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『魔導双星のリベリオン』第一部:胎動編  作者: 木徳寺
第6章丨それぞれの試練
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第五十五話

 漆黒の闇に包まれたシベリアの雪原。


 轟音と共に研究施設が崩落し、巨大なクレーターと化した跡地から、一筋の煙が立ち昇っていた。

 猛吹雪がその痕跡を覆い隠そうとする中、『Eidolosエイドロス』のステルス輸送機が、静かに夜空へと舞い上がった。


 機内は、行きよりもさらに深く、重い沈黙に包まれていた。

 だが、その沈黙の質は、行きとは決定的に異なっていた。


 リヒト・フォン・アルクライドは、シートに深く身を預け、天井を見上げていた。

 全身の筋肉が悲鳴を上げている。魔素のない世界で、自身の魂の根源にある「白き月」の力を無理やり覚醒させた反動だ。


 だが、不思議と気分は悪くなかった。

 生きている。そして、隣にいる男も生きている。


 その男、サイラス・ヴァイスは、手の中にある小さなデータドライブを、祈るように強く握りしめていた。

 親友ギデオンの、無念の記録。そして、彼が生きた証。

 それを奪還した今、彼の表情からは、以前のような焦燥感や、張り詰めた狂気は消え失せていた。

 あるのは、深い疲労と、そして――憑き物が落ちたような、静かな悲しみだけ。


「……リヒト」


 沈黙を破ったのは、サイラスだった。

 彼は、窓の外を見つめたまま、ポツリと呟いた。


「借りは、返す」


「……借り?」


 リヒトは、わざとらしく首を傾げた。


「何のことだ。俺はただ、任務を遂行しただけだ」


「フン。白々しい」


 サイラスは、初めてリヒトの方を向いた。

 その碧眼は、以前のような氷の刃ではなく、どこか不器用な、人間味のある光を宿していた。


「貴様の『甘さ』には、反吐が出る。……だが、その甘さに、俺が救われたことも事実だ」


 それは、サイラスにとって、最大限の譲歩であり、感謝の言葉だった。

 ギデオンを守れなかった後悔。そのトラウマに囚われ、自らも怪物になりかけていた彼を、リヒトは命がけで引き止めた。

 リヒトの「甘さ」――いや、「守る」という信念が、サイラスの心を、そして魂を、地獄の淵から救い出したのだ。


「……そうか」


 リヒトは、短く答えた。

 多くを語る必要はない。

 言葉などなくとも、共に死線を潜り抜けた男たちの間には、確かな「何か」が通い合っていた。


「だが、勘違いするなよ」


 サイラスは、フイと視線を逸らし、再び窓の外を見た。


「俺は、貴様を認めたわけではない。貴様は依然として、組織にとっての『異物』であり、俺とは相容れない存在だ。……次、また足手まといになるようなら、今度こそ見捨てる」


「……はいはい、了解したよ、エリート様」


 リヒトは、苦笑しながら肩をすくめた。

 その言葉が、もはや本心ではないことを、リヒトは知っていた。

 この男は、もう二度と、仲間を見捨てたりはしない。

 ギデオンの死を乗り越え、その痛みを背負って生きることを選んだ彼は、以前よりも遥かに強く、そして優しい男になったはずだ。


 ***


 数時間後。

 輸送機は、太平洋上の要塞、アヴァロンへと帰還した。

 リヒトとサイラスは、休む間もなく『円卓の間』へと呼び出された。

 そこには、いつものようにホログラムの玉座にふんぞり返るアークスと、その傍らに立つシエラの姿があった。


「よう、お帰り。随分と派手にやってきたじゃねえか」


 アークスは、ニヤニヤと笑いながら二人を迎えた。

 その手元には、すでに衛星映像で捉えられた、崩壊したシベリアの施設の映像が映し出されている。


「報告を聞こうか。成果は?」


「……これです」


 サイラスが、データドライブを円卓の上に置いた。

 アークスは、空中に展開されたウィンドウでその中身を素早くスキャンすると、満足げに頷いた。


「『キメラ計画』の全貌、ヴィクトルの横領の証拠、そして……被検体データか。十分すぎる成果だ」


「ヴィクトルは……第三席は、これを黙って見ているでしょうか」


 サイラスが問う。その声には、ヴィクトルへの静かな、だが激しい殺意が込められていた。


「さあな。だが、これで奴の首輪は握った。これ以上、勝手な真似はできねえだろうよ」


 アークスは、データドライブを懐にしまうと、視線をリヒトへと移した。


「で、リヒト。お前の方はどうだった? 久しぶりの『外』の空気は」


「……最悪だったよ」


 リヒトは、正直に答えた。

 極寒の地、異形の怪物、そして歪んだ組織の闇。

 どれ一つとして、愉快な思い出などない。


「だが……収穫はあった」


 リヒトは、自分の両手を見つめ、アークスに事の全貌を話した。

 魔素のない世界で覚醒した、「白き月」の力。

 まだ、その全貌は分からない。制御も完全ではない。

 だが、確かに自分の中に、「守るための力」が宿っていることを、実感していた。


「ほう?」


 アークスは、リヒトの心を読んだかのように、楽しそうに目を細めた。


「計画通りだ」


「……計画?」


「なんでもねえよ。ま、今回はご苦労だったな。二人とも、ゆっくり休め」


 アークスは、手を振って謁見の終了を告げた。

 リヒトとサイラスが退室しようとした時、アークスが声をかけた。


「ああ、そうだサイラス。ギデオンの件……悪かったな」


 その言葉に、サイラスの足が止まる。

 アークスの声には、珍しく、微かな真剣味が混じっていた。


「……ボス。あなたは、知っていたのですか」


「薄々な。だが、確証がなかった。……ま、言い訳だな。すまん」


 アークスは、それ以上何も言わなかった。

 サイラスもまた、何も言わずに一礼し、部屋を出て行った。

 その背中は、以前よりも少しだけ、軽くなったように見えた。


 ***


 その夜。


 アヴァロンの広大な食堂。

 深夜ということもあり、人の姿はまばらだった。

 リヒトは、いつものプロテインバーではなく、温かいスープとパンをトレーに乗せ、窓際の席に座っていた。

 窓の外には、漆黒の海と、満点の星空が広がっている。


(……クレアトリアの空とは、違うな)


 月が一つしかない夜空を見上げながら、リヒトは故郷を想う。

 だが、その胸中に、以前のような焦燥感はなかった。

 今は、ここでやるべきことがある。

 力をつけ、アークスの企みを暴き、そしていつか必ず、故郷へ帰る。そのための「道」が、少しだけ見えた気がしたからだ。

 カチャリ。

 向かいの席に、トレーが置かれた音。

 リヒトが顔を戻すと、そこにはサイラスが座っていた。

 彼もまた、温かいコーヒーと軽食を手にしていた。


「……空いてるか?」


 以前、リヒトに突っかかってきた時と同じセリフ。

 だが、その声色は、全く違っていた。


「……ああ。構わない」


 リヒトは、微かに笑って答えた。

 二人は、並んで食事を摂り始めた。


 会話はない。


 ただ、スプーンが器に当たる音と、コーヒーの香りだけが漂う。

 周囲の兵士たちが、驚愕の表情で二人を見ているのが分かった。

 一人は、組織の「異物」である異世界人。


 もう一人は、冷徹非情なエリート、十傑第四席。

 水と油のはずの二人が、同じテーブルで、穏やかに食事をしている。

 それは、アヴァロンにおいては「異常事態」だった。

 だが、二人にとっては、それが自然だった。


 地獄を共有し、互いの命を預け合った者同士にしか分からない、奇妙な連帯感。


「……ヴィクトルは、必ず俺がる」


 食事が終わる頃、サイラスがポツリと言った。


「ああ。その時は、手伝ってやるよ」


「不要だ。これは俺の獲物だ」


「そう言うな。俺も、あのジジイには一発殴らせてもらわないと気が済まないんでな」


「……フン。勝手にしろ」


 サイラスは、口元をナプキンで拭うと、立ち上がった。


「行くぞ、リヒト。明日の訓練は、レベルを上げる。貴様のその鈍った身体を、さらに叩き直してやる」


「お手柔らかに頼むよ、教官殿」


 リヒトもまた、トレーを持って立ち上がる。


 二人は、並んで食堂を後にした。

 歪で、傷だらけの、だが確かな「戦友バディ」関係。

 アヴァロンの冷たい廊下に、二人の足音が、力強く響き渡っていた。


 ***


 そして、物語の舞台は、再び異世界へ――。


 あれから二年。

 五雄暦八二八年。


 アシュタロテ大陸、獣人の国ガルーダ周辺の山岳地帯。

 雷鳴が轟く岩山の上で、二つの影が、激しく激突していた。

次話は[2025年12月4日 9時00分]予定です。

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