①戦場の日常
マデュラは後ろで物陰に身を潜めながら片膝を着き、素早く左右に首を巡らせて警戒を怠らないミレを、
(……存外、悪くないな)
と評価を改める。まだ十七才と若い上に女で複雑な身上とくれば、大抵は自殺志願の破滅主義者か現実離れした思考のお荷物と相場が決まっていた。いや、若い女でなくともリスキーなサルベージ作業に従事したがる者は少ない。貧弱な武器しか持たずに非支配地域を闊歩するのは、裸で銃弾が飛び交う中を走り回るのと変わり無い。しかしサルベージ作業に従事する者は厳しい所持品管理をされる上、高価な物資を得ても西方統治政府が一括して吸い上げてしまう。そんな中でもミレは訓練通りに動き、余計な事をして彼の手を煩わせていない。その点で彼女は合格である。
だからこそ、ミレのようにまだ不慣れで経験の浅い者がマデュラのような年長者が先導するのが理想なのだが……現実はそうではない。多くの場合は若年者だけでサルベージ班が組まれ、その結果未帰還者が出てしまうのだ。
「……待て、戦闘後のようだ」
先行していたマデュラが手を挙げながらミレを制すると、前方の十字路付近に複数の死体が転がっている。服装や装備品から西方側の兵士が犠牲者だと判るが、
「うぅ……これは……」
ミレは初めて目の当たりにする凄惨な状況に絶句し、呻き声を漏らす。一方的に蹂躙されたのか点々と銃創だらけの死体が転がる中、十字路の中心に武装を外された兵士の死体が一カ所に集中していた。
「……えげつないやり方だな、全く……」
「……?」
「大方、生きた捕虜をここに集めて一人づつ射殺したんだろ。仲間が殺されれば黙ってられないからな……」
「じゃあ、ここまで見てきた死体は……」
ミレが後ろを振り返ると、確かに道端に転がる死体の大半は十字路に向かって倒れていた。仲間を救おうと飛び出していく度に一人、また一人と死んでいったに違いない。しかし、それにしては妙である。その違和感にマデュラが先に気付く。
「いや、これはもっと質が悪い……十字路の死体は女ばかりだ」
「まさか……あっ……!!」
十字路に集められていた西方統治側の兵士は、全員女性だった。年齢はミレと大して変わらない所を見ると、複数回に渡り捕虜として集められたのだろう。そして若い女性の兵ばかり捕虜にする理由は決まっている。そして、増え過ぎた捕虜を養える程、前線の兵士が裕福な筈は無い。
「お決まりの流れだ。性欲処理に使われて、最期は釣り針の生き餌扱いか……」
状況が理解出来た二人だったが、ミレはショックを受けて死体の山から目が離せなくなる。だが、マデュラが声を掛けようとした矢先、
「……戦争してるんですから、良くある事だと割り切ります」
ミレはそう呟いて、堅く右拳を握り締めた。
「そうだな、後で報告書に上げておこう」
マデュラもそう答えて現場を離れようとする。だが、急に後ろを振り返ると突然ミレの手を引いてそのまま死体の反対側に回り込むと、
「……締まらんな、こうも簡単に背後を取られるなんて」
そう言ってしゃがみ込んでハンドガンを抜き、両手で提げたまま撃鉄を下げる。その動作と言動から敵勢力が近付いている事を理解したミレは、
「む、迎え撃つんですか」
そう言って同じようにハンドガンを構えるが、彼女には相手の姿が全く見えない。しかし、マデュラはその問いに答えずじっとして動かない。そのまま互いに姿勢を変えず時間が過ぎていく内、動いたのは相手の方だった。
突如、身を潜めていた死体の縁がパッと弾け、肉片とどす黒い血が視界を遮るように飛び散った。その直後、パパパパパと乾いた発砲音が通りに木霊し、相手が中距離から牽制射撃をしてきたのが判る。しかし、そのたった数秒の間でマデュラは敵の位置を把握したのか、ハンドガンで狙いを付けながら右に身体を傾けると、死体の端からマガジン一本使い切る速さでトリガーを引く。その直後、離れた路地の角から道端に銃がガシャンと転がり、遅れて黒い人影が後を追うように倒れていく。
「……どうして敵の居る場所が判ったんですか」
「まあ、勘だよ……それより急ぐぞ」
突然起きた銃撃戦にミレはトリガーを引く余裕すらなかったが、それでも何か掴もうとマデュラに尋ねる。しかし、彼は適当にはぐらかしながら立ち上がり、彼女に向かって付いてくるよう促した。
「……同士撃ちじゃなくて良かったな」
マデュラは自分が撃った相手の元に辿り着くとそう言い、生きていない事を確認すると死体から所持品を取り始める。
「やっぱり東方側だ、見てみろよ」
マデュラは手に持った紙切れをミレに差し出すと、それは東方統治下で使われている紙幣だった。額面は相当な数字が並んでいるが、マデュラ曰く酷いインフレで一束有っても大した金額にならないらしい。
「……お金を持って戦場に?」
「置いて行くと盗まれるんだろ、かといって弾除けにもならんが」
話しながら手を休めず所持品を漁り、銃と弾薬、そして幾つかの手榴弾と鎮痛剤まで手に入れたマデュラだったが、防弾チョッキに当たった弾丸が全て防がれているのに気付き、
「……ミレ、良く見ておけ。俺達が支給されてるハンドガンじゃこいつらを止められやしないんだ」
防弾チョッキに阻まれてひしゃげた弾頭を掴み取り、それをポンとミレの方に投げる。受け止めたミレは、掌に載ったキノコそっくりの鉛玉を転がしながら尋ねる。
「じゃあ、どうしてそんなものを支給するんですか」
「……サルベージ作業は、戦死した友軍兵士の亡骸や遺品を回収する名目でやってるからな。西方統治政府が大っぴらに略奪を支援したとなれば、周辺諸国から袋叩きにされるだろう?」
「だから、護身用……って訳ですね」
「後は自決用って意味合いもありそうだがな」
見ると聞くとで大違いだったのか、ミレは自らのハンドガンを眺めてから溜息と共にホルスターに仕舞った。