game part2
ルールは簡単だ。
第一の事件が近いうちに行われる。その実行犯を特定すること。
それ以外には制限もなく、おれたちは自由に行動することができる。最後の1人になってしまった時点でゲームオーバーだそうだ。それもそのはず、招待客だといわれている5人のなかに偽物がまざっているのだ。だから1人になったら、そいつが犯人ということになる。
……でも、このルールには欠点がある。
自分は自分で犯人ではないことを知っているから、2人が残ったときにもう片方を犯人だと宣言すればピエールの言うところの「探偵ゲーム」は終了となるのだ。
はたしてピエールはそれに気づいているのかどうか――。うっかり、ということも考えられなくはない。
ゲームオーバーになる方法は、もうひとつある。
間違った犯人を指摘してしまうこと。片っぱしから犯人の名前をあげていけば、そのうち正解にたどり着く。それではゲームにならないということだ。
ゲームオーバーになったとき、おれたちにどのような結末が用意されているのか、ピエールは説明してくれなかった。
「それでは、君たちはゲームを楽しんでくれたまえ」
ピエールは去り際にそう言い残して、館の奥へと姿を消した。数人の使用人が無表情に食器を片していくさまをぼんやりと眺めながら、おれはつぶやいた。
「……楽しんでいるのは、そっちじゃないか」
「事件が起こる――か。まさにクローズドサークル、逃げ道はないってわけだ」
クローズドサークルというのはミステリ用語で、外界との往来がたたれてしまった状況のことをさす。たとえば、台風でフェリーが出せなくなってしまった孤島や、つり橋の落とされた山荘などがそれに当たる。
ミステリーものの定番だから、どこかで1度は見かけたことがある設定だと思う。わざわざこんな手の込んだ舞台を用意するピエールは、よほど暇人なのだろう。
嵐や吹雪があるからこそ成り立つことも多いある意味では密室の状況は、人の手で作り出すのがとても難しい。陸さえあれば人は歩けるのだ。だから、自然災害でもないと自由に外へ出られてしまう。
ピエールはそれを山奥に連れこむことで解消した。
夜はもちろん、昼間だってずっと山を下ったとしても、ふもとにたどり着けるかわかったものではない。ましてやクマが出てもおかしくないうっそうとした森が広がっているのだ、なんの装備もなく突破するにはリスクが高すぎる。
せめてどのくらいの道のりであったかさえ分かっていれば計画も立てられるというものだが、車に乗っている間は眠らされてしまっていたから、それさえも無理だ。
「ずいぶんと綿密にはめられたみたいじゃねえか」
と青年こと神崎(と自己紹介していた)がため息をつく。
「そうですね。僕もまさか日本でこのようなことができるとは思ってもみませんでした。ゲームといってもどうせ警察を呼べば危ないこともしなくて済むだろうと。……甘かったですね」
若者――高峰も同じようにため息をついた。
「どうしてこんなことになってしまったんでしょう。あたしはただ、なにか普通のゲームをやるものだとばっかり」
おれたちのなかで唯一の女性である森井さんが泣きそうな声で愚痴をもらす。
みんな不安なのだ。これから起こる「事件」というものがなんなのか。
食事には下剤が盛られていた。あれがもし、腹を下す程度ではすまない毒薬だったら? トイレに駆け込んだ北条は生きていなかっただろう。
そう思うと、今生きていることが奇跡のようだ。それに幻夢館はピエール個人の所有物であるから、たとえその中で何が起こったとしても外部者はそれを知る由もない。つまり、どんな犯罪だってバレないのである。
「いまさら嘆いたところで始まらないさ。要は俺たちの誰かが犯人とやらなんだ。そいつが事件を起こすまで動きようがないし、いつまでもこうやって話しているわけにもいかないだろう」
口の悪い神崎が肩をすくめてみせる。
そうなのだ。ゲームはまだスタートしていない。そこが恐ろしい。
必ず誰かが被害者になる。被害者が出ることによってゲームは始まるのだ。
「……オレは嫌だからな」
みんなの視線が一斉に北条に向けられる。
神経質そうにおびえた目で睨みつけているのも、デモンストレーションの被害者になったためだろう。それでなくとも人とかかわるのが苦手そうな雰囲気がある。
神崎よりも痩せていて、まるでネズミみたいな出っ歯だ。
「犯人はオレじゃない! ということは、お前たちの中にオレを殺そうとするやつらがいるんだ! あんなふざけた薬を入れやがって、次は本物を食わせる気なんだろ!」
疑心暗鬼になるのも無理はない、とおれは心中でうなずく。
殺される、という言葉を彼ほど身にしみて感じている人はいない。ましてや自分以外の誰かが犯人になるのだと分かっていれば、距離を置きたくなるのも自然な衝動だ。
どなりつけているせいで息の荒くなった北条は、さらにまくしたてた。
「オレはお前たちと一緒になるつもりはない。最後まで生き残って犯人を暴いてやる! 食事もいらない、部屋にこもっていれば全部が終わるんだ! 部屋に来たやつは問答無用で殺す!」
たいそうな剣幕だった。
誰もいきりたって部屋を飛び出していく北条を追いかけようとはしなかった。気まずい沈黙だけが取り残される。
このとき、おれはとても嫌な予感を覚えていた。
これが北条の生きている姿を見る、最後になるような気がしていた。
なぜかって、推理小説で最初に死ぬのはいつも部屋から飛び出して行ってしまうやつだから。
「……あの馬鹿」
神崎が苦々しげにはきすてる。その横で高峰も困ったような表情をしていた。
「全員で固まっていればむしろ安全だったのに――そういうことでしょう?」
「え? それってどういうこと?」
唯一、なにも理解できていない森井が若干ヒステリックに叫ぶ。いろいろと神経がすり減っているのかもしれない。そう考えると、ピエールのデモンストレーションはとても大きな役割を果たしていた。ゲームが始まる前に、プレイヤーに恐怖心や懐疑心を植え付けることができたのだから。
みんなが一致団結してしまっては、犯人も手を出すことができない。
ピエールはそれを、見事に打ち砕いたのだ。
「もし、僕たち5人がずっとこの部屋に固まっていたとしたら、犯人は手を出すことができません。ほかの4人を同時に始末する手段があるとすれば別ですが、それではピエールの探偵ゲームの趣旨にそぐわないでしょう。彼はどうやら、事件が起こることよりも犯人を当ててもらうことを望んでいるみたいですし」
高峰が笑顔で解説する。
ピエールの目的まで推測するあたり、かなりの洞察力がある。高峰は間違いなくこちらの戦力になりえるし、裏を返せば敵にした場合、彼ほど厄介な相手もいない。
それに神崎も口こそ悪いが、しっかり頭は回っているようだ。少なくとも戦力外というほどではない。むしろ頼りにならないという点では、森井がずば抜けてしまっている。
おそらくピエールはこれを狙っていたのだろうが、森井の神経はあまり丈夫にはできていない。さっきからずっとすすり泣いているばかりだ。
思考能力は残っていない。それどころか、まわりを巻き込んで気を滅入らせるくらいだ。
それに彼女は、いつか突発的に行動を起こしそうな気がしてならない。衝動的な行動を起こして、取り返しのつかないことになる未来がちらちらと脳裏に浮かんでは消えていた。
「だ、だったら今すぐ北条さんを連れ戻さなきゃ。あたしが無理にでも引っ張って……」
「よく考えてください、森井さん」
優しく諭すように、高峰が言う。まるで子供をあやしているみたいだ。
「彼がいなくなったところで、僕たち残った4人がここに集まっていれば、誰も手だしをすることはできません。僕らのうちの誰かが犯人なら言わずもがな、北条が犯人だったとしても状況は変わりません」
「そいつの言うとおりだ。俺たちは亀のようにじっとしていればいい。まあ、そこの学生さんやあんたがパニックにならなければ、の話だがな」
「おれのことは心配なさらずに。どうぞ話を進めてください」
「そういう割にはさっきから押し黙っているじゃねえか。怖いんだろ、正直に言えよ?」
挑発するような神崎の口調。
神崎もまた、気が立っているのだ。そうでなければ無意味な内部分裂を引き起こしかねない言動は控えるはずなのだから。
ここで和を乱すのは上策ではないと、神崎は知っている。それでも、落ち着いていられずにはいられないのだ。
「怖くはないですよ。こうして集団でいれば、心配ありませんから」
おれは神崎の挑発をスルーし、むしろのんびりとした口調で答えた。
「それはよかった。君が最年少だからね、精神を保っていられるのは立派なことだと思うよ」
「高峰さんこそ冷静じゃないですか。まるで経験したことがあるみたいに」
「そんなはずがないじゃないか。普通に生きていたら、クローズドサークルに遭遇することなんてないよ」
高峰は笑って相手にしなかったが、おれの発したメッセージには気づいていただろう。
もしかして、あんたが犯人なんじゃないか、と。
「……そうですね。おれもこんなことは初めてですよ」
と、言ったその時、突然部屋の電気がすべて消えた。豪華なシャンデリアも廊下にすえつけられた蛍光灯も、星の明かりすらも入ってこない。――そういえば、今日は新月だったか。
こんなところまで計算されていたのかと思うと、ピエールの周到さに悪寒が走った。
「おい、大丈夫か!」
暗闇のなか、神崎が叫んだ。それから、ドアの開く音と、誰かが廊下を駆け抜けていく静かな足音。
停電は意図的なものなのか、それとも偶然の産物なのか……どちらにせよ、視界のない状況は芳しくなかった。
「僕は平気です。新堂くんは?」
「おれも大丈夫です。それより、今の足音が聞こえましたか?」
「たしかに聞こえた。すぐに追いかけたいところだが、ここはじっと身を伏せているしかない。ここで襲われる可能性が高いからな、意地でも生き残ってやる」
神崎はいちどそこで言葉を切り、息をのんだような声になった。
「おい……森井さんはどうした?」
「声がしませんね。――嫌な予感がします」
さっきの足音は森井のものだったのだろうか。だとすれば、この隙に北条を狙いに行ったのかもしれない。あるいは、北条がすでに凶行を済ませて部屋に戻っていく足音だったのか。
おれたちの目が届かない間、ブレーカーに細工する時間はたっぷりあったことだろう。
迂闊だった。せめて部屋を出ていないかドアの前で見張っている必要があったのだ。
「くそっ。携帯がないんじゃライトも付けられねえ。あんたライターはもってないのか?」
「残念ながらタバコは吸わないもので」
「学生の方も……吸うわけないか」
諦めたような声。ブレーカーが戻るまで、おれたちは身動きが取れない状況だった。
おれが不良少年だったらこのもどかしい状況を打破できたのかもしれないと思うと、なんだか複雑な気分だ。たまには道を踏み外していた方がいいのかも。
「とりあえず、俺たち3人はこれで犯人からはずされたわけだ」
「――そうとも限りませんよ」と高峰の声が言う。「この暗闇ですからね、どんなトリックをつかっていてもわからない。僕たちはかなり不利です」
「でも、こうやって話しているんだからそこにいるんだろ?」
「どうでしょうね」
おれが疑問を投げかける。
「隠されたスピーカーとマイクで話している可能性もなくはありません。昨今の技術なら怪しまれずにはなすことも充分に可能でしょう。おまけにピエールは見ての通り大富豪だ。設備に糸目はつけていないでしょうね」
「そいつは困ったな」
と、神崎がつぶやいた。
「まあ、現実的ではありませんけどね」
「妥当な線からいって北条か森井が犯人だと断言していいでしょう。僕だってそう信じたい」
と、その時。
使用人の誰かがブレーカーを戻したのか、はたまた自動的に停電になったら復旧するようにできていたのか、目を焼くほどの明かりがついた。
驚いたことに、足元に転がっているのは森井だった。首筋に手を当ててみると、彼女の頸動脈はしっかりと規則正しく鼓動を刻んでいるのがわかった。
とくに目立った外傷もない。たぶん気を失っているだけなのだろう。――それが演技であるのか、それとも本当に気絶しているのか、おれにはわからなかったけど。
「生きてはいるみたいです」
おれが報告するやいなや、高峰と神崎は火が付いたみたいに部屋を飛び出していった。
ぐったりとした森井をベッドに寝かせてから、おれも急いで2人を追いかける。全速力で走っても、北条の部屋は階段を挟んだ反対側にあるので、どうしても時間がかかってしまう。
焦る気持ちを抑えながらようやくのことで到着すると、青白い顔をした神崎と高峰が口を押さえながら北条の部屋からでてくるところだった。
「……どうなっていましたか?」
おれの問いに、高峰はゆっくりと首を振ってこたえた。内部の様子を見ておこうと、ドアノブに手をかけたおれを制止する。
「見ないほうがいい。とてもじゃないが、耐えられるような現場じゃない」
「もし今晩、悪夢にうなされたくないんだったらやめておくことだ――俺だって耐えられねえ」
「そうですか……」
よほど凄惨な状況だったのだろう。なかをうかがい知ることはできなかったが、気分悪そうに吐き気をこらえている様子からして、森井やおれに見せないのは妥当な判断だ。
おれはドアから離れると2人に付き添って洗面所に行くことにした。
部屋に放置してある森井のことは心配ではあったが、北条が死んでしまった今、犯人は彼女である可能性が高い。まさかいきなり自殺するはずもないから、1人で戻るよりもずっと安全なのだ。
「血みどろだった」
洗面台の蛇口を開きっぱなしにしたまま、高峰は唸るように言葉を吐き出した。清潔なトイレに、嘔吐の酸っぱい刺激臭が漂っている。
「斧か何かで切断したのか――北条は首と胴体が切り離されていたから、僕たちが発見した時には確かめる必要もないくらい壁も、絨毯も彼の血で埋め尽くされていた。――君には見せなくて正解だったよ。下手をすれば立ち直れないくらいだ」
「あれはひどかった。人のすることじゃねえ。……まるで、死神が大鎌振るって北条の首を取っていったみたいだった」
その光景を思い出したのか、神崎がほとんど残っていない胃の中のものを吐き出す。
精神的には高峰も神崎も同じくらい参っているのだ。電車の人身事故を目撃しただけでPTSDに陥ってしまう人もいるくらいなのだから、それよりもっと惨い事件に直面したのなら、平静な心を保っていられるはずがない。
おれはたとえそこで暮らせと言われても平気だろうが、一般人には強すぎる刺激なのだ。
……だが、胸の奥ではどす黒い不安がとぐろを巻いて囁きかけてくる。
「森井に、そんなことができますか?」
「――え?」
「いくら貧弱そうだったとはいえ、北条も大人の男です。それを女性が簡単に殺害することができるでしょうか? 暗闇で不意を突かれたとしても、首と銅を切断できるほどの凶器を森井がもてるものなのでしょうか」
「――そんなこと」
言わないでくれ、とでも言いたげな神崎の様子は哀れだったが、それが演技である可能性も否めない。誰も信じることはできないのだ。ここでボロを出す可能性もある。おれは質問を矢継ぎ早に投げかけた。
「森井はおれのすぐ目の前に倒れていました。停電している最中に、誰にもぶつからず抜け出して、また戻ってこれるものなのでしょうか。反対に神崎さん、あなたは一番ドアの近くにいた。あなたなら気取られずに北条を殺害できるんじゃないですか? そうでないとしても、高峰さんが犯人である可能性はあります。森井か、北条を犯人だと信じ込ませたいような口ぶりのようにも思えましたから」
「そういうおまえだって疑わしいじゃねえか! なんでこんなところに子共を呼ぶ必要がある? 油断させといて殺すためじゃねえのか」
神崎がそれ以上触れたら破裂してしまいそうなくらいイライラした口調で問い詰める。
おれは神崎の視線を真っ向からにらみ返す。刺々しい雰囲気を、高峰が止めた。
「喧嘩はやめてください。2人とも気が立っているんでしょうけれど、ここで仲間割れを起こしでもしたら相手も思う壺ですよ」
「わかってる!」
神崎は今にもトイレを飛び出して行きたそうなそぶりだったが、そうも出来ず、血色の悪くなった唇をかみしめていた。
「戻りましょう。森井さんを1人にさせておくわけにもいかないでしょう」
高峰がそう言ったので、おれたちは森井の寝ている部屋へかえることにした。
「……ウソだろ」
神崎の口からもれた言葉が、鉄臭い部屋に重くのしかかった。
信じられない光景が、おれたちの前に横たわっていたから。
白いシーツの敷かれていたベッドは血色に染められ、寝ていたはずの森井の胸にはナイフが深々と突き刺されている。
「おれが確認したときはたしかに生きていた。だから、そのあとで殺されたんだと思う。おれたちが北条の様子を見に行っている途中か、トイレにいる間に」
「それと――もうひとつ」
高峰と視線がぶつかる。
「僕たちがいなくなってから、君が来るまでのほんのわずかな時間。ナイフを突き刺すくらいなら一瞬で終わるだろう」
「おれを疑っているんですか」
「それ以外に何が考えられるというんだい? 君が犯人だと仮定するのが自然だろう」
「おれはやっていません」
「これでゲームオーバーだ。このふざけた探偵ゲームはもう終わったんだよ」
高峰が身をひるがえし、ピエールのもとへ行こうとするのを制止する。ここで間違った犯人をあげては、おれたちの負けになってしまう。殺人が平気で起こってしまう幻夢館だ、敗者となったおれたちに未来があるようには思えない。
おれが殺人を犯していないのは明確だ。いまだに犯人はわかっていないが、おれが犯人でないのは事実なのだ。
「なら、おれにチャンスを欲しい。身の潔白を証明するチャンスを」
おれは高峰を睨みつけるように言う。これしか挽回のチャンスはなかった。
「これから次の事件が起こるまで、おれはずっと部屋に閉じこもっている。もしおれが犯人なら、次の事件は起こらない。だが、おれが犯人でないのなら、事件が起こることによってそれを証明できる。そして、断言しよう。次の殺人は、起こる」
高峰と神崎はお互いに顔を見合わせて困惑した表情をしたが、結局首を縦に振った。
犯人は高峰か神崎だ。
これは間違いない。邪魔ものであるおれがいなくなれば、犯人は必ず事件を起こす。残った1人が自動的に犯人だ。
「……それしかない、か」
被害者が増えてしまうことはなるべく避けたかったが、ゲームに負ければどちらにせよ生きては帰れないだろう。運が良ければ、もう片方の不穏な動きに気付いて抵抗することもできるかもしれない。
高峰も神崎も、勘は鋭い方だ。
おれが犯人に仕立て上げられたのは不覚だったが、そうなってしまった以上どうしようもない。
自室にはそとから鍵がかけられ、内側からは開かないように施されている。これでおれは外から開けられない限り、この部屋にとどまり続けることになる。
犯人がわざわざおれを殺しに来ることはないだろう。
手ごろな標的がいるのだ、面倒な手段をとるはずがない。
だが、『最後の1人になった時点でゲームオーバーだ』とピエールは言っていた。これはつまり、犯人以外の全員が殺されるということだ。最後に残るのは実行犯。
「武器でも作っておくか」
犯人を暴く前に殺されてしまっては元も子もない。役に立ちそうなものはないかとあたりを見回して、執事を呼ぶためのベルが目に入った。これを押せば武器も調達できるのだろうか。
ためしに呼び鈴をチリン、と控えめにならしてみる。
数分後、鍵のかかったドアの向こう側からくぐもった声がした。防音設備がしっかりしているせいで、むこう側の声が聞こえにくいのだ。
「どうかなさいましたか?」
「武器になりそうなものが欲しいんだが、何かないか?」
「呼び鈴の置いてあるテーブルの引き出しに、拳銃があります。それをお使いになられてはいかがでしょうか」
「そんなものがあるのか」
「各部屋には1台ずつ拳銃が置いてありますので」
「これもピエールの指示なのか?」
「さようでございます」
扉越しにも執事がお辞儀をしたんだろうな、とわかる間があって、彼は去っていった。
黒光りする拳銃はずっしりと重かった。小説に出てきた銃は発射される――なんて不吉な1節を思い出す。これをつかうつもりはない。あくまで威嚇用だ。
だが、そんなおれの思惑とは裏腹に弾丸は隙間なく詰められていたし、メンテナンスも怠っていないようだった。安全装置を外し、引き金にかかった指に少し力を込めれば人体を貫く弾丸がよどみなく発射されることだろう。
「……くそったれ」
なにが探偵ゲームだ。
これではただの殺伐とした殺人ゲームではないか。
……いや、そうではないのかもしれない、と思った。
推理小説なんて、いつも殺伐とした世界なのだ。誰かが死んで、名探偵が解決する。それだけのことだ。
いつ襲われてもいいように銃を握りしめながら、おれはどちらが犯人なのか、考えていた。
おれが森井を介抱したときには彼女は生存していたし、胸にナイフが刺さっているようなこともなかった。ということは、おれが部屋を出ていった後に森井は殺されたということだ。
だが、神崎も高峰も北条の殺害現場にいたわけだし、森井を発見するまでもずっと行動を共にしていた。つまり、2人に犯行の機会はなかった、ということだ。
――おかしい。
奇妙すぎる。だれも殺人など犯せるはずがないのに、幻夢館では人が死ぬ。
ひょっとすると、ピエールはウソをついているのではないだろうか。犯人は使用人のうちの誰かで、おれたちはみな騙されているということも。
「いや、ない」
ピエールには、そんな七面倒なウソをつく理由がないのだ。
ルールをごまかしたゲームをしたところで、面白くもなんともない。手をつかってサッカーの得点を量産したところでなにも楽しくないのと同じだ。
だったら、なぜ森井は死んだのだろうか。まさか目が覚めてから自分で胸を貫いたとも思えない。そんな薬があったとすれば別だが、都合良く気絶した後に作用するものなのだろうか。あきらかに作為的なタイミングで彼女は殺されていた、と思う。
……頭が痛くなってきた。
どちらにせよ、もうすぐゲームは終わる。おれの勝利で幕はとじられるのだ。
鍵の、開けられる音がした。おれはベッドに寝そべっていた体をむくりとおこし、生き残った者との対面を果たす。予想していたといえばしていたが、拳銃を片手に立っていた高峰の姿を見て、おれは多少の驚きを覚えていた。
とても人を殺せるようには思えなかったから。
「どうやった?」
唐突に高峰が口を開いたが、おれには彼の言っていることが理解できなかった。
「どういう意味だ?」
「どうやってここの扉を開けて神崎を殺したのかと聞いているんだ。僕の見たところ、あの施錠は完ぺきで、こじ開けたような痕跡もなかった。幻夢館には扉をつかわずに外へ出られる仕掛けでもあるんだろうね、そうでないと僕の目を盗んで神崎を殺せるはずがない」
「最後まで白々しいことをするもんだ。おれがずっと閉じ込められていたのは事実なんだ、あんたが神崎を殺したに決まっている」
「そうでないから、僕はこうやって君を殺しに来たんだ。あくまで否定するようなら、それはそれでいい。残された選択肢はひとつなんだから」
「……あんたがそのつもりならおれにだって覚悟はある。人殺しに情けをかけるようには甘くないぜ」
「それは僕も同じだよ」
向き合ったふたつの拳銃が、同時に乾いた発砲音を立てて。
迷うことなくその胸を貫いた弾丸は誰かの命を奪うには十分な威力と、残酷さを伴っていた。心臓のあたりに感じた生温かい感触だけが、肉体に強く刻まれた。
続きます。




