【序章】共通4話:咲く前の香り
『咎の上に咲く花』
この物語は、「罪とは」「赦しとは」「記録とは何か」を問う、
恋愛×ファンタジー×構造ミステリ。
乙女ゲーム形式のマルチルート構成で、
主人公は6人の登場人物と出会い、
それぞれの“咎”と“記録”に向き合っていきます。
最後には、全ての真実が収束する“構造の中枢”に至ります。
【???】
「こんばんは。大丈夫?」
「少し、息が詰まってるように見えたから」
しばらく立ち尽くしていると、背後から声がかかった。
振り向くと、仮面をつけた異国の男がいた。
黒い髪に褐色の肌、透き通るような蒼い瞳──どこか異なる二つの国が混ざったような、この国では見かけない美しさを持つ人だった。
【ゼフラン】
「いや、俺も昔、そうだっただけかもしれない」
【ゼフラン】
「この国の空気って、少し息苦しいから。息を吸うだけで、記録されそうな気がしてさ」
【ゼフラン】
「そんな空気のなかで、ふと君が見えた。たぶん──同じ匂いがしたんだと思う」
【ゼフラン】
「咲く前の花って、香りがあるようで、ないようで。でも、ふとしたときに、感じることがあるんだ」
【ゼフラン】
「君からは、そんな香りがした」
【アメリア】
「香り?」
彼は目を細め、静かに笑った。それは、遠い国の記憶を思い出すような表情だった。
【ゼフラン】
「俺の国では、咲く前の香りを感じることも、大切にしてるんだ」
【ゼフラン】
「目に見えないものにも、咲く前の気配ってある。そう思ったってだけ。気にしないで」
(目に見えない、咲く前の香り)
彼の言葉は、やわらかく空気に溶けて、私の中にしみ込んでいくようだった。重く感じていた記録帳が、少しだけ軽くなる気がした。
彼はそれ以上は何も言わず、ゆるやかに一礼した。人混みの中に、その姿が消えていく。私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
──そのとき。
ふと、壁際の飾りの陰に、小さな紙片が目に入った。装飾の影に隠れるように、そっと置かれていた一枚の詩。展示のものとは明らかに違う。まるで、誰かが"そっと残した"ような──
光の届きにくい場所に、それはひっそりと置かれていた。筆跡は細く繊細で、どこか、悲しみを隠すような優しさがあった。
【詩の断片】
「咲かなかった蕾の名を、
誰が記すのだろう
記されぬまま散りゆくものに
神は慈悲を与えたもうか」
読み終えた瞬間、胸の奥がふっと揺れた。
(この筆跡。どこかで……)
ただその言葉だけが、私の胸に静かに残った。
(咲かなかった蕾……)
なぜだろう。胸の奥が、少しだけあたたかくなる気がした。
──その詩の置かれた場所から、少し離れたバルコニーの陰で、ひとりの男がそっと視線を逸らす。茶色の中に赤を滲ませたような髪が風に揺れ、琥珀色の瞳が遠くを見つめていた。手には何も持たず──ただ、白い花瓶の影に紛れるように立ち尽くしている。
【グラヴィオ】
(咲かないのなら、それもまた、美しい)




