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『魔導双星のリベリオン』第一部:胎動編  作者: 木徳寺
第6章丨それぞれの試練
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第五十四話

 ドンッ、という鈍い衝撃が、リヒトの背中を貫いた。

 キメラの高周波ブレードが、リヒトが展開した「光の盾」と激突し、凄まじい火花を散らしている。


「……ぐ、うううッ!」


 リヒトは、歯を食いしばり、その場に踏みとどまった。

 本来ならば、コンバットスーツごと肉体を両断されているはずの一撃。だが、リヒトの身体から溢れ出した「白い光」が、物理法則を無視した障壁となり、キメラの刃を寸前で食い止めていた。


「リヒト……?」


 背後で、サイラスが呆然とした声を漏らす。

 彼の碧眼は、目の前で起きている現象を理解できずにいた。

 魔素のないこの世界で。

 枯渇したはずの魔力回路から、これほどの光が溢れ出している現実を。


「……立て、と言ったはずだ、サイラス!」


 リヒトは、光の中で叫んだ。

 全身の血液が沸騰するような高揚感。だが、不思議と「熱」はない。

 身体の奥底から湧き上がってくるのは、どこまでも澄んだ、静謐な力の奔流だった。


「お前は、ここで終わる男か! 過去に殺されて、親友ギデオンの魂まで、この化け物に食わせるつもりか!」


「……ッ!」


 サイラスの肩が震えた。

 キメラの、無機質なバイザーの奥で明滅する赤い光。それが、かつての親友の瞳と重なる。


 だが、今は違う。その間に、リヒトがいる。

 自分を「甘い」と罵り、否定し続けてきたはずの異世界人が、命を賭して、自分と「過去」の間に立ちはだかっている。


(……なぜだ)


 サイラスは、自問する。


 なぜ、こいつは、ここまでできる。

 俺はこいつを殺そうとした。見下し、道具として扱った。

 なのに、なぜ。


「……守る、と決めたからだ」


 リヒトが、サイラスの心を読んだかのように、低く、力強く呟いた。

 キメラの圧力が強まる。光の盾に、ピキピキと亀裂が入る。


 だが、リヒトの瞳は、決して揺らがなかった。


 アヴァロンでの屈辱。無力感。

 シエラに守られたあの日。アークスに嘲笑されたあの日。

 全てを飲み込み、咀嚼し、それでもなお「折れなかった」心。

 聖騎士としての誇りは、形を変えた。

 誰かに与えられた称号ではない。自分自身の魂に誓った、絶対的な「意志」。


(力がなければ、守れない? 魔素がなければ、戦えない?)

(違う。そうじゃない)


 リヒトの魂の奥底。

 枯渇した魔力回路のさらに奥、魂の核とも呼べる場所で、何かが静かに、だが力強く脈動した。


 ドクン。


 その鼓動と共に、リヒトは自身の身体を包み込む「光」の正体を感じ取っていた。

 それは、サイラスが放つ氷のような鋭さでも、アークスが放つ太陽のような灼熱でもない。

 

 破壊するのではなく、在るべき形を留める力。

 暗い地下施設の闇を優しく照らし出し、傷ついたものを癒やし、守り抜く、静かな輝き。


(……ああ、そうか)


 リヒトの脳裏に、鮮烈な記憶がフラッシュバックした。

 あの日。クレアトリアの国境で、謎の光に飲み込まれた瞬間。

 意識が途絶える寸前、脳内に直接響いた、あの声。


『――『白き月』……片割れを、探して……』


 あの時は、空に浮かぶ月のことだと思っていた。

 だが、今、この身から溢れる光を見て、確信した。

 この、闇夜を照らす月光のような、静謐で揺るがない輝き。


 あの声は、空の月を指していたのではない。

 俺の魂の形――俺自身に与えられた「力の名」を告げていたのだ。


(これが……俺の『白き月』)


 創造神ノトスが分け与えた、「白き月」の因子。

 それが今、リヒトの「守りたい」という純粋な意志と、力の性質への理解を鍵として、完全に解き放たれた。


「俺の『力』は……ここにあるッ!!」


 カッ!


 リヒトの全身から、爆発的な閃光が迸った。

 それは、暗い地下施設を真昼のように照らし出し、キメラを弾き飛ばした。


「グオオオッ!?」


 キメラが、光の圧力に押され、たたらを踏む。

 光が収束していく。


 リヒトの身体を包んでいた光の粒子が、形を変え、実体化していく。

 傷ついたコンバットスーツの裂け目が、光によって編み込まれるように修復される。

 切り裂かれた皮膚が、瞬時に塞がり、痛みさえも消え去る。

 そして、彼の手の中には、砕け散った実剣の代わりに、純白の光で構成された「長剣」が握られていた。


 創造クリエイション


 無から有を生み出し、概念を物理的に固定する、神の御業。


「……な、なんだ、それは……」


 サイラスが、震える声で問う。

 魔素のない世界で、これほどの現象を引き起こすなど、あり得ない。それは、サイラスが持つ悪魔因子の力とも、シエラの神速とも違う、次元の異なる力だった。


「……さあな」


 リヒトは、光の剣を一振りし、残心を解いた。

 その背中は、一年前のアヴァロンに来たばかりのひ弱な青年でも、組織に順応した傭兵のものでもない。

 威風堂々たる、一人の「騎士」の背中だった。


「理屈は分からん。だが、これなら戦える」


 リヒトは、振り返り、へたり込んでいたサイラスに手を差し伸べた。


「行くぞ、相棒パートナー


「……ッ」


 相棒。

 その言葉に、サイラスは顔を歪めた。

 屈辱か、怒りか、それとも――。


 サイラスは、リヒトの手を、強く、乱暴に叩いた。

 だが、それは拒絶ではなかった。

 叩いたその手で、リヒトの手をガシリと掴み、自らの力で立ち上がったのだ。


「……誰が、相棒だ」


 サイラスは、悪態をつきながらも、その手には再び白銀の細剣レイピアを強く握りしめていた。

 碧眼に宿っていた迷いは、もうない。

 あるのは、凍てつくような殺意と、その奥で静かに燃える、決意の青い炎。


「勘違いするな、異世界人。俺は、貴様を認めたわけではない」


 サイラスの身体から、冷気が溢れ出す。

 リヒトの「白き月」の覚醒に呼応するかのように、サイラスの体内の「白」と「青」の悪魔因子もまた、活性化していた。

 魔素のない空間を、彼自身の生命力を燃料にして、強制的に凍結させていく。


「だが……今回だけは、合わせてやる」


 サイラスが、細剣を構える。

 リヒトが、光の剣を構える。

 二人の視線が、前方で体勢を立て直したキメラへと一点集中する。


『……タ……ーゲッ……ト……ハイ……ジョ……』


 キメラから、ギデオンの声色は消え失せていた。

 あるのは、ただの殺戮プログラム。

 背中の排気ダクトが全開になり、リミッター解除の蒸気が噴き上がる。


 最後の激突。


「来るぞ!」


 リヒトの声と同時に、キメラが消えた。

 最高速の突進。


 だが、今のリヒトには、その動きがはっきりと「見えて」いた。

 白き月の力が、彼の知覚能力さえも、高次元へと引き上げている。


「右だ!」


 リヒトが叫び、左へ踏み込む。

 サイラスは、何も言わずに右へ跳んだ。

 事前の打ち合わせなどない。だが、二人の動きは、まるで一つの生き物のようにシンクロしていた。

 キメラのブレードが、二人のいた空間を切り裂く。

 その隙を、二人は逃さない。


「シエラ仕込みの、CQCだ!」


 リヒトが、光の剣を振るうのではなく、光を「鎖」へと変化させて放った。

 創造の応用。意志の具現化。

 リヒトの「捕らえろ」というイメージが、光の鎖となってキメラの右腕――高周波ブレードを持つ腕に巻き付く。


「グオッ!?」


 キメラが、拘束に驚き、腕を振りほどこうとする。

 だが、リヒトが創造した鎖は、物理的な強度を超えた概念的な拘束力を持っていた。

 ビクともしない。


「今だ、サイラス!」


 リヒトが鎖を引き絞り、キメラの体勢を崩す。

 その瞬間、反対側から、白い稲妻が走った。


「氷結剣技――『ゼロ』」


 サイラスの、極限まで研ぎ澄まされた突き。

 魔素のない世界で、彼が編み出した、悪魔因子の力を一点に集中させる必殺の一撃。

 白銀の細剣が、凍てつく冷気を纏い、キメラの左脚――機械義足の関節部を、正確に貫いた。


 パキィィィンッ!


 金属が凍結し、砕け散る澄んだ音が響く。

 キメラの左脚が粉砕され、巨体が大きく傾く。


「グアアアアアッ!」


 キメラが咆哮し、拘束されていない左腕の爪でサイラスを薙ぎ払おうとする。

 だが、サイラスは動じない。

 なぜなら、そこにはもう一人の「盾」がいることを、知っているからだ。

 ガギンッ!

 リヒトが、光の鎖を瞬時に「盾」へと変化させ、サイラスへの攻撃を受け止めていた。


「遅いな、異世界人!」


「注文が多いぞ、エリート!」


 軽口を叩き合いながら、二人の猛攻は止まらない。

 リヒトが盾で殴りつけ、キメラを仰け反らせる。

 その隙に、サイラスが懐に潜り込み、装甲の隙間を切り裂く。

 ギデオンの戦闘データを模倣したキメラの動き。


 かつてサイラスを苦しめたその動きは、今や、二人の連携の前では完全に沈黙していた。

 リヒトの「創造」による変幻自在の攻防と、サイラスの「氷」による鋭利な一撃。


 光と氷。

 相反するはずの二つの力が、奇跡的な噛み合いを見せ、最強の生物兵器を圧倒していく。


「……終わりにするぞ、サイラス」


 リヒトが、光の剣を最大出力で構成する。

 キメラの再生能力が追いつかなくなり、動きが鈍り始めた。


 コア

 胸部装甲の奥にある、動力源。そこを潰さなければ、こいつは止まらない。


「……ああ」


 サイラスは、細剣を構え直した。

 その視線は、キメラの胸部――かつて親友だった男の、心臓がある場所に固定されていた。


「ギデオン。……さよならだ」


 それは、決別であり、手向けの言葉。


「リヒト! 道を、作れ!」


「任せろ!」


 リヒトが、地を蹴った。


 正面からの突撃。キメラが、最後の力を振り絞り、右腕のブレードで迎撃しようとする。


 リヒトは、避けない。


「『白き月』よ――!」


 リヒトは、自らの左腕を、光の籠手へと変化させ、キメラのブレードを、直接、掴み取った。


 ジュウウウウウッ!


 高周波の刃が、光と干渉し、凄まじい音と熱を発する。

 だが、リヒトは離さない。

 キメラの最大の武器を、その身を賭して封じる。


「今だァッ!!」


 リヒトの叫びと同時に、サイラスが跳んだ。

 リヒトの背中を踏み台にし、さらに高く、鋭く。


 空中での姿勢制御。


 悪魔因子の力で、大気中の水分を凍らせ、巨大な氷の槍を生成する。

 それを、細剣の切っ先に纏わせ、重力と共に落下する。


「貫けぇェェェッ!!」


 サイラスの、魂の絶叫。

 氷の槍が、キメラの胸部装甲を、紙のように貫いた。


 ズドォォォォォォンッ!!


 衝撃が、地下施設を揺るがす。

 キメラの胸から、火花と、黒いオイルと、そして赤い血が混じり合った液体が噴き出す。


「ガ……ァ……」


 キメラの動きが、止まる。

 赤いセンサーライトが、明滅を繰り返し、やがて、フツリと消えた。

 同時に、リヒトを拘束していた力も抜け、巨体が崩れ落ちる。


 ドサリ。


 重い音が、戦いの終わりを告げた。

 静寂が戻る。

 舞い上がった粉塵が、雪のように降り積もる中、リヒトとサイラスは、荒い息をつきながら、動かなくなったキメラを見下ろしていた。


「……はあっ、はあっ……」


 リヒトの身体から、白い光が霧散していく。


 同時に、激しい疲労感が襲いかかる。立っているのがやっとだ。

 だが、彼は倒れなかった。


 隣にいるサイラスが、まだ、剣を下ろしていなかったからだ。

 サイラスは、崩れ落ちたキメラの前に、ゆっくりと歩み寄った。

 バイザーが砕け、中の顔が露わになっている。

 皮膚は変色し、異形化しているが、その面影は、確かにギデオンのものだった。


「……馬鹿野郎が」


 サイラスは、細剣を取り落とし、膝をついた。

 震える手で、かつての親友の瞼を、そっと閉じさせる。


「……ゆっくり、眠れ。……任務は、終わったぞ」


 その声は、震えていた。


 涙は流していなかった。だが、その背中が、彼がどれほどのものを背負い、そして今、どれほどのものを喪失したかを物語っていた。

 リヒトは、何も言わずに、ただその背中を見守っていた。


 かける言葉などない。

 ただ、共に戦い、共に生き残ったという事実だけが、二人の間に横たわっていた。


 その時、施設のスピーカーから、無機質な警告音が鳴り響いた。


『警告。動力炉の臨界点突破。施設崩壊まで、あと十分。総員、直ちに退避せよ』


 ヴィクトルの仕掛けた、最後の罠。

 自爆シークエンスだ。


「……行くぞ、サイラス」


 リヒトは、サイラスの肩に手を置いた。


「ここで死んだら、あいつの死も無駄になる」


「……」


 サイラスは、しばらく動かなかったが、やがて、深く息を吐き、立ち上がった。

 その手には、破壊されたコンソールから抜き取った、一つのデータドライブが握られていた。

 ギデオンが生きた証。そして、ヴィクトルの罪の証拠。


「……ああ。帰るぞ」


 サイラスの声は、低く、だが確かな意志が宿っていた。

 彼は、もう一度だけ、ギデオンの亡骸を振り返り、そして、きびすを返した。

 二人は、崩壊を始めた施設の中を、出口へ向かって走り出した。


 背後で、爆発音が轟く。


 炎と瓦礫が迫る中、リヒトとサイラスは、互いに互いを支え合うようにして、極寒の地上へと脱出した。

 外は、相変わらずの猛吹雪だった。


 だが、その白い闇の向こうに、迎えの輸送機の灯りが、希望のように瞬いていた。

 リヒトは、雪原に足を踏み出しながら、空を見上げた。

 分厚い雲の切れ間から、一瞬だけ、白い月が見えた気がした。


(……これが、俺の力)


 白き月。創造の力。


 まだ、その全貌は分からない。

 だが、確かに言えることは一つ。

 この力があれば、もう、誰も失わせない。


 リヒトの胸に、新たな、そして決して消えることのない「覚悟」の火が灯った瞬間だった。


 隣を走るサイラスが、ふと、リヒトの方を見た。

 その碧眼には、以前のような敵意はなかった。

 あるのは、認めざるを得ない「戦友」への、不器用な信頼と、微かな対抗心。


「……遅れるなよ、聖騎士」


「お前こそな、エリート」


 二人は、雪煙を巻き上げながら、輸送機へと駆けていった。

 歪で、傷だらけの、だが確かな「絆」を、その背中に刻んで。

次話は[2025年12月3日 18時00分]予定です。

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