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放課後のテレパス

あんな宣言をしておきながら、見事に約束をたがえてしまい大変申し訳ありませんでした……。

学校からの帰り、人通りの多い駅の地下街を歩いていると、ふと後頭部に刺さるような感覚が生じて振り向いてみたのだけれど、そこには紫色のパーマをかけたおばちゃんが両手に大きなビニール袋を提げているだけだった。

一瞬、おばちゃんと視線が合ってしまい気まずい空気が流れる。

気のせいかと思いなおして再び前を向くと、今度はさっきよりも強い違和感を覚えた。これは勘違いや気のせいなどではないだろう。

どうせ背後を確認してもだれもいないのだから、裏をかいてやろうと思って両手を後ろに回してそこにあるものをつかむ。わしゃ、という乾いた感触。嫌な予感がした。

おばちゃんの、指に巻きついてしまった紫色の髪をほどきながら、おれは平謝りに謝った。

……誰だか知らないが、許すわけにはいかない。

おばちゃんの睨みつけるような視線をもろに浴びながら、おれはそう誓った。

ポケットから携帯電話を取り出し、電波の度合いを確認する。圏外。ひょっとするとメリーさんが電話をかけようとしているのだが、つながらなくて恨めしい目つきでおれを追いかけているのかもしれない。

それは勘弁してほしい。

地上に出なければ電話に出ることができないのに、おれはもうしばらく地下街に用があるのだ。

目的はケーキを買って帰ること。

今日はひいきにしているケーキ屋の特売日で、一品だけ半額で購入することができるのだ。授業中からこればかりを楽しみにしてきたというのに、いきなりメリーさんとやらに脅かされてケーキを落としたら半殺しでは済まないくらいの地獄を見せても気がおさまらない。

年頃の高校生は甘党なのだ。こればかりはどうしようもない。

とるならおれの背後ではなくゴルゴ13でも狙えばいいものを。なぜ、平凡な学生がどこから来ているのかわからない電波に怯えなければいけないのか。

「……ちくしょう」

今に見ていろ、痛いめを見せてやる。

おれはひとまず優先事項であるケーキを買うことを先に済ませることにした。これで売り切れていたら再起不能になるかもしれない。

そうならないように願って、おれはやや速足で通路を進んでいく。



「ありがとうございました」

店員のスマイルよりも弾んだおれの心の大部分は、今購入したばかりのモンブランに集中していた。甘くとろけるような渦巻状のクリームの部分と、クッキーのように歯ごたえのある台のコラボレーションがたまらないのだ。頂上に天使のように添えられたのマロンも忘れてはならない。

そのプレシャスが、おれの右手に持っている小箱に入っていると思うと、自然と足取りも軽くなるというものだ。自制心を取り払えば、スキップどころか愛してるの響きもなしに空も飛べそうだ。

……あの、ちくちくと刺激が続いている感覚を除けば。

どういうわけか高校球児の頭をなでているような感触が、ずっと続いている。まるでストーカーのように、逃げても逃げてもついてくるのだ。

非常に不愉快だ。

さっきのおばちゃんの借りもある。得体のしれない犯人の正体を暴けたなら、ねちねちといびってやろう。波の満ち始めた海岸線にうめるくらい、じわじわと。

それなのに、視線は楽しむかのように勢いを強めて。

このまま帰って全てを忘れるのも手か――いや、それではおれのプライドが許さない。

絶対に負けてなるものか。

とりあえず、原因を究明することが先決だろう。この奇妙な感覚はどこから発せられているものか。

背中を壁にくっつけてみる。誰かが背後にいるのならこれでどうにかなるはずだったが、刺激はなくなるどころか少しだけ強くなった。

ということは、壁をすり抜けられるか、あるいはもっと遠くからこの怪電波を送っているに違いない。

幽霊が相手となると、また岡倉の世話にならなければいけないので癪に障る。というわけで、遠くから説を採用することにしよう。

そもそも、犯人はどうしておれにつきまとうのだろう。

意識的か、それとも無意識か。

わざとではないのなら責めようがない。おれはどうしても復讐がしたいので、犯人は意図的におれを狙っているとする。

では、その理由は?

おれのことが好きだから。恋の電波というやつか。却下。今はあまりロマンスという気分じゃない。どちらかと言えばドロドロの戦争ものだ。

おれの顔に何かついているから。顔をこすってみる。変化なし。

定期券を拾ったのだが、シャイなため声をかけられずにいる。ポケットを確認。……の前に、おれは学校まで徒歩で通学しているので定期券を落としようがなかった。

他には……と考えて、おれは目をつぶる。

脳に直接響く、くすぐったい感触が浮かび上がってくる。誰かの指が脳みそを探って遊んでいるような、体の内部からいじられている印象だ。

これは何をしているんだ?

「これは何をしているんだ?」と誰かが繰り返す。

誰なんだ?

「誰なんだ」とどこかで響いた。

……そうか。

「そうか」と誰かがどこかで言った。

禿げたおっさんがビキニの水着を着てパンダメイクを施しながらパラシュートで降下していくときの姿を思い浮かべた。

大学生くらいの女性が、笑いをこらえきれずに吹き出した。



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

おれたちは地下街にあった喫茶店の奥の方にあるテーブル席を陣取って、コーヒーを注文したところだった。場所代という意味なのか、コーヒーの値段は目を丸くするくらい高かった。

そして、憮然とするおれの目の前で机に頭をこすりつけんばかりの勢いで謝罪しているのが、違和感の元凶である犯人だ。

むせこむような笑い声が聞こえたとき、おれはすぐに彼女を見つけ出し腕を掴んでこの喫茶店に引きずり込んだのだ。それからというもの口からついて出たのは「ごめんなさい」の言葉ばかりで、コーヒーを運んできたウェイトレスも何事かと驚いていた。

肩くらいまである黒髪に垢ぬけない顔立ち。童顔というほどではないが幼い印象を与える人だった。

五分ほど謝り続けたあと、ようやくその人は顔をあげた。

「……ほんのいたずら心だったんです」

(もうおれが許したと思ってますか)

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

我ながら鬼畜だとは思うが、見も知らぬおばちゃんの髪を思い切りつかんでしまったことへの怒りはまだ消えてはいなかった。

美味しくもないコーヒーを不愛想にすすりながら、おれはその人が謝るのを眺めていた。

口は開かない。しゃべらなくても言いたいことは伝わるからだ。

「……まさか私の力を感じられる人がいたとは思わなくて」

(常習犯ですか。たちが悪い)

「でも、知られなければなかったのと同じことですし」

開き直ったように言う。どこかの哲学書でも読んだのだろうか。いやに自信満々だった。

「そうなんですよー。私実は、これでも文学科でして。この前読んだ本に猫の話が載ってて、確認してみるまではその猫がいるとかいないとか」

(シュレディンガーの猫ですか)

「そうそう、そのシュワちゃんの猫です」

(銃で撃っても死にそうにない猫ですね……)

「動物の話になったとたん、殺そうとか思うなんて残酷な人なんですね。ちょっと失望しました」

(……あなたも動物として考えましょうか)

「じょ、冗談ですってば。スキンシップをとるための軽いジョークです」

テレパスの彼女は焦ったように取り繕っているが、たとえ心が読めなくともウソをついているのは明らかだった。どうやら天然とかそういう範疇を第2宇宙速度で飛び出してしまった人らしい。

ちなみに、地球の重力を振り切るための速度のことだ。

「ひどいです……」

(第3宇宙速度じゃないだけありがたいと思ってください。太陽系もなんのそのの速さです)

「へえー、そうなんですか」

感心したように言う。

確か中学生の理科の範囲に含まれていたはずだと思うのだが。彼女の脳みそは何を学んでもすぐに忘却の彼方へと追いやってしまいそうだ。

「あの、さっきから悪い印象しか伝わってこないんですけど――」

おずおずと尋ねるが、おれは冷たい視線で返事をする。

そろそろイメージするだけというのもつかれた。言葉よりもダイレクトに伝わる分、遠慮や隠し事といったような小細工が利かないのだ。まあ、彼女にはそれも必要ないのだけど。

おれはもう一口コーヒーをすすり、彼女もそれをまねした。

はじめて口を開く。

「それで」

「はい」

「どうしておれの頭の中身なんて見ようと思ったんですか。あのときは恥ずかしながらケーキのことしか考えていませんでしたけど」

「いやー、学生さんの考えていることってすごく面白くて、手当たり次第に漁っていたんですよね」

「……趣味が悪い」

なんでも、恋愛をしている人は甘酸っぱくてたまらなく、悩み事を抱えている人のは足の裏がむずむずするような感覚があり、それがたまらないのだという。どんな映画よりもリアルで、面白いそうだ。

疲れ切ったサラリーマンは仕事のことばかり考えているし、主婦の思考はその日の買い物でいっぱいだから、自分の人生を目一杯に生きている若い人の方が好みらしい。

おれも目をつけられたうちの一人だったというわけだ。

「今までテレパスの能力を勘づかれたことはおろか、その気配さえ気づかれなかったんですけど……どうやら私のことが分かる人がいるみたいだと思ったらどこまでいけるか試してみたくなって。絶対にばれない自信がありましたし」

「おれはそのせいでロクでもない目に遭っているんですよ」

「あれは面白かったです。まさか真後ろのおばちゃんの髪をつかむなんて」

反省している様子はまるでない。

おれは想像のなかで彼女の頭を思い切り殴った。女性に暴力をふるうのはあまり好きじゃないが、おれは心に充分な痛手を負っているのだ。

実際は傷ついているわけではないのだし、良心が痛むこともない。

これはいい気晴らしになりそうだ。おれはニヤリとほほ笑んだ。

「……なにか悪だくみしてません?」

「そんなことありませんよぉ。それより、まだお名前をうかがってませんでしたね」

「あなたは新堂さんで合ってますよね。私は白谷結衣しらたにゆいっていいます」

「そうですか。では白谷さん、円周率は好きですか?」

「あんまり好きじゃないです。どうしてそんなこと聞くんですか?」

おれは白谷さんの瞳をじっとのぞきこみながら、彼女の脳内に届くように数字を数え上げた。

(3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679 8214808651 3282306647 0938446095 5058223172 5359408128 4811174502 8410270193 8521105559 6446229489 5493038196……)

「あぎゃああああああああああ! やめてください! 頭がパンクします!」

頭を抱えてのたうちまわる白谷さんの様子は実に滑稽だ。せっかくなら流れ込んでくるものを記憶すれば簡単に円周率を覚えることができるのに。

おれは雑念を捨て、純粋に無機質な数字を思い浮かべられるように集中する。

傍目には目をつぶってめい想する制服姿の少年と、なぜか頭部を抑えて苦しんでいる女子大生の奇妙な絵柄が映っていることだろう。気にするまい。

(……4428810975 6659334461 2847564823 3786783165 2712019091 4564856692 3460348610 4543266482 1339360726 0249141273 7245870066 0631558817 4881520920 9628292540 9171536436 7892590360 0113305305 4882046652 1384146951 9415116094)

「ごめんなさい。本当にごめんなさい! もうしませんから!」

白谷さんは閻魔大王に許しを請うかのような態度で必死に謝り続けている。

これはもう少しからかって遊べるだろう。

「そ、それだけは勘弁を!」

「あれ? まだその能力ちからを使うつもりですか? 懲りない人ですね」

「ち、違うんです! これは私がわざとやっているんじゃなくて、なんというか切断できなくなってしまったみたいで」

「どういうことですか?」

「たぶん新堂君が私のほうにアクセスしようとしたからだと思うんですけど、そのせいか私たち頭の中が繋がったままになってしまっているみたいなんです。だからいやでも新堂君の考えていることがわかっちゃうんです」

おれの胸にほんの少し浮かんだ疑惑の気持ちを敏感に読み取って、白谷さんはぶんぶんと頭を横に振った。

「信じてくださいよう」

……まあ、好きで円周率を頭の中に流し込まれる人はいないだろうし、もしそうだとしたら彼女は相当なM性質を有しているということになる。それはそれで好都合だが。

「わ、私、そんな趣味はありません」

顔を真っ赤にして否定する。

またまた、隠さなくてもいいんですよ。

「違いますって! いい加減にしないと怒りますよ?」

「どうぞどうぞ。おれはそのくらいなんともありませんし、耳元でがみがみ怒鳴られていてもフェルマーの大定理を証明することくらい余裕です。どちらかというと白谷さんが困るんじゃないですか?」

「……わかりました」

ところで、おれは彼女を責める気なんてこれっぽちもなくしてしまっていたのだが、いちいちリアクションの面白い白谷さんを見ていると苛めてやりたい気持ちが噴出してきたこともなくもない。

テンションも上がってきたことだし、遊んでみるか。

おれはそう決断すると、昨夜の深夜番組で放送されていた心霊写真や恐怖画像、雪男のようなものまでやたらめったらに怖そうなイメージを思い出す。番組の主旨は後半になるにつれて大きくずれていたが、要は面白くて話題になりそうな写真を取り上げられればよかったのだろう。おかげでレパートリーだけは豊富になった。

あの手の写真にはたいてい合成が施されている。

おれは脳内で不鮮明な個所を勝手に補正し、あることないことを付け加えてよりおどろおどろしい夏の夜に似合いそうなビジョンを作りだして白谷さんの思考へ送りつけた。

拒絶しようとしてもできないというのは、逆手に取られると実に厄介な能力だ。

白谷さんももれなくその恩恵にあずかってしまい、絶叫マシーンに乗った女子大生みたいな悲鳴をあげながら涙目でおれをにらみつける。

「なんですか?」

「どうして私が怖がりなのを知っていてそーゆーことをするんですか? もうたくさん謝ったし、許してくれたっていいじゃない」

「ああ、それならもうとっくのとうに」

「じゃあ、この得体のしれないどろっとした髪の毛の女性とか、人影もないのになぜか肩に置かれている血まみれの右手とか、壁一面に群がっているGとか――。か、体の震えが止まらないからすぐにやめてほしいんだけど」

「おれの方もじつはテレパスで遊ぶことに目覚めちゃいまして。それに知らないまま頭の中のお花畑を覗かれた人たちの復讐も兼ねて、ちょっと楽しいことをしようかと。楽しいことは嫌いですか?」

「じ、自分が楽しいだけじゃない!」

顔を真っ青にしているのか、真っ赤にしているのかよくわからない顔色で白谷さんは非難した。

おれは肩をすくめる。

「まあ、そうですけど」

そこにおもちゃがあったら遊びたくなるじゃないですか。

「それに減るものじゃないし」

「わ、私の寿命が減るかもしれないでしょ!」

「大丈夫。あなたはきっと長生きしますよ」

おれはにっこりと天使のスマイルを惜しみなく白谷さんに送りつつ、かたわらでは「ムンクの叫び」をさらに混沌とさせたような絵画を想像していた。

キャーキャー言いながら耳をふさごうとする彼女の様子は、まるで毛虫を見た少女のようだ。

「ところで」とおれは言う。「一般的な高校生が普段何を考えているのか教えて差し上げましょうか?」

「え?」

白谷さんが何かに気づいたように目を丸くする。

たぶん経験があるのだろう。桜色よりももっと濃いピンクの世界を垣間見てしまった経験が。

「そ、それは」

「……嫌なんですか?」

「は、恥ずかしいと思わないの? これは立派な痴漢でセクハラなんだからね!」

「何を想像しているのか知りませんけど」

「この変態!」

「おれは決して」

「助平!」

「そのようなことは」

「あーんなことや、こーんなことを妄想してばっかりいるからそういう情けない子に育つの! もっと子供らしく純情なことを考えていればいいの! 赤ちゃんはコウノトリに運ばれてくるんだから!」

「…………」

大声を出したため荒い息をしている白谷さんは顔をトマトのように真っ赤に染め上げている。あまり人気がないとはいえ、喫茶店でくつろいでいる客たちの視線と興味を一身に浴びていることにようやく気付き、今度はリンゴのように紅潮した表情で恥ずかしそうにうつむいた。

「恥ずかしい人ですね」

「……うぅ」

店内に飾られている鳩時計が、5時ちょうどを告げた。

それがきっかけになったのか頭の奥でプツン、と糸の切れたような音がした。まるで糸電話の糸を切断したように。

「あ!」

と白谷さんがうれしそうな表情を見せる。どうやら接続が解除されたらしい。

「やった! ついに解放された!」

厳密に言えばおれのほうが被害者なのだが、無邪気に喜んでいる彼女を見ているとそんなことを口にする気もおこらなかった。

ケーキを片手に立ち上がると、コーヒー二杯分の領収書を持ちレジに向かう。結局、ケーキ代よりも高くついてしまった。それも悪くない。

「せっかくですし、うちでケーキでも食べていきますか?」

とおれが提案すると、

「結構です」

ときっぱり断られてしまった。


……まあ、言い訳させてもらうと旅行+試合+部活+趣味のサッカーetcが連続で訪れてしまったため、書く時間がなかったんです。

私は書き始めるまでにすごく時間を要する人なので、一度流れが途切れてしまうとなかなか復帰できないというか……はい、すみません。

それにコミカルな展開は苦手です。

会話とかのリズムをもっとよくできたらいいんですけど。

あんまり中二病っぽくなかったですが、要は誰かに自分の頭の中身をのぞかれているんじゃないかってことを小説にしてみたものです。

インセプションか!

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