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『魔導双星のリベリオン』第一部:胎動編  作者: 木徳寺
第6章丨それぞれの試練
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第五十三話

 極寒の地下施設、サーバールーム。

 瓦礫と粉塵が舞う混沌の中で、異形の怪物「キメラ」と、二人の男が対峙していた。


「ウオオオオオオオオオッ!!」


 サイラス・ヴァイスの絶叫が、凍てついた空気を引き裂いた。

 彼は、リヒトの制止を振り切り、白銀の細剣レイピアを構えてキメラへと突進する。その背中は、冷静な指揮官のものではなく、ただ憎悪と後悔に突き動かされた復讐鬼のそれだった。


「ギデオン……! 貴様が、ギデオンなのかッ!?」


 サイラスの問いに、キメラは答えない。

 ただ、フルフェイスの装甲に覆われた頭部を傾げ、不気味な駆動音を響かせるだけだ。


 だが、その動き出しは、サイラスにとってあまりにも見覚えのあるものだった。

 低い姿勢からの、変則的なステップ。

 右腕の高周波ブレードを逆手に構え、身体を捻りながら繰り出す、下からの斬撃。


 ガギイィィンッ!!


 サイラスの突きと、キメラのブレードが激突する。

 凄まじい火花が散り、衝撃波が周囲の粉塵を吹き飛ばした。


「……ッ!」


 サイラスは、剣を交えた瞬間に確信した。

 重い。そして、速い。

 この剣圧、この踏み込みのタイミング。間違いなく、ギデオン・スターリングのものだ。

 かつて何度も手合わせをし、互いに高め合った親友の剣技。それが今、機械と筋肉の混ざり合った醜悪な腕から放たれている。


『……サ……イ……ラス……』


 キメラのスピーカーから、ノイズ混じりの声が漏れた。

 それは、サイラスの心を抉る刃となって突き刺さる。


「黙れェッ!!」


 サイラスは吠え、さらに剣速を上げた。

 悪魔因子の力を解放し、身体能力を極限まで高める。白銀の軌跡が幾重にも重なり、キメラを包囲するように襲いかかる。

 だが、キメラはその全てを、まるでサイラスの思考を読んでいるかのように防いでいく。


「くそっ、なぜだ! なぜ俺の剣が通じない!」


 焦りが、サイラスの動きを雑にする。

 彼は気づいていなかった。キメラに組み込まれているのは、ギデオンの肉体や記憶だけではない。

 かつて『Eidolos』で記録された、サイラス自身の戦闘データもまた、この怪物の学習ソースとなっていることに。


「サイラス! 落ち着け! そいつはお前の動きを知っている!」


 後方から、リヒトの鋭い声が飛ぶ。

 リヒトは、アサルトライフルを構え、援護射撃の機会を窺っていた。だが、サイラスとキメラの攻防はあまりに速く、そして近すぎて、下手に撃てばサイラスに当たりかねない。


「うるさいッ! 異世界人は黙っていろ!」


 サイラスは聞く耳を持たない。

 目の前の怪物が、親友の成れ果てであるという事実。そして、それを生み出したのが、自分が忠誠を誓っていた組織の闇であるという事実。

 それらが、サイラスの冷静さを根底から破壊していた。


「ギデオン……俺が、今、楽にしてやる……!」


 サイラスは、大振りの一撃を放った。

 渾身の力を込めた、突き。

 だが、それはキメラにとって、待ち望んでいた「隙」でしかなかった。


「グ……ル……!」


 キメラの左脚、鳥のような逆関節の義足が、爆発的なバネで床を蹴る。

 サイラスの突きの内側に潜り込み、右腕のブレードを振り上げるのではなく、左の義足を蹴り上げた。


 ドゴッ!!


 強烈な蹴りが、サイラスの腹部に突き刺さる。

 コンバットスーツ越しでも内臓を揺さぶる衝撃。


「がはっ……!?」


 サイラスの身体がくの字に折れ、後方へと吹き飛ばされる。

 彼は受け身を取ることもできず、サーバーラックに激突して床に転がった。


「サイラス!」


 リヒトが叫ぶ。

 キメラは、倒れたサイラスになど目もくれず、追撃の構えを取った。

 右腕のブレードが高周波で唸りを上げ、空気を震わせる。


 トドメの一撃。


「させるかッ!」


 リヒトは、躊躇なくトリガーを引いた。


 ダダダダッ!


 乾いた銃声が連続して響く。

 放たれた弾丸は、キメラの装甲に火花を散らせた。


「グアッ!」


 キメラの注意が、リヒトへと向く。

 わずかな時間稼ぎ。だが、それだけで十分だった。

 リヒトはライフルを背負い、実剣を抜き放ちながら駆け出した。


「こっちだ、化け物!」


 彼は、サイラスとキメラの間に割って入り、実剣を構える。

 キメラの赤いセンサーライトが、新たな標的ターゲットとしてリヒトを認識する。


『……タ……ーゲッ……ト……』


 キメラが、リヒトに向かって跳躍した。


 速い。

 だが、リヒトの目には、その動きがスローモーションのように映っていた。


 シエラとの地獄のような訓練。サイラスとの決闘。

 それらを経て磨き上げられた「見切り」の技術が、キメラの軌道を予測する。


(右からの袈裟斬り……いや、フェイントだ。本命は左の蹴り!)


 リヒトは、キメラのブレードを剣の腹で受け流すと同時に、身体を低く沈めた。

 頭上を、キメラの義足が風を切って通り過ぎる。


「はあっ!」


 リヒトは、すれ違いざまに剣を振り抜き、キメラの義足の関節部を狙った。


 ガギンッ!


 硬い。特殊合金の装甲は、リヒトの実剣でも容易には断ち切れない。

 だが、衝撃でキメラの体勢がわずかに崩れる。


「……硬いな」


 リヒトは距離を取り、剣を構え直す。

 正面からの斬り合いでは分が悪い。相手は痛みを感じず、疲れを知らない殺戮マシーンだ。

 まともにやり合えば、先に消耗するのはこちらだ。


「……リヒト……」


 背後で、サイラスがふらつきながら立ち上がった。

 口元からは血が流れ、その碧眼は焦点が定まっていない。

 トラウマのフラッシュバック。親友を救えなかった過去と、目の前の現実が混濁し、彼の精神を蝕んでいる。


「退がっていろ、サイラス!」


 リヒトは、背中でサイラスを庇いながら叫んだ。


「今の状態のお前じゃ、殺されるだけだ!」


「うるさい……! あれは……ギデオンなんだ……俺が、やらなきゃ……」


 サイラスは、うわ言のように呟きながら、再び剣を構えようとする。

 だが、その手は震え、足元はおぼつかない。


(……駄目だ。冷静さを失っている)


 リヒトは歯噛みする。

 このままでは共倒れだ。

 キメラは、体勢を立て直し、再び二人をロックオンしている。

 その動きには、慈悲も躊躇いもない。ただ、プログラムされた「殲滅」の意思があるだけだ。


「グオオオオッ!」


 キメラが吠えた。

 その咆哮と共に、背中の排気ダクトから高熱の蒸気が噴き出す。

 出力全開フルパワー

 キメラの全身の筋肉が膨張し、装甲の隙間から赤い光が漏れ出す。


「来るぞ!」


 リヒトが警告する間もなく、キメラが消失した。

 いや、あまりの加速に、視界から消えたように見えたのだ。


「しまっ――」


 リヒトの反応速度をもってしても、追いきれない。

 気づいた時には、キメラはふところに入り込んでいた。

 高周波ブレードが、リヒトの首を刈り取ろうと迫る。


 ガギィィィンッ!!


 リヒトは、咄嗟に実剣を盾にして防いだ。

 だが、衝撃は凄まじかった。

 足元の床がひび割れ、リヒトの身体が後方へと吹き飛ばされる。


「ぐあああっ!」


 壁に叩きつけられ、肺の空気が絞り出される。

 実剣を持つ手が痺れ、感覚がない。

 キメラは、攻撃の手を緩めない。

 吹き飛ばされたリヒトには目もくれず、今度は無防備なサイラスへと標的を変えた。


「やめろォッ!!」


 リヒトが叫ぶ。

 だが、サイラスは動けない。

 迫り来るかつての親友の姿に、金縛りにあったように立ち尽くしている。


『……シ……ネ……』


 キメラが、無機質な殺意の言葉を吐き出し、ブレードを振り上げた。

 サイラスの瞳に、死の閃光が映る。


 その時。

 リヒトの脳裏に、ある光景が蘇った。

 シベリアへ向かう機内での会話。


『貴様に……! 貴様ごときに、俺の何が分かる!』


 サイラスの、悲痛な叫び。

 守れなかった過去への後悔。真実を知ることへの恐怖。


(……分かるさ)

(俺も、同じだからだ)


 故郷を追われ、力を失い、それでも足掻き続ける自分。

 過去に囚われ、友を失い、それでも真実を求め続けるサイラス。


 二人は、似た者同士だったのだ。


 だからこそ。

 ここで、また「失う」わけにはいかない。


「立て、サイラス!!」


 リヒトは、激痛に悲鳴を上げる身体を無理やり動かした。

 計算も、合理性も、今の彼にはない。

 あるのは、ただ一つの「意志」。


 ――守る。


 その純粋な想いが、極限状態で、魂の奥底にある「扉」を叩いた。


 ドクン。

 リヒトの心臓が、大きく脈打った。

 魔素のない世界。枯渇したはずの魔力回路。

 だが、その奥底から、温かく、力強い「光」が溢れ出してくる。


(これは……?)


 リヒトの身体から、白い光が立ち昇る。

 それは、クレアトリアの聖魔法とは違う。もっと根源的で、万物を形作るような、優しい光。


 創造を司る「白き月」の力が、主の「守りたい」という強い意志に呼応して、覚醒を始めたのだ。


「うおおおおおおッ!」


 リヒトは、光を纏ったまま疾走した。

 壁を蹴り、瓦礫を飛び越え、サイラスとキメラの間へと割り込む。


 間に合え。

 間に合ってくれ。

 キメラのブレードが振り下ろされる。

 リヒトは、剣を構えることすらしなかった。

 ただ、サイラスを庇うように、両手を広げて立ちはだかった。


「リヒト!?」


 サイラスの驚愕の声。

 キメラの一撃が、リヒトの身体を両断する――はずだった。


 キィィィン!!


 澄んだ音が響き渡る。

 ブレードは、リヒトの身体に触れる寸前で、見えない壁に阻まれて止まっていた。

 リヒトの前に展開された、幾重にも重なる、白い光の「盾」。

 それは、魔素を凝縮した障壁ではない。

 リヒトの意志が具現化した、絶対的な守りの概念。


『……ガ……?』


 キメラが、困惑したように動きを止める。

 そのブレードは、高周波の振動すらも無効化され、光の盾に弾かれそうになっていた。


「……過去に殺されるな、サイラス!」


 リヒトは、光の中で叫んだ。

 背中のサイラスに向かって。


「お前が守りたかったものは、こんな化け物じゃないはずだ!」


「ギデオンという男の誇りを……魂を、守りたかったんじゃないのか!」


 その言葉は、サイラスの凍りついた心を、熱く溶かしていく。


「なら、立て! 立って、あいつを……あいつの魂を、救ってやれ!」


 リヒトの言葉が、サイラスの魂を揺さぶる。


 そうだ。

 自分は、何のためにここに来た。

 ただ泣き言を言うためか? 謝罪するためか?


 違う。

 友を、こんな醜い姿に変えた悪夢を終わらせるためだ。

 ギデオンの無念を晴らし、彼を「兵器」としての呪縛から解き放つためだ。


「……ああ、そうだな」


 サイラスは、よろめきながらも、立ち上がった。

 その手には、再び白銀の細剣が握られている。

 碧眼から、迷いは消えていた。

 あるのは、悲しみを乗り越えた先にある、静かな決意。


「リヒト……。借りは返す」


 サイラスの身体から、再び悪魔因子の力が溢れ出す。

 だが、それは先ほどまでの暴走したドス黒いオーラではない。

 冷たく、鋭く研ぎ澄まされた、氷の刃のような魔力。


「行くぞ、相棒!」


 リヒトが、光の盾を解除し、実剣を構え直す。

 「相棒」と呼ばれ、サイラスは一瞬だけ、皮肉な笑みを浮かべた。


「……フン。誰が相棒だ」


 だが、その足は、リヒトと並ぶように踏み出されていた。


「だが、今回だけは……合わせてやる!」


 二人の「戦友」が、並び立つ。

 白き月の守護と、氷結の刃。

 相反する二つの力が、今、最強のキメラを討つために、初めて交わろうとしていた。

次話は[2025年12月3日 9時00分]予定です。

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