給料日
クレイジーエンジニアさまからいただいたテーマで書きました。うちの運送会社の社長に対する批判ではけっしてありません(ビクビク)
社員の菊池くんが亡くなった。心臓の病気を患っていた。急死だったそうだ。勤めていた会社の社長として、もちろん私も葬式に参列した。
彼は良い社員だった。休日に突然仕事が入り、電話をして頼むといつも快く引き受けてくれた。真面目で会社思いの社員だった。
さてまた日曜日に仕事が入った。
『すみませんが、急ぎの荷物ができたんですよ。お願いできませんか』
荷主さんから電話でそう言われ、困った。前までは必ず断らない菊池くんに頼んでいたんだが、彼がいない今、行ってくれそうな社員といえば?
西山のオッサンに電話すると一言『用事があるんで』と断られた。どうせカラオケにでも行くんだろう。そんなくだらん『用事』と『仕事』のどっちが人生で大事だと思ってやがる。
椎名さんに電話したが、出ない。どうせ居留守を使ってやがるんだろう。出たところでいつも『お酒飲んじゃいました』と言ってくるアル中だ。
会社のことを想ってくれる有能な社員はなかなかいないもんだ。
私が直々に行くわけにもいかん。私も用事がある。これから家族でカラオケに行かんとならんのでな。
そう思っていると、社員の一人から電話がかかってきた。入社したばかりの呉伊地くんだ。ちょうどよかった、彼にやってもらおう。
「もしもし」
私が電話に出ると、ひどく気の弱そうな呉伊地くんの声が、いつもよりオドオドした調子で聞こえてきた。
『あ……社長。お休みのところ申し訳ありません』
「いいよ。何かな?」
『あの……。面接の時に聞き忘れてたことがあったんですが』
「うん? 何?」
『こちらの会社の給料日って20日ですよね? 今月のカレンダーを見たら、20日は春分の日で祝日なんですよ』
「そうだったかな」
『しかも金曜日なんです。この場合、給料の支払いは前倒しですか? 木曜日に振り込まれるんですかね?』
「後ろ倒しです」
『え……? ということは』
「23日の月曜日ってことね」
『そんなの……面接の時に説明ありました?』
笑い飛ばしてやった。
「君が聞かないからでしょ」
『困ります! 前借りすることってできますか?』
「うんうん。いいよ。二万円でいいかな? 事務の女の子に伝えとく」
『ありがとうございます!』
「ところですまんけど」
『はい?』
「急遽仕事が入ったんだが……すまんけど、今日、出てこれますか?」
『きょ、今日ですか……』
「うん。二時間後くらいに出てきてくれたらいいから」
『どんな仕事ですか?』
「片道850kmほどの長距離仕事」
『あの……。僕、まだ長距離やったことないんですけど』
彼の不安を吹き飛ばしてあげようと、私は豪快に笑ってみせた。
「できる、できる。わからないことがあったら同じ仕事をやってる椎名さんに電話で聞いてくれたらいいから」
『旅費は出るんですよね?』
「あぁ、以前は一ヶ月に一万円手渡しで出してたけど、うちの税理士がやめろって言うから、今は出してないよ」
『それじゃお金を使いに仕事へ行くみたいなもんじゃないですか!』
「で、行ってくれるの? 断るの?」
『すみません。用事あるんで……』
「ふぅん……。わかった。じゃあいいよ」
電話を切った。給料の前借りは約束してしまった以上、守ろう。私は約束は必ず守る善良な社長だ。そして呉伊地くんの給料はみんなより10万円少なくしてやろう。
カネのことを言い出す社員は嫌いだ。そのうちみんなに悪口を書かせてクビにしてやる。
さて困った。前は15人いた運転手が次々辞めて今では5人しかおらん。私ほど優しい社長はなかなかおらんと思うんだが……。もっとこれ以上優しくなれということなのか。
仕方ない。この休日仕事、他の運送会社に売りに出そう。
そして呉伊地くんが辞めるから、次の運転手も募集しなければな。ハローワークに出す求人票に書く文面はいつもの通り──
『社員みんなが家族のような、アットホームな運送会社です』




