【本編】第36話:未来への扉
胸の奥に残ったざわめきは、時を置いても消えなかった。
けれど、それはもう恐れではなかった。
あの日の想いを、今の私は、ちゃんと受け止めていた。
記さなくても、わたしたちは”ここにいた”。
そう気づいたあの日から、少しの時が流れた。
言葉も、筆も、祈りさえも置いて──
私は、静かに未来を待っていた。
誰かが迎えに来るのを、ではない。
今度は、自分の足で、誰かの扉を叩くために。
―――
永遠とも思える、長い沈黙の日々の後。
月の光が静かに射す、修道院の回廊の奥。
私はひとり、エルノアと向かい合っていた。
【エルノア】
「この鍵を、渡そうと思っていた」
「でも……いつが”そのとき”なのかは、ずっとわからなかった」
差し出された鍵は、どこか懐かしい重みを持っていた。
修道院の奥、誰も入らなくなった古い礼拝室。
私が幼いころ、ただ祈ることしかできなかった、あの場所。
【アメリア】
「……誰か、いるんですか?」
【エルノア】
「さあ。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「でも、“君が行こうとする限り”……きっと、そこにいる」
答えは返ってこなかった。
けれど、それで十分だった。
エルノアの手から鍵を受け取る。
その小さな重みが、胸の奥に静かに沈んでいく。
(……もし、この扉を開けた先で、すべてが終わってしまうとしても)
(それでも──)
(……会いたい)
私は一礼し、静かに扉を閉めた。
そのとき、背後から小さく──
【エルノア】
「君の”咲かない願い”を、もっと美しく叶えたのは……彼、だったのかもしれないね」
その言葉に、胸の奥がふるえた。
扉の外で、私はそっと息を吸い込む。
足音を忍ばせるように、ゆっくりと歩き出す。
礼拝室の前で、鍵を差し込んだ指先がかすかに震えた。
それは恐れではなく、たったひとつの願いを、この手で確かに選ぶことへの震えだった。
鍵が回ると、古い扉が軋んだ音を立てる。
隙間から、古びた空気がそっと頬をなでていく。
祈りのような静けさ。
誰かの気配。
(記されなかったふたりの続きを──この手で、迎えに行く)
次回は7/19の20時にエピローグ配信予定です!
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




