー』

誰もいなくなった、血にまみれた幻夢館で微笑をはりつけた男がしずかに呟いた。

彼の周りでは、音も、においも、時さえも止まってしまったみたいに変化がない。まるで棺に封印されたミイラが笑っているかのような声が、人影のないゲーム盤の上に降り注ぐ。

ゲームの駒は、どれも砕けてしまっている。

あたりに散らばった大理石のかけらは、吹くはずもない風をまっているかのようだ。

『最後にだれもいなくなったとしたら、ゲームはいつ終わる』

その言葉に反応したのか、チリになったプレイヤーの駒がかすかに動き始める。重力に引かれるようにして、ゆっくりと元の姿に戻っていく。

――そして、ピエールの右手には復元されたナイトの駒が握られていた。それをそっとボードに戻す。

『終わらないゲームは繰り返される。永遠に』

すべてが、元に戻った。



「――到着いたしました」

まだ眠気の残る頭をなんとかふるいたたせてリムジンから降りると、なぜだか懐かしい感じのする砂利道と、空車になったリムジンが何台か並んでいた。

夕暮れと車体の色がいびつにまじり、物悲しげな雰囲気を作り出している。

その雰囲気は一面に広がる森にまで及んでいるようで、茜色に染められた木々の葉っぱが風に揺られていることさえも、哀愁に満ちている気がした。

――と、そのとき。

網膜の裏に焼きついた赤い光が夕日と重ねあわさり、強烈なめまいを覚えた。

大地震でも起こったかのように足元がおぼつかない。頭を激しく揺すられているような感覚。おれは耐えきれず、地面に手をついて崩れ落ちた。

砂と小石の感触が、溶けていくみたいに消えて、生温かい、ねっとりとしたものへと変わる。

なんだ、これは? おれはどうしたんだ?

「大丈夫ですか」

感情のこもっていない運転手の声がどこか遠くから降ってきているように思えた。冷静に考えれば、おれの頭上でしゃべっているだけなのだが、脳裏から蘇る記憶の濁流に押し流されそうになる状況で、そんなことを判断できるほど目まいは生易しいものではなかった。

赤。

血。

銃。

死。

猛烈に気分が悪い。吐きそうだ。

だが、記憶の淵からよみがえった光景を鮮明に思い出したことで、目まいは徐々に和らいでいった。おれは荒い呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がり、運転手に微笑みかける。

「もう大丈夫ですから」

「そうですか」

相変わらず人形みたいな受け答えだ。はたして幻夢館にまともな人間はいたのだろうか、ということさえ怪しくなってくる。

「死んだ人間でさえ生き返る。おれみたいに」

聞こえていたのかいないのか、運転手は先行して幻夢館への道を歩き始めた。街灯も標識もない、さびれたのぼり道だ。おれは砂利を踏みしめる感触を確かめながら、幻夢館への長い道のりを進んだ。

白髪の執事はかしこまったようすでおれを館の中へ向かい入れ、また同じ部屋に案内される。

拳銃が隠されてあった机の引き出しを調べると、予想にたがわずそこにはずっしりと重い凶器が置かれていた。これがおれと高峰の命を奪ったのだ。

「いちおう、持っていくか」

今度はつかうことがないように祈りながら、おれは拳銃をジーンズのベルトに挟みこんだ。

壁に取り付けられたデジタル時計が8時を刻むのを確認して、食事をとるために階下へと足を踏み入れた。

「ゲームをしよう」

と、ピエールが言う。

レアのサーロインステーキを味わい、食後の紅茶を楽しんでいるときに。

「探偵ゲームだろ」

と、おれは言う。

まだ元気そうな顔をしている北条も、森井も、高峰も、神崎も、びっくりした表情でおれに視線を集めた。どうやら何も覚えてはいないらしい。だが、きっとすぐに思い出すことだろう。これから始める、事件のなぞ解きを聞いていれば、いやでも記憶の底から浮かび上がってくる。

「そのとおりだ。これから起こる事件の実行犯を特定することが目的のゲーム。プレイヤーが1人になった時点でゲームオーバー、私の勝ちだ。反対に途中で犯人を指名できたのなら、君たちの勝利となる。きわめてシンプルで、美しいルールだ」

酔いしれているかのようなピエールの口調。食事にはワインも、食前酒も用意されていなかったというのに。推理小説は犯人が分かることによって完結する。皆殺しにされておしまいになる結末なんて、名探偵にはふさわしくない。

「探偵ゲーム? そんなことのために俺を呼んだっていうのかよ。くだらない」

さっそく神崎がピエールに食ってかかる。

当の本人は気にとめた様子もなく、まっすぐにおれと視線をぶつけている。無視されたことに気を悪くしたのか、神崎はバン、とテーブルをたたきつけた。

「おい! 返事くらいしたらどうなんだ!」

「神崎さん、あなたはそうやってトラブルを生じさせるための駒だった。冷静ではあるが、口が悪く、常にけんか腰なあなたをピエールが選んだのは、大正解だったと言わざるをえません。残念なことですが」

「ああ!? どういう意味だよそれは!」

吠えるようにして神崎は立ち上がり、釣り上った眼で睨みつける。

初対面だと思っていた人に分析をされて、しかもゲームの駒にされたなどとよく理解はできないが馬鹿にされている風なニュアンスで評価されれば、気分を悪くするのも当たり前だ。

この場ですべてをわかっているのはおれとピエールだけだ。

はやくボードの上まで戻ってこい。

「あなたが挑発をすることによって、ある人が自然に行動することができたんですよ。もとからピエールが小細工を施してはいましたが……、疑われないようにするためにはもうひと工夫、保険としてほしかったんでしょう。早々にゲームが終わってしまっては興ざめですからね」

「あなた、何を言っているの」

森井が座ったまま横やりを挟む。そう、彼女の性格は虚偽で満ちているのだ。

「森井さん、あなたに課せられた役割はタイムラグを作り出すこと。気絶している、という無防備な状態が絶対に必要だったんですよ。騒がれでもしたら致命的ですからね。ひょっとして、心臓の疾患を患っていたりしませんか?」

「……なんでそんなことまで知ってるのよ」

「最後に高峰さん。あなたはおれと同じく最後まで残る人間だった。残った二人で殺しあうための駒だったんですよ」

「…………」

押し黙る高峰。

厳かだが、舞台は整った。

「さて――」



「これは実に緻密な計画によって遂行された事件でした。まるで詰将棋を解くみたいにおれたちは集められ、配置され、ピエールの手の上で踊らざるを得なかった。最初に気付けなかったのは不覚でした。それだけ仕組まれた心理トリックは巧妙であり、この幻夢館に仕組まれたゲームの部品になってしまうように計算されていたのです」

おれはここで、言葉を切り、テーブルについている5人の顔を見回す。

難しい表情をしたもの、無表情のもの、わけもわからずあっけにとられているもの、しかめっ面をしたもの、――そして、微笑を絶やさぬもの。

滝つぼに落ちるようにして思い出した記憶とともに、おれは犯人のとった行動を手に取るように明確に知っていた。名探偵のように証拠をたどり、方程式を解くみたいに事件の全貌を把握したわけではないのだ。

たぶん、おれは直観的にも天才なのだ。

「ゲームの下準備は、厳密にいえば人選のときから始まっていたといえますが、それは先ほど説明した通りです。ピエールの計画したプランに沿うような人間を、わざわざ調査して集めたのでしょう。ご苦労なことです」

手間暇のかかったプランだ。金持ちのやることはよくわからない。

才能があるから金が集まる、金があるから時間ができる、時間があるから才能をつかう。だが、その方向性を間違えてしまっては、恐ろしいことにもなりかねない。世界を滅ぼしそうになるのはいつだって天才科学者や天才スパイなのだ。

「ここ、幻夢館に来るまでも、帰路をわからなくすることによって逃げられなくしたり、見知らぬ人間を集めることで必要以上の不信感をつくりだしたり……と、じつに手の込んだ仕掛けを施しています。まあ、いわばこれは食前酒アペリティフのようなものです。快適に食事を楽しむための、ささやかな、ね」

コース料理は、文字通り宴の始まりによって開演する。

「本番はこれからです。北条の料理に下剤を入れ、トイレに駆け込むという悪趣味なデモンストレーションによって、ゲームはスタートしました。いわば全ての駒が配置された状態です」

「――そうか、思い出した!」

高峰が感嘆の声をあげる。神崎と森井はその様子を首をかしげながら見ていた。

「僕は、最後に君と撃ちあって……そして、死んだんだ。残ったのは僕と君だけだったから、迷いなく犯人は君だと断言した……のは間違いだったんだね?」

「はい。おれは神崎さんが殺害されたとき、たしかに部屋の中にとじこめられていましたから」

「それなら、一体誰が?」

「死んだはずの人間がよみがえった――そういうことです」

おれはそこで言葉を切り、深く呼吸をした。

「北条さんが出ていってから、最初の停電があるまでにはかなり時間がありました。その間おれたちはひとまとめになって動こうとしなかった。それが一番安全だと思えたから。しかし、同時に犯人にとっても最も安全な状況だったんです。誰も動かない――つまり、見つかる危険性がないということでしたから」

「そうか……だから……」

神崎も記憶を取り戻したようで、顎に手を当てながら考え込んでいる。筋道だてて考えれば、見えてくる道は必然的に1本に絞られるのだ。

「幻夢館をご覧になってもわかるように、ここの主人はどうやら相当の富豪であるようです。蝋人形か何かを、死体に偽装するくらい、わけもないはずだ。血まみれになった遺体の生死を確認するような人はまずいませんからね。素人ならなおさらです」

「北条は首が離れていたから――死んでいることを疑うなんて思いもしなかった」

高峰が唸るように言う。普通なら、近づくことさえもためらうはずだ。その後、トイレで吐いていたことも含めてまともな思考を奪う効果もあったことだろう。

おれは続ける。

「北条はおれたちが偽物の死体を見に行っている間、完全にノーマークでした。隠れていた場所から悠々と出てきて、気絶している森井さんをナイフでひと突き、というわけです。こんなことは赤子の手をひねるよりもたやすくできたでしょうね」

「あたしは、昔から心臓が弱いから……」

「携帯や電波式の時計を没収したのも、念には念を入れてのことでしょう。わずかな誤差でさえ、計画を破たんさせる可能性がありますからね」

壁にはめ込まれたデジタル時計には電波を無暗に発信させる心配がない。さすがにやりすぎだとは思うが、塵ほどの不安要素もピエールには不満だったのだろう。完璧主義な人間が好みそうなことだ。

「おれを疑うしかない状況で、仲間割れが起こるのは仕方のないことでした。誰もこの時には真相に気付いていませんでしたから、まさか死んだはずの人間がのうのうと動きまわっているとは想像もしませんしね。そして最後は――」

「完全に油断していた俺が殺されて……」

「僕ときみがお互いに殺しあって、ジ・エンドというわけか」

「その通りです。そうですよね、北条さん?」

真っ先に衝撃的な方法で舞台から消えることによって、犯人の候補からいちはやく抜け出した犯人は、唇をかみしめてピエールの方を顧みた。

幻夢館の主人はゆっくりと口を開く。

「お決まりなセリフだが、証拠はあるのかね? 証拠がなければどんな名推理もただの妄想でしかない」

「ありますよ、それなら」

おれはカップになみなみと注がれている紅茶を飲み干す。もちろん、ミルクと砂糖をたっぷり入れたものだ。甘い風味が口いっぱいに広がって、つかの間、幸せな気分になった。

「北条さん、あなたトイレに行きたくはありませんか?」

「そんなこと……」

と言いかけて、しまったという表情をする。あわててピエールに助けを請うような視線を送るが、高々と笑うだけで取り繕うとする気はないみたいだ。

「リアリティを求めるなら、下剤を混ぜておくべきでした。ですが、それだとその後の行動に支障が出かねない。下痢になって殺し損ねた、なんてのは笑いごとになりませんからね」

ピエールの笑い声がさらに大きくなった。薄気味悪い微笑はどこかへふきとび、心から楽しそうな声をあげている。

幻夢館に満ちていたおどろおどろしい雰囲気もその声にはじき出されたかのように、気が付けば肩にかかっていた重圧も消えていた。

「お見事だよ、名探偵。それでこそわざわざこんな山奥に館を立てたかいがあったというものだ。私の用意した謎を、こうも美しく解明されることが快感だとは。なんと気持ちのいいことか」

「犯人には、心のどこかで自分のトリックを暴いてほしいという願望がある。倒したドミノをほめてもらうように、自分の考え出したトリックを称賛してほしいんです」

ですが……、と言って、おれはピエールを睨みつける。

「そのために殺人を起こしてしまうのは、あまりにも非人道的です。これは華麗なストーリーでもなんでもない、ただの快楽殺人だ。あなたはたんに人殺しになり下がっただけなんですよ。推理小説のはなしを現実世界に持ち出してはいけない、それは明らかなことです。なのにあなたはそんなことさえも失念していた。だからこそこんな恐ろしい事件が起こってしまったんです」

「フィクションと現実の違いなんて、どこにあるというんだ? 現実がフィクションを作り出したのなら、フィクションもまた現実を作り出すことができる。そこに境界なんてない。現実は非現実であり、非現実は現実だ」

スイッチを入れたように語り始めるピエールを、誰も制止することはできなかった。熱っぽい演説は不思議な音色に包まれているみたいで、段々と食間の風景が歪んでくる。本当に現実とそのほかの境がなくなってしまったような錯覚に陥る。

「なにが赤い夢で、なにが妄想で、なにが本当のことなのか。誰にとってのリアルで誰にとってのウソなのか。きみたちにわかるというのかね?」

そこで、意識が途絶えた。



『始まらないゲームは終わらない』

その言葉が聞こえたとき、おれはリムジンの中にいた。

これでおしまいです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作者の自己満足のような作品になってしまった気がしますが、少しでも読者の皆様に楽しんでいただけなら幸いです。



推理物というのは、あまり書いたことがないのですが(昔落書き程度にかいたくらいです)、やはりいざ書いてみると難しいですね。

トリックやなんかはパッと思いついたものをとりあえず入れてみた、という感じで……変な点なんかはないと思うんですけど、高確率で紛れ込んでいるはずですので、どうかご指摘ください。



また、この作品を書くにあたってはやみねかおるさんの「機巧館のかぞえ唄」と最近話題の「インシテミル」を参考にさせていただきました。

どちらもとても面白い作品なので、ぜひ読んでみてください。

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