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『魔導双星のリベリオン』第一部:胎動編  作者: 木徳寺
第6章丨それぞれの試練
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第五十八話

 夜明け前の、薄暗い修行場の岩場。


 東の空が白み始め、山々の稜線が青く浮かび上がる頃、ノエル・ゼーヴァルトとエリス・ファーンは、その場に立ち尽くしていた。

 彼らの前には、ただ一人の老人。


 ゼファー・フォン・アルクライド。

 杖を構えただけの、その自然体な姿から放たれるのは、山脈そのものを背負っているかのような、圧倒的な威圧感だった。


「さあ、来い! ワシにその成長の証を刻んでみせろ!」


 ゼファーの咆哮と共に、最終試練の幕が上がった。


「行くぞ、エリス!」


 ノエルが、合図と共に地面を蹴った。

 『雷速』による無詠唱強化。青白い雷光を纏い、音速に迫る速度でゼファーの懐へと飛び込む。

 狙うは、無防備に見える左脇腹。


「遅い」


 ゼファーは、動かなかった。

 ただ、杖を軽く地面に突き立てただけだった。


 ドォォォォン!


 突如、地面から不可視の衝撃波が噴き上がり、ノエルの進路を塞いだ。

 地神流魔法、『アース・ブラスト』。

 しかも、無詠唱。


「なっ!?」


 ノエルは空中で強引に身体を捻り、衝撃波を回避するが、その隙をゼファーは見逃さなかった。

 杖が、風を切る音さえ置き去りにして振るわれる。


 ガギンッ!


 ノエルは咄嗟に木剣で防御したが、その衝撃は桁外れだった。

 身体がボールのように弾き飛ばされ、数メートル後方の岩壁に叩きつけられる。


「ぐ……っ!」


「どうした、その程度か! ワシの背中など、一生見えんぞ!」


 ゼファーは追撃の手を緩めない。

 杖を振るうたびに、雷撃が、風刃が、炎弾が、嵐のように二人を襲う。

 彼は、五大属性の全てを、呼吸をするように自在に操っていた。


「くそっ、化け物かよ……!」


 エリスもまた、必死だった。

 彼女は後方から援護射撃を行うが、ゼファーはそれらを、まるで羽虫でも払うかのように、最小限の動きで弾き返していた。


「エリス! 詠唱だ! 最大火力を!」


 ノエルが叫ぶ。

 彼は、再び雷速でゼファーに突っ込み、その注意を引きつける。

 無数の魔法を紙一重で回避し、時には身を挺して受けながら、エリスが詠唱を完了するまでの時間を稼ぐ。


「風よ、集え! 嵐となりて全てを吹き飛ばせ!」


 エリスの杖に、膨大な風の魔力が収束する。

 彼女がこの二年間で編み出した、最大級の広範囲殲滅魔法。


「『ストーム・カタストロフ』!!」


 轟音と共に、巨大な竜巻がゼファーを飲み込んだ。

 岩盤すら抉り取る暴風。

 だが、その中心で、老人は笑っていた。


「ほう。悪くない」


 ゼファーは、杖を天に掲げた。


「だが、甘い!」


 バチチチチッ!


 ゼファーの杖から、紫電が迸った。

 雷神流・奥義『雷光の結界』。

 竜巻の内側から放たれた雷撃が、風の檻を内側から食い破り、霧散させた。


「嘘……!」


 エリスが絶句する。

 自分の全力の一撃が、いとも容易く無効化された。


「終わりか? ならば、次はワシの番じゃ」


 ゼファーが、杖を二人に向ける。

 その先端に、圧縮された雷球が生成される。

 これを受ければ、死ぬ。

 ノエルとエリスの肌が、死の予感に粟立った。


「……まだだ!」


 ノエルが叫んだ。

 諦めていない。その瞳は、まだ死んでいない。


「エリス! プランBだ! 合わせろ!」


「えっ!? あれをやるの!?」


「やるしかない! 信じろ、俺を! 俺はお前を信じる!」


 ノエルは、木剣を投げ捨てた。

 そして、丸腰のまま、ゼファーに向かって走り出した。


「死に急ぐか、小僧!」


 ゼファーが雷球を放つ。

 だが、ノエルは減速しない。

 直撃の寸前。


「『ウィンド・ミラージュ』!」


 エリスの魔法が発動した。

 それは攻撃魔法ではない。風で土煙を巻き上げ、同時に空気の密度を操作して光を屈折させる、幻惑魔法。

 ゼファーの視界が、一瞬だけ奪われる。


「小細工を!」


 ゼファーは、気配察知でノエルの位置を捉えようとする。

 だが、聞こえてきたのは、ノエルの足音ではなかった。


 ヒュオオオオオ……


 エリスが、風の音を増幅させ、戦場全体に響かせていたのだ。

 視覚と聴覚、その両方を塞がれた一瞬の空白。


「ここだあああああッ!」


 ノエルは、その空白の中にいた。

 彼は、雷速の出力を限界まで上げ、自らの肉体が壊れるのも厭わず、加速した。


 武器はない。

 あるのは、自身の拳のみ。

 前世のCQC。

 渾身の右ストレート。


 ゼファーは、咄嗟に杖で防御しようとした。

 だが、ノエルの拳は、その杖を狙っていなかった。

 彼は、殴りかかる直前で、拳を開いた。

 そして、ゼファーの懐に飛び込み、そのローブの裾を、強く掴んだ。


「捕まえたぞ、クソ爺!」


「なっ!?」


 ゼファーが、初めて驚愕の表情を見せた。

 ノエルの狙いは、打撃ではなかった。

 ゼファーの動きを、一瞬でも止めること。


「エリス! 今だッ!」


 ノエルの叫びに応え、土煙の向こうから、エリスの声が響く。


「『エア・バレット・スナイプ』!!」


 彼女が放ったのは、広範囲魔法ではない。

 風を極限まで圧縮し、指先ほどの大きさに凝縮した、見えない弾丸。

 それは、ノエルの身体のすぐ横をすり抜け、ゼファーの胸元へと吸い込まれた。


 防御が間に合わない。

 回避もできない。


 パシュッ!


 乾いた音がした。

 ゼファーの着ていたローブの胸元に、小さな穴が開いた。

 風の弾丸が、布を貫通し、その下の皮膚を、ほんのわずかに掠めた音だった。


 静寂が戻る。

 ノエルは、ゼファーの服を掴んだまま、荒い息をついて崩れ落ちた。

 エリスもまた、魔力枯渇でその場にへたり込んだ。

 ゼファーは、自分の胸元の穴を、呆然と見つめていた。

 そして、ゆっくりと、その顔に笑みが広がった。


「……見事じゃ」


 老人は、杖を下ろした。


「個々の力では届かぬと知り、互いの全てを賭けた連携。……1足す1が、100を上回った瞬間じゃったな」


 ゼファーは、ノエルの頭に手を置き、そしてエリスの方を向いて、高らかに宣言した。


「合格じゃ! 免許皆伝を授ける!」


「……やった……」


「……勝った……」


 ノエルとエリスは、顔を見合わせ、泥だらけの顔で、最高の笑顔を浮かべた。

 朝日が、三人を照らし出していた。


 長い長い修行の終わり。そして、本当の旅立ちの時が、訪れた。

次話は[2025年12月5日 18時00分]予定です。

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