【本編】第1話:夜の仮面と花の詩
『咎の上に咲く花』
この物語は、「罪とは」「赦しとは」「記録とは何か」を問う、
恋愛×ファンタジー×構造ミステリ。
乙女ゲーム形式のマルチルート構成で、
主人公は6人の登場人物と出会い、
それぞれの“咎”と“記録”に向き合っていきます。
最後には、全ての真実が収束する“構造の中枢”に至ります。
※本作はノベルゲーム企画をベースに、小説形式で公開中。
初公開は【詩人グラヴィオ】ルートです。
音楽が、遠くで揺れている。
煌びやかな仮面と衣装に彩られた人々のあいだを、今夜もまた、私はひとり歩いていた。
(——見られている?)
仮面の下、誰もが微笑み、誰もが何かを隠す——そんな夜に、昨日とは違う視線を感じた。
ふと、胸の奥に、かすかなざわめきが走る。まるで、知らぬ誰かに呼び止められたような気配。
振り返る。 その人が、そこにいた。
仮面をつけた男。 深い茶に赤を溶かした髪。
夜の帳に溶けこむような静けさを纏い、音もなく歩いている。
目が合う。 仮面の奥、琥珀色の瞳が、静かにこちらを見ていた。
(知らない人。でも──)
(……どうして。こんなにも、見られている気がする)
男は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
無駄のない所作。 夜に音を落とさぬように、静かに。
【グラヴィオ】
「……迷子、かな」
低く、遠く。 けれど、どこか優しさを含んだ声。
(……いいえ)
返そうとして、言葉が出なかった。 喉の奥で、何かがほどけたようだった。
(この夜、誰にも触れられないままでいたはずなのに)
(……この人だけが、まるで最初から──私を、見つけていたみたいだった)
戸惑いのまま、私は首を振った。
男は、ふ、と微笑んだ。 仮面の奥、瞳がわずかに光を灯す。
【グラヴィオ】
「……なら、よかった」
たったそれだけ。
それだけなのに、胸の奥に、あたたかくて、どこか痛いものが滲んだ。
(この人を、知っている──)
知らないはずなのに、どうして、こんなにも忘れられない気配がするのだろう。
私は、なにも言えなかった。 ただ、仮面越しのまなざしに、立ち尽くしていた。
男は、ひとつだけ、詩のように短い言葉を残し、人の波の中へと消えていった。
【グラヴィオ】
「夜の花は……摘まれずに咲くものだ」
(……花?)
その瞬間、胸の奥がざわついた。
摘まれずに咲く──その響きが、逆に痛かった。
(咲いた花は、皆……摘まれてしまったから)
あの人たちは、美しく咲いた。 だからこそ、あんなにも早く、失われた。
(……わたしは、なんでまだ、ここにいるんだろう)
咲いていないから? 咲かせてはいけないから?
そんなこと、誰にも言われていない。
けれど、あの言葉が、どこか自分に重なった気がした。
私は目を伏せた。それでも足は、自然と前へ出ていた。
(……追いかけなきゃ)
人々のあいだをすり抜けながら、私は、さっきの男を探して歩き出す。
理由なんて、わからなかった。
でも、あの声が、あの言葉が、胸に残っていた——




