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第00話:プロローグ

むかしむかし、あるところに。


ご先祖様が竜宮城からお借りしたという、一つの「玉手箱」を返しにゆく、一人の少年がおりました。


「はぁ、はぁ……ねえ、亀さん。僕のご先祖様って、本当にこの距離を歩いたの?」


息を切らしながら尋ねる少年に、傍らを歩く立派な甲羅の亀は、こともなげに答えます。


「ええ。太郎様は、浜辺の景色を楽しみながら、ゆっくりと歩かれておりましたな」


「そっかぁ。昔は電車も車もないもんなぁ……」


少年――浦島俊は、額の汗を拭い、遥か先に霞んで見える巨大な城の影を睨みました。


「ご先祖様さ、世間の人たちには『約束』を破って、玉手箱を開けちゃった人みたいに言われてるけど、亀さんはどう思う?」


その問いに、亀は先ほどまでの穏やかな口調をかなぐり捨て、心外だと言わんばかりに声を荒げました。


「とんでもない! 太郎様は常々『おてんとさまがみている』とおっしゃっておりました。そのような方が『約束』を破るなど、ありえません!」


「あはは、やっぱり! それ、長男の慶兄さんと全く同じじゃん。うけるな~」


他愛のない会話。


しかし、その笑顔はすぐに、どこか遠くを見つめる、憂いを帯びた表情へと変わります。


「……それでね、亀さん。僕に、もう一人お兄さんがいるって言ったでしょ。次男の、祐兄さん」


「ええ。三兄弟でいらっしゃると」


「うん。祐兄ね。小学生の時とか、クラスで困っている子がいたら『困っている人は無条件で助ける』のが当たり前だって、いつも言ってた」


それは、誰に聞かせるでもない、ただの思い出話。


しかし、その言葉には、兄への絶対的な信頼と愛情が込められていました。


亀は少しの間を置いてから、静かに、そしてどこか誇らしげに答えます。


「ええ、太郎様も困っている『亀』を、迷わず無条件で助けてくれましたね」


「確かに! やっぱり似てるんだなあ、ご先祖様と」


俊は少し笑ってから、ふ、と空を見上げました。


その瞳に、一瞬だけ、鋭い怒りの光が宿ります。


「……そんな祐兄がさ、『連続殺人』なんてすると思う?」


「……え?」


亀は絶句しました。


「みんな、テレビやネットが言うことを、そのまま信じてる。誰も、本当の祐兄を見ようとしないんだ」


その言葉に、亀は悲しそうに目を伏せました。


「……悲しいことですが、世間の人々は、太郎様が約束を守って玉手箱を決して開けなかったという真実よりも、開けてしまってお爺さんになったという面白いお話を信じたがりますからな。いつの世も、真実は物語に負けるものなのかもしれません」


その時、目の前にそびえる巨大な城の姿が、はっきりと捉えられる距離まで来ていました。


現実とは思えぬほどに壮麗な、まさしくおとぎ話の竜宮城。


「おおっ! なんだか無駄に大きいね、このお城!」


「ふふ。それ、太郎様も全く同じことをおっしゃっていましたよ」


豪華絢爛たる王宮。


その玉座の間へと通された俊を待っていたのは、玉座から転がるように飛び出し、涙ながらに抱き着いてきた、絶世の美女でした。


「太郎様ァ! よくぞ、よくぞお戻りくださいました! お会いしとうございました……!」


「ごほんっ! これ、乙姫、落ち着け。太郎殿にしては、ちと若すぎるじゃろう」


玉座に座した威厳ある竜宮王の咳払いに、乙姫と呼ばれた美女は、はっと我に返ります。


「た、確かに……」


俊は、美女の腕からするりと抜け出すと、王に向かって深々と頭を下げました。


「竜宮王様。我が祖先、浦島太郎が長きにわたりお借りしておりました『玉手箱』を、浦島家を代表し、お返しに参りました」


彼は、首から下げていた、銀色に輝くペンダントを恭しく差し出します。


「うむ。ご苦労であった」


王は頷くと、俊に続きを促しました。


「そして、我が祖国『日本』に対し、長年にわたり影ながらご支援を賜り、誠にありがとうございます。今もまた、異世界国家『バルキーナ王国』の脅威に対し、盾となってくださっていること、一人の日本人として、心より感謝いたします……だったかな?」


最後の言葉は、長男である兄・慶からの伝言を思い出すための、小さな呟きでした。


「はっはっは。太郎殿は、我らに理屈を超えた善意の尊さを教えてくださった。その魂が息づく国を、我らが助けるのは当然のことよ」


王の厳粛な儀礼が終わると、その場の空気が少しだけ和んだ。


「して、そなたはこの後、どうするのじゃ?」


「祐兄を助けるために、バルキーナのある異世界へ行きます」


王の瞳に、鋭い光が宿った。


「ほう、戦いに行くか。しかし、ここでの滞在時間は外の世界とは異なる。今から駆けつけたところで、間に合うまい」


「大丈夫です」


俊は、王の試すような視線を、真っ直ぐに受け止めた。


「――僕が、なんとかします」


その言葉に、王は満足げに頷きました。


「……よかろう。だが、心せよ。向こうの世界では厄介な奴がおるから、魂の力であっても呪いとして制限が課せられるはずじゃ」


「そっかー。このチートスキル、向こうじゃ使えなくなるかもしれないのか。……じゃあ、今のうちにやっとかないとですね」


俊はそう答えると、王宮の窓の外、遥か遠くに見える山を指さしました。


「出発する前に、あそこに見える敵の前線基地を、一つ、破壊していきますね」


「なんと。それは助かるが……」


「はい。――エーテルスキル【クロノバウンサー】」


俊が静かに呟き、意識を集中させると、窓の外の景色がぐにゃり、と歪みました。


遥か彼方にあったはずの禍々しい砦が、まるで陽炎のように揺らぎ、跡形もなく消え去っていたのです。


そして、砦があった場所には、力なく倒れる、多くの人々の姿がありました。


「す、すさまじい力じゃな……! しかも、改造された『獣化兵』たちが、元の日本人の姿に戻っておる……!」


「王様。彼らを、元の世界に送り届けてあげてください」


「う、うむ! すぐに手配しよう!」


王の動揺を背に、俊は空を見上げました。


脳裏に蘇るのは、いつか三人の兄弟で交わした、たった二つの、しかし絶対の約束。


「おてんとさまはみている」「困っている人は無条件で助ける」


兄を救うため。


仲間を助けるため。


そして、魂に刻まれた約束を果たすため。


少年は、何もない虚空に向かって、静かにその手を差し伸べました。


その小さな指先から、空間そのものが悲鳴を上げるかのように亀裂が走る。


ガラスが砕けるような音と共に、目の前に現れたのは、世界の理を歪めて作り出された、光の渦巻く『扉』。


少年は、振り返ることなく、その光の中へと、ただ一歩、足を踏み出す。

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