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アメノナカデ

心臓の弱い方、いまでも昔を思い出してはベットでジタバタする方などはお気を付けください。

 




  『中二病とは、恥じらいを知らない自由なものたちによる愉快な妄想である。


                         ―――― Chris Y S 』





「雨……か」

それは天から零れ堕ちる、空のナミダ。そして限りなく哀しい物語のハジマリ。

「ククク――さあ、オロカナ国民達よ、そのチカラを存分にふるうがよい。そして始まる伝説レジェンドは永久の歴史に刻印されることだろう。脳裏にとどまる記憶こそが我々の存在理由であり、そうすることでしか意義を得ないのだから」

ここはだれもが自由にユメを観る場所。

ルールも鎖もない、ただ己の技量だけが命綱となる。その源は想像力であり、遮るものはもはやなにもない。誰かによって考え出された抑圧のないイメージが体をなし、命を吹き込まれることによって今、新たなストーリーがはじまるのだ。




第壱話 アメノナカデ



彼は静かに降り始めた雨のしずくを頬に感じると、そっと空に向かって手を差し伸べた。

手のひらに生温かい水がしみわたる。なんとなく心地よくて、彼は目をつむった。

服がぬれてしまうとか、そういうことは考えていなかった。所詮、着衣などというものは薄すぎる防具にすぎないのだ。

なんなら裸でもかまわない。

本当に必要なのは外見や体面というあてにならないものではなく、己の体と剣だけなのだ。それと、自分に打ち勝てるだけのココロ。彼はそれで充分だと思っていた。

――余計なものは自分を弱くするだけだ。

彼は再び眼を開く。

口元を怪しくゆがませ、ナイキのスニーカーで踏み出した。水のしみこんだゴムの音がした。

学ランに身を包まれたその姿はどこからどうみても普通の学生にしか見えなかったが、それは偽りの外見にすぎず、その実態は別にあることを、一体どれほどのものが気づいていただろうか。



窓ガラスにぽつぽつと体当たりする雨滴を見て、おれは今朝やっていた天気予報を思い出した。

本職の天気予報士なのだろう中年のおじさんと、若いアナウンサーが天気図にうつる雲を指差してなにやらと解説をしていたが、そんなものは言われるまでもなく今日が雨であることを示していた。

弱い低気圧が列島に近づいてきている。

そうすれば天気が崩れる。自明の理だ。その程度もわからないようでは、いざという時に生き延びることはおろか、日常生活にも支障が出る。

世の中、バカばっかりだ。

くだらない教師が教える授業にも、低俗な話ばかり盛り上がるアホどもにも辟易としていたが、学校という教育機関には行かざるを得ないのだ。なんという無駄な時間だろうか。

それでも政治家になって義務教育をなくすよりも、こうやって外の景色を眺めているほうが時間がかからなくていいので、とりあえず目立つようなこともせず無意味な高校生活を過ごしていた。

教科書通りの受け答えと、平均点を少し上回った成績をとっていれば目をつけられることもない。

答えを見ながら宿題を解いた時のように、ちょくちょく間違えを挟むのは得意だった。問題から平均点を予想し、配点を予想するほうがずっと楽しいし、クラスメイト達の表情を観察していれば大体の点数はわかった。

勉強してなーい、とか言うやつの6割は勉強をしている。ただ4割は本当にしていない。

学校は人間観察の実験場であり、観察者であるおれはフラスコの外から対象物を観察している。それだけの話だった。


案の定、下駄箱の付近で傘がなくたむろしている同級生たちをしり目に、おれは校門を出た。

心配することもない。この雨はあと30分もすればやむ。

もちろんそんなことを親切に教えることもなかったが、待ち切れず鞄を傘にして駆けだしていく男どもを横目にしていると自然に笑みがこぼれた。

そんなに早く帰ったところですることもないだろうに。

たまには図書室でゆっくりと読書でもたしなむような余裕のあるやつはいないものか。聖書なんかも小説として読む分にはなかなか面白いのに。

まあ、いないだろうけど。

図書室の本なんてくだらない小説とあてにもならない参考書ばかりだ。

信用度はインターネットに氾濫するサイトと同じようなもの。内容はそれ以下。自由な発想がない分、それ以上にたちが悪い。

考えればわかること。いちいち調べる必要もない。

ほら、雨がやんだ。

雨雲は黒いまま風に流されている。まるで濁流に流されるかのように。

そうやってしばらく理由もなく目まぐるしく変わっていく上空の景色を眺めていると、いつのまにか人通りがすっかりなくなってしまっていて、取り残されたのは閑散とした道路だけになっていた。

どういうことだろう。

久しぶりに感じた疑問を反芻していると、道の向こうから傘を持った学ラン姿の男の子がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

年齢は同じくらいだろう。近所の高校の制服を着ている。何の変哲もない、ボタンと襟のついた黒い制服だった。

特に目立つような特徴もない、すれ違えば忘れてしまうような顔だ。

彼のような人こそ犯罪を起こすべきなのかもしれないな、と少しだけ思った。指名手配になっても、全国に似顔絵が張られたとしても、時効まで逃げ続けることができるだろう。まあ、その前に現行犯で捕まるのがオチだろうが。

あまり頭のよさそうな感じではなかったし。

だが、彼の周りから発せられるオーラだけは否めないものがあったのも事実だ。

誰もいない道端を二人の学生が交錯する。

まるでドラマのワンシーンのようにスローモーションで映し出される映像は、次の瞬間のための痛々しいほどの緊張感を醸し出していた。

それは、まさに刹那。

雨が落ちるよりも、桜の花びらが散るよりも早く、二人の握った長傘がまるで日本刀のように討ち交わされた。

それは現代に残った侍たちの闘い。

熱き魂と洗練された技術がぶつかり、そこに古より甦りし決闘が生まれる。

水しぶきをあげながら斬撃が空を切り、その軌跡の残像が消え失せないうちに新たな剣筋が死線を刻む。

彼は黒色の傘を思い切り横に払うと、そのままバックステップで間合いを取り呼吸を置いた。初めての言葉が何かを探るように発せられる。

「……あんた、何者だ? その腕前は剣道を習っていたとかそういうレベルじゃねえ。幼少のころから達人に剣の師範を受けてきた――そんな感じの正確な剣だ。だが……それだけじゃねえ。わかるぜ、何か隠してるんだろ、他に」

平常の、なんてことない表情を装っているが、かなり動揺しているらしいことは震えていた声からもよくわかった。

「別に。意図的に隠しているわけじゃない。たった数合の打ち合いでそこまで見破れる君こそ、大したものじゃないか。その剣は独学かい?」

素人をはるかに超えた範疇ではあるが、誰かに教え込まれたという雰囲気ではなかった。おれのとは正反対に、乱暴で力任せな節がある。だが決して大ぶりなわけではない。スピードとパワーを兼ね備えた、ある意味邪道な技なのだ。

はっきり言って厄介だろう。

表情にこそ出すことはないが、非常に面倒くさい相手であることは確かだ。

おれはポーカーフェイスを保ちつつ問いかけてみる。

「どこで練習した? まさか毎日筋肉トレーニングをしていたら自然に身についていた、とか言わないでくれよ。おれだってこれを会得するのに15年はかかったんだ。その間は地獄だったんだぜ?」

「そんなことはどうでもいい。あんたが何年修業を積んでいようが俺には関係のない話だ。それに、おしゃべりはあまり好きじゃない」

「そうか。見つめあうと素直におしゃべりできないと言うしな」

冗談を織り交ぜつつ、おれは相手から視線を外すことなく情報を集め続ける。

敵の戦略・戦術を知る上でいちばん簡単なのは相手から直接聞き出すことだ。自分の力をひらけかしたがっているやつは多いので、ちょっと話術を織り交ぜてやればぺらぺらと手の内を明かしてくれる。

ゆえに戦闘のあいまの会話は実に高度な心理戦となる。

剣を交わすことなく相手を知ることができるというのは、ずいぶんと戦況を有利にしてくれる。相手の手の内を見ながらババ抜きをするようなものだ。

カードさえわかってしまえば、恐れるものはなにもない。慎重に、かつ確実に勝負を決めるだけの話だ。

「無駄口はそれまででいい。俺はずっと強敵とやりあえる日を求めていた。それが今日だった――たったそれだけの偶然だ」

「いや、偶然じゃないぜ」

とおれは言う。

「偶然じゃない。強者はお互いに運命によって惹かれあう。磁石みたいなもんだな、つまり」

「そうか」

と彼は言った。

傘を持つ右手に力がこもるのをおれは見逃さなかった。来る、と本能的に直感する。

斜め下から一直線に襲いかかってくる軌道を一瞬で読み切り、鼻先を先端が通り過ぎていくのをゆっくりと眺める。

……はずだった。

もしそれが本物の刀だったならば、何の問題もなかっただろう。何万回やったってかすり傷一つ当たらなかったはずだ。

だが。

「ッチ!?」

不運なことにおれたちが持っていたのは濡れた傘だった。

遠心力により表面についていた滴が先端に集められ、そして、まるでこらえきれなくなった雷が落ちるように軸の先から離れる。

引き寄せられるように飛んだそれは、瞼を閉じるよりも早く目を直撃した。

まずい。かなりまずい。

ヒトの脳が感覚器から受け取っている情報量は視覚が約8割を占めているといわれている。だから、目をつぶされるというのはほとんどの感覚を奪われたことと等しいのだ。

いわば状況は暗黒。それに対して向こうは隙だらけのおれを両目でしっかりとらえている。

二撃目はどこからくる?

最初の剣戟は右側へいなした。普通に考えればそのまま折り返して右肩から袈裟切りをくらわせるところだろう。

だが、それはあくまで効率を重視した場合の話だ。

スピードを増し、相手が反応する前に攻撃を当てる。剣術においてはこれが最短のルートになる。

しかし目が使えない以上、相手は焦る必要なく落ち着いてトリッキーな場所から一撃を食らわせればいいのだ。惰性の受けなんてものはちょっと趣旨を変えてやればすぐにかい潜れてしまう。

防御できるのはせいぜい一回くらいのものだろう。

それさえ出来れば間合いを取りなおし、形勢を立て直すことができる。

考えろ。

常に最悪のパターンを想定し、回避する。それがおれの戦い方だ。

だったらどうすればいい。何から逃げればいい。

この一連の思考が頭をよぎっていたのはほんの一瞬のことだった。耳元を、ぶんという風を切り裂く音が通過した後、おれは傘を構えた。チャンスは一回だけだ。これを取りこぼせば負け。ほんのわずかなミスが招いた危機だった。

結果は風よりも早くやってきた。

「ぐっ……」

後ろにのけぞりながらも、おれはこぼれる笑みを抑えることができなかった。

「かははははは。――この勝負、おれの勝ちさ」

「…………」

みぞおちの前に構えられた傘は、完全に突きを受けていた。

「それにしても本当に凶悪な手を選択するとはねえ。普通に斬りかかられていたら今頃どっかの骨がイカレてたところだぜ」

「何故、わかった」

「なに?」

「とっさに突きを想定して防御するなどということは、常人じゃありえない」

「いや、まあ、勘ってやつだよ」

半分マジで、もう半分はウソだった。

「突く」という動作は戦闘のなかではあまり使われない。いったん手を引く必要があるし、なにより軌道が直線的で読まれやすいからだ。

ゆえに間合いの広い槍術ならともかく、近接戦ではほとんど見られないのだ。

剣道でも、面や胴が良く狙われるのはそのためである。

口には出さないが、綿密に計算をして叩き出した最悪の答えがこれだった。それも急所を的確に狙ってきた。心臓じゃなくてラッキーだったとしか言いようがない。

「それにしても、雨粒で目隠しをするなんてこと、よく思いついたもんだ。ちょっとだけ油断しちまったぜ」

「そんなこと。戦術の基礎のうちだ」

「へーえ。参考になるねえ」

おれはひゅう、と口笛を吹いた。雨のなかに乾いた音が響く。

「ひょっとして君はずっと剣ではなく傘で戦ってきたんじゃないの? そうでないとこんな戦法を編み出すことはできないだろうし、なにより君の太刀筋は明らかに剣術のそれじゃない」

「そうか」

と彼はつぶやいたように見えた。なぜなら、唇を少し動かしただけで何も音が伝わってこなかったから。

「名乗りがまだだったな。俺は傘刀流さんとうりゅうの唐沢総司だ――あんたは?」

「新堂瑞貴だ。何者かと言えば……そうだな、神の伝道師ディバイン・エヴァンゲリストと呼ばれてたこともあったかな」

「だいぶ前に話を聞いたことがある。終始お気楽な調子で相手を撹乱する天才だと」

「……うっそだー」

なんだか無性に悲しくなって、おれは涙を流した。

冗談だと言ってくれよ、唐沢君。

「――だがその本性は人類有史の天才であるとも」

「そう、そっちそっち。それ、おれのことだから」

ひらひらと手を振って見せる。唐沢君は冷たい視線を向けていた。

……ノリが悪いなあ、まったく。

おれは気を取り直して正眼に傘を構えると、言った。

「雨が再び降り始める前に、この戦いを終わらせようか。あまり制服を汚したくはない」

「望むところだ」

おれはローファーで地面をえぐるようにして一気に跳躍し、回転しながら斜めに斬り伏せようとする。かれはそれを真っ向から受けると、反撃として顔面を横なぎにしようとした。

体をひねって攻撃をかわす。

「ふつーはそれで君の傘はお陀仏になるところなんだけどなあ――やっぱりそう簡単にはいかないよね」

半円を描くようにして舞い戻ってきた剣戟は、おれが着地しようとしている足元をえぐりにかかる。持っていた傘を地面にぶっ刺してタイミングをずらし、唐沢君の顔面に蹴りを食らわせようとするも、しゃがまれて当てることができない。

「ねえ」

そしてなぎ払われた傘を利用し、もう一度空中で回転しながら斬撃を浴びせる。無防備な背中に入るはずだったそれは、まるで攻撃を読んでいたかのようにすっと伸びてきた傘に封じられた。

「一口に天才と言ってもさあ」

地に足がつくと同時に連続で傘を繰り出す。

彼はそれを一分の隙もなく捌ききるとおれの傘をからめ取るようにして巻き込み、また突きを入れようとした。

「いろいろあるわけだよ」

的確に人体の急所を狙った一撃を指先で受け流す。首の横をすれすれで通過していく傘を見送りつつ、逆手に持ち直していた柄でタイミングをずらしながらクナイのような攻撃を浴びせる。

「様々な種類の天才が、さ」

逆手はあまり攻撃には適していない。

とくにリーチの長い傘ではメリットはほとんどないと言っていいだろう。

これはフェイクだ。

あえて隙を見せることで相手の反撃を誘い、さらにそれをかわすことでチャンスへとつなげる。

「おれはどんな天才だと思う?」

返事はなかった。

かわりに飛んできたのは中断からの横薙ぎ。利き手と逆の方向から仕留めようとするいやらしい技だ。

おれはそれをしゃがんで避けると、むき出しの弱点にむかって思い切り傘の先端をたたきつけた。

「っつ」

痛いだろうな。

弁慶ですら泣いたと言われる個所だ。

そこを強打されればだれだっていくらか防御が甘くなる。精神力でどうこうなる問題じゃない。人間の本能が痛んだ脛をかばえと指示するのだ。

「正解は――」

がら空きになった鳩尾をボクシングでいうアッパーの要領で下から突き上げる。肋骨と肋骨のあいだ、すべらせるようにして内臓の真上を殴りつけた。

柔らかい感触。

どんなに鍛え上げられた腹筋で覆っていようと関係ない。目と同じように、絶対に守りようのない部分が人体には存在しているのだから。

「全部でした」

彼――唐沢君は一瞬、重力から解放されたように宙を舞うとスローモーションな放物線を描いてアスファルトの地面に落ちて行った。

ふう、と深呼吸をする。

これで終わっただろう。少年漫画の敵キャラのようにむくりと起き上がってパワーアップしたり、実はノーダメージでしたーとか言って傷一つ付いていなかったり、倒したと思ったら必ず巨大化するちびっこたちのヒーローのような相手ではないのだから。

「あべし、とか、ひでぶ、とか効果音をつけてやられてくれると盛り上がるんだけどな」

野暮な趣味だ、とは自覚している。

それでも相手の手の内を全部さらけ出させてからゆっくりとそれらを蹂躙していく快感にはあらがえないのだ。どうせ勝つなら残酷に、そして完膚なきまでに打ちのめしてやりたい。

おれは気を失っている唐沢君の脈を測る。

まあ、生きているみたいだ。

おそらくは骨の一本や二本は折れているだろうが、そこまではおれの知ったこっちゃない。

鳩尾みぞおちは下手をすると死にもいたるという。三途の川を渡らなくて済んだのはまあ幸運なのだろう。

ちょうど水溜りの真上に落ちてしまったせいで唐沢君の学生服はびちょびちょになってしまっている。かれが目を覚ますときには敗北による悔しさのせいで雨にあたりたがるだろうが、残念なことに雨雲はまるでジェット気流に流されるようにして散っていくところだった。

まぶしい太陽が雲の切れ間から顔をのぞかせている。

この調子なら10分ほどで虹が現れるだろう。

虹の根元には宝物が隠されているという話を耳にしたことがある。だれかがそんな話を真に受けて瞳をキラキラ輝かせながらどこまでも走り続けているのかもしれない。

敵としてはやや小物だった彼だが、戦闘はそれなりに楽しかった。ピンチを味わったのはどれくらい久しぶりだったろうか。油断大敵、その教訓を改めて感じさせられる出会いだった。



……と感慨に浸っていたところへ、晴れ間だというのに水を差すような裂け目が空を二つに割った。まるでモーゼが海を割ったように。

よく目を凝らすとそのなかからわらわらと虫のような異形の物体が湧き出してくる。

それらは一直線にこちらへ向かっているようだった。

人間サイズのイモ虫と言ったところか。

目をそむけたくなるような原色のけばけばしい色をしている。あのままつぶせば当分絵の具には困らないだろう。

それらは後からあとから水のようにあふれ出てくる。地面に落ちては体が裂け、体液のとび散るさまをぼんやりと観察していたのだがやがて死体の山がうず高くなっていくにつれて何匹か生きたまま道路を這ってくるイモ虫が出てきた。

コンクリートの上を異様に大きなイモ虫が進んでいく光景は、どこかにゴジラが出てきてもよさそうなくらい普通じゃなかった。

「……気持ちわる」

虫はあまり好きじゃない。

絵の具のチューブから生まれたような原色のけばけばしい姿のイモ虫たちは何を目的にしているのかわからないまま這っているようにも見えた。

おれは気絶している唐沢君の傘を借りてイモ虫をつついてみた。

地球上の生物はほとんど把握しているから、こいつらは少なくとも新種だろうということはわかる。それに食物連鎖の関係からして、こいつらは明らかに捕食される側だ。サイズこそ人間並みだが、知能も運動神経もありそうにない。要はいろんな動物のえさだ。

まずおれたちが食べられることはないだろうということで、おれはイモ虫たちをつついてみたり、目の前を横切ってみたり、唐沢君を投げつけてみたりした。

ゲルのうえに着地したみたいに、唐沢君は巨大イモ虫の背中に安置された。

つついた時の感触はゼラチンを入れすぎたゼリーのように気持ち悪かったから、さぞかしよい夢を見ていることだろう、きっと。

それにしても、とおれは思う。

こいつらはどうして急に空から降ってきたりしたんだろうか。それ以前に、どこから何のために来たのだろうか。

全く見当がつかない。

人間に危害を加えるつもりではないだろうが、それにしても不気味だ。

知能がないかのようにまっすぐ進み、道を埋め尽くすように行進している様はどこか遠い星で撮影されたもののように非現実的だった。

その時、おれは先頭のイモ虫が急にのたうちまわり、ぐったりして動かなくなったのを見た。

何か変なものでも食べたか、急に心不全を起こしたかのような死にかただった。

「――まさか」

ふと、一つの可能性が思い浮かぶ。

おれは急いで振り返るとイモ虫たちの目と思しき半透明の器官を確認した。そのなかでは皮膚と同じ色の体液がしきりに流動している。

まるで血液が逆流しているみたいだ。

「やばい、やばい、やばい」

おれは一目散に逃げ出した。

傘だけでどうにかなる問題じゃなかったのだ。

これから街を襲うであろうパニックに備えて、おれはとにかく背を向けて走った。イモ虫たちの群れの中に置き去りにしてきた唐沢君のことが少しだけ頭をよぎったが、猛スピードで突撃してきたモスラに食べられてどこかへ消えてしまった。

どなたかタイトルの「ラス」という意味を教えてください。

なんとなく語呂で決めてしまいました。

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